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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
群雄争覇 死闘
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212話 神算鬼謀

 天正十一年二月朔日、惟任右府光秀は吉田郷に赴き、神祇管領、吉田兼和の元を訪れた。大蔵長安は先に安土に帰還し、防衛作戦の下準備をすることになった。光秀はある策を胸に秘め、兼和に取次を頼むために、堺衆から献上された金子を持参していた。


「神祇管領殿、あと一月ほどで予想通り我等は東西から攻められる事となり申した。この光秀、何としても朝廷と京の都を守り抜く覚悟でござる。つきましては、お骨折り頂きたき儀がございます」


「やはり……羽柴と徳川は示し合わせて攻め入りますか?さすがの右府様でも此度は苦戦と?」


「正直に申せば、京を空家にするのであれば苦戦は致しませぬ。ですが、帝と京を護るのが某に課せられた使命にござる。万が一にも脅威にさらす訳には参りませぬ」


「何と頼もしきお言葉……某に出来る事ならば何なりとお申し付け下され」


「此度は何卒、詔勅を頂きたく思いまする。先般とは違った意味で……」


「と、申されると?余程の大義名分が無ければ、お上や摂家を動かすことも難しいかとも思いまするが……」


「大義名分があれば頂けましょうや?」


「包み隠さずお話し下され。某は一蓮托生にござれば……」


「では、申し上げまする。天下静謐の為、上杉弾正少弼殿と新発田重家の和睦を取り計い致したく」


「これはまた……某の予測とはかけ離れておりました」


「痛み入りまする。実は甲斐武田と上杉は攻守同盟致しておりまするが、我が家と上杉家との間は微妙な関係でござる。此度、徳川と北条が同盟し、関東では我が方の不利は否めませぬ。これも、上杉家が内に乱を抱えており、兵力を割けぬのが手痛い処でござる。弾正少弼殿は御存じのとおり、先代不識庵殿を崇敬する御仁。前右府殿を謀反により討ち取った某には好意的ではありませぬ。そこでこの際、内憂を詔勅により平らかにし、我等が誠意を見せれば考えも少しは変わろうかと思うておるのです。無論それだけでなく、我等からは軍事的な援助、即ち、新兵器を上杉家に献上するつもり」


「成程……ですが、新発田といえば気骨ある武将であると聞き及びますが、和睦は可能でしょうか?」


「新発田を後援しておる、最上、芦名、伊達には真田殿が親王殿下の親書を以って説得致しましょう。あとは弾正少弼殿の御心次第」


「承知致しました。では、此度は某が越後に赴きましょう。何としても和睦を成就させねばならぬのでございましょう?」

そう言って兼和は微笑んだ。


「有難き事……つきましては、神祇管領殿にはいくつか手札をお持ち頂きたい」

そう言って光秀は目録を手渡した。兼和は目通しする。


「右府殿、有難い事ですが、五千貫とは戦に支障は出ませぬか?兵糧や弾薬など、いくらあっても足りぬのでは?」


「いえ、此度は失敗は許されぬのです。金子で片が付く事であれば惜しみませぬ。それで摂家の方々や公家衆を味方に付けて頂きたいのです」


「しかし懸念もございまする。もし新発田殿が翻意せねば何とされる?上杉家中が受け入れぬ可能性も否定できますまい」


「もし新発田が上杉家中に収まらぬ場合は、当家で迎え入れる所存。取敢えずは山城から一郡を遣わし、働き次第で恩賞を十二分に与えましょう。元々家中での恩賞への不満がこの乱の原因でござる。すでに感情的な行き違いが修復できぬであれば、それしかありますまい」


「では、その手札で交渉致しましょう。まずは詔勅を得るために動きまする。暫し猶予を頂きまする」


「お願い申し上げる」


こうして密談は終了し、その日の夜には坂本まで帰還した。




               ◇




 光秀は坂本に戻ると、すぐに在城していた宿老、藤田伝五行政を呼び出した。


「殿……某も忙しく動いておるのですぞ。いくら手があっても足りませぬ。此度のお召しは余程の事でござりまするか?」

開口一番に行政は不平を鳴らした。相手が光秀と言えど、行政は言いたい事を言うのだ。


「伝五、すまぬな。だが、此度は我が家の家運を賭けた働きをしてもらいたいのじゃ」


「如何様な事でござろうか?」


「うむ。順慶入道が現世に足を留めておっては困る。だが、色々仕掛け要るでな……伝五に使者を頼みたい」


「順慶入道を討ち取ると申されるか?」


「そうじゃ。彼奴はこの期に及んでも変わりはせぬ。此度、背信されては我が家の致命傷となる。であれば、その前に葬るに限る。わしがいつまでも弱気であると思うておろうが、そこに付け込んで一気にな」


「殿がそこまでの御覚悟とは……承知いたしました。で、策はござりましょうや?」


「すでに槇島の井戸若狭守には話を通してある。そこで順慶入道を槇島に呼び寄せる。そのために、まずは過大な軍役を申し付け、尼崎に詰めるよう命じるのじゃ。どうせ従うまい?彼奴の事じゃ。領内に一揆が……などと言い訳致すであろう。そこで、予備兵力として槇島に詰めるよう命じよ。恐らくは従うであろう。あとは若狭と忍び衆が事を運ぼう」


「一命を賭して……明日にでも郡山に向いまする」

伝五は覚悟を決めた眼差しで返答した。


「伝五殿……明智の家運を賭けた使者でござる。何卒良しなに……」

最後に俺も声をかけた。


「殿……若殿にもこの際伏してお願い申し上げる。事が成就した暁には、此度の戦の働き場を何卒。先般より某は逼塞しておりまする。何卒、先鋒をお願い申し上げる」


「ハッハッハ……伝五は十二分に尽くしてくれておるぞ」


「某自身が納得しておりませぬ。宿老に恥じぬ働き場を……」


「わかったわかった。伝五は変わらぬの。此度は羽柴への迎撃の任、十五郎に任せるつもりよ。伝五が先鋒として一軍を率いてくれ」


「承知……必ずやご期待に応えまする」

こうして行政は喜び勇んで帰って行った。




 行政が帰ると、俺は父光秀と相対した。ここ数日、俺は光秀の非情な一面を見た気がしていた。確かに正しい謀略を仕掛けてはいるのだ。だが、現代人の感覚が未だ抜けきらない俺にとっては、釈然としないものを抱えてもいた。


「十五郎……何か言いたいことがあるのではないか?」

すべてを見通すような眼で光秀は問いかけた。


「いえ……」

俺は卑怯にも目を逸らしてしまった。


「答えずとも良い。わかっておるつもりよ……」


「某も父上が正しいと思うておるのです。ですが……」


「お前はまだ若い。それに、人には性格というものもある。お前にできぬ事は、わしや長安がやらねばならぬ。だが、未来永劫ではない。今はお前の為人が他人を惹きつけよう。その長所を伸ばす事じゃ」


「某は家中や敵方からも甘いと思われておるのでしょうな?」


「お前はまだ齢十五であるから許されよう。だが、舐められては裏切りを呼ぶこととなる。意に添わぬ事も心を鬼にせねばならぬぞ。わしは左様な事をお前に教えておきたいのじゃ。こればかりは実際に側で見ねば響かぬからのぅ。わしがお前を傍らに置く所以じゃ」


「父上……ありがとうございます。某は果報者でございます」


「うむ。では久方ぶりの坂本じゃ。早う千代殿の元へ行ってやれ」

そう言って光秀は微笑んだ。



 

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