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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
群雄争覇 黎明
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207話 誓いの空

 天正十年十一月十四日 甲賀の隠れ里に向かっていた明智忍軍が復命した。源七は沈痛な面持ちで俺と光秀の元に報告に訪れたのである。その様子から俺と光秀は何かを察した。


「源七……何があった?」

光秀は恐る恐る尋ねる。


「……」

源七は俯いたままだ。


「源七……まさか……」

俺も言葉にならない。


「大殿……隠れ里が……伊賀者……」

源七は俯いたまま拳を握りしめ、大粒の涙を落した。


「隠れ里が襲われ……左源太を含め……悉く討ち死に……致しました。あざみ殿や巫女たちも……まだ年端も行かぬ子供等も。辛うじて源十郎だけが生き残りました……」


「何とした事じゃ……源七、すまぬ。徳川方の報復であるのじゃな?」

光秀も涙を浮かべた。


「いえ……戦う事こそ忍びの本分。数多の伊賀者を討ち取りましてござります。左源太も本望でありましょう。ですが、あざみ殿や巫女たちは……若殿や千代殿に合わせる顔がありませぬ」


「源七……お前たちのせいではない。すまなかった……千代殿にはわしから伝える」

俺はそれしか言えなかった。


「隠れ里は我等が焼き払いました。生き残った者は今後、明智家の家臣として働きたく思いまする。お許しいただけましょうや?」


「源七……甲賀衆はわが明智の宝じゃ。わしに出来る限りの事は致そう。組頭は武将として取り立て、配下にも明智家から扶持を与える。十五郎の手足となって働いてくれ。それとな……前から申して居るが、甲賀の地を源七に治めて貰いたい」


「そのような……某が領地を治めるなど考えもできませぬ。何卒、若殿の御側で仕えとうございます」


「お前は形ばかりの物主で良い。明智家から代官を派遣して政務に当たらせる。だが、甲賀衆を配下として組織し、纏め上げねばならぬ。望月家や多羅尾家をまとめるには権威が必要じゃ。明智源七郎慶秀に甲賀郡を与える。家中にはわしから伝え置く」


「しかし……」


「源七、お前は明智家の家臣として仕えてくれるのであろう?家臣として『仕える』とはそういう事じゃ。もう決めた事であるぞ」


「承知致しました。我等、終生の忠誠をお誓い致します」


「源七……わしはお前を兄のように思うておる。明智家のため、そして未来の日ノ本の為、力を貸してくれ」


「勿体なきお言葉……」


「他の組頭にもよく伝えてくれ。頼み入るぞ」


こうして甲賀の隠れ里の悲劇を俺は知る事となった。そして更なる難題に直面したのである。あと一週間もせずに俺は京姉と婚儀を挙げるのだ。だが、その京姉の守役であったあざみの非業の死は、暗い影を落とすに違いない。自分の育ての親が亡くなったのだから……




               ◇




 その日の夜、俺は京姉の元を訪れた。京姉は安土城下に屋敷を与えられ、巫女衆と共に傷病兵の治療を行いながら婚儀を待っていたのである。

夕刻から冷たい風が吹きすさび、粉雪が舞ってきていた。俺の心を映し出すように一際寒さを感じた。


「京姉……」

俺は一言だけ呼びかけた。恐らく俺の雰囲気から何かを察するであろうな……


「恵君……何があったの?」

京姉の顔も強張っている。


俺は言葉に出来ず、あざみと巫女達の遺髪を手渡した。


「恵君……卑怯よ。ちゃんと言葉で伝えて。夫婦になるのよ……お願い……」

俺は確かに卑怯だった。言葉で伝えるのが怖かった。だが、そう言われてしまっては話さない訳には行かない。俺は覚悟を決めて語り出した。


「あざみ殿や巫女達が亡くなった。甲賀の隠れ里が徳川方の伊賀者に襲われた。左源太殿や幼い子供たちも皆殺された……残っていた十数名の内で生き残ったのは源十郎唯一人やった。左源太殿も最後まであざみ殿を守ろうとしたみたいやけど……無念やったやろな……もう言葉にならん」


「そう……あざみが亡くなったの……」


「そうや。あざみ殿は亡くなった。すまん……歴史変革なんか志さんかったら、あざみ殿が亡くなる事なんかなかった。他の巫女達も平穏な暮らしができてたかもしれんのに……俺……どうすればええんや……」


「恵君……甘ったれんといて。恵君に謝って貰っても何も変わらん。恵君は日ノ本の、人類の未来を背負ってるんやないの?今までも随分と歴史を変えたはずや。そのせいで亡くなる事なく生き永らえた人、逆に死んでしまった人も居てる。歴史を変革するとはそういう事やないの?そんな痛みを心に刻み込んで行くんやないの?あざみ達が亡くなった事はほんとに悲しい……けど、もう立ち止まったらあかんのや……ないの……」

京姉は最後は涙声になり、俺の胸に顔を埋めた。


「京姉……わかった……」


「恵君……あざみはウチらの婚儀をずっと楽しみにしてたんよ。ウチの子供の頃からずっとね。ウチが転生した日ノ本で恵君と出会って結ばれることを本当に喜んでくれてた。だから……だからウチを目一杯幸せにして。ウチも恵君を目一杯幸せにしたげる。それがあざみへの供養やと思うから……」


「うん……絶対幸せにする。そして絶対歴史を変えて見せる」


「そうよ……でないと許さんから……」




               ◇




 天正十年十一月二十日、俺と京子は生まれ変わったこの時代で婚儀を挙げた。家中の主だった者が列席し、明智家は幸せに包まれた。未来からの転生者達も心から祝福してくれたのだ。そしてこの時代の父である光秀や母、熙子、弟の十次郎も。これが俺の家族なんだ……そして仲間なのだ。


 春が訪れれば忙しくなる。明智家の未来は来春、大きく動く事になるだろう……

羽柴秀吉や徳川家康……難敵が水面下で蠢いている。俺達は勝たねばならない。そのためにやれるだけの準備を怠る訳には行かない。


 俺は宴席を中座して寒空の中に出た。この日の夜空は寒風が雲を洗い流し、無数の星々が瞬いていた。西の空にはオリオン座が一際輝いている。二十一世紀と違い、冬の空は名もなき星々が無数にその存在を主張する。この星々は未来の都会の空では見える事はないだろう……思えば、歴史においてもこの名も無き星々のような数多の人々が生を繰り返した結果として歴史が成り立っていたのだ。そんな感傷に囚われた。


「恵君……オリオン座がきれいやね。でも名前のない無数の星々もきれい……」


京子がいつの間にか俺の傍らにいて、そっと手を握ってきた。その温もりを感じ、俺は決意を新たにしたのだった……



                       第三部   完



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