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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
群雄争覇 黎明
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201話 至高の地

 天正十年十月七日 俺は大坂を発ち河内北部へ向かった。大坂と京の中間地点にある枚方城を訪れるためである。俺は城を建設する候補地として予め河内北部を想定しており、光秀や長安にも意見を聞きたかったのだ。枚方城は本多内膳正政康の持城であり、畿内の動静に絡み、光秀に臣下の礼を取っていた。とは言っても小規模な城郭であり、寂れた様子である。


「大殿様……斯様なむさ苦しい処で恐縮致しまする。城では大した御持て成しもできませぬ故、野点のだてでも如何と思うておりまするが……」


「内膳正殿……お気遣いはありがたいが、この地を色々と見てみたい故な……」


「であれば、尚の事、近くの万年寺山で一服如何でござりましょうや?此処からは遠く大坂、伏見まで見渡せまする」


「そうか……ならば世話になるとしよう」


こうして俺たちは近くの万年寺山に向かったのである。俺は歴史的知識としてこの場所を知っていたのだ。細やかな茶会は色づく木々の中行われた。政康はそれが終わると宿泊の手配りの為戻って行ったのである。


「父上……此処、万年寺山は秀吉が御茶屋御殿を築いておった場所にございます。某の知る歴史では、内膳正殿の息女が秀吉の側室だったのです」


「そうか……」

光秀はずっと周囲の遠景を眺め回している。


「父上……某はこの地は城を築くには有力な候補地となると思いまするが……」


「十五郎……この地は正に至高であるな?京、大坂の中間地点にあり、すべての街道を制御できよう。淀川の対岸西国街道、そして淀川の水運。さらに東には高野山への道が開け、磐船街道で大和へも繋がる。これほどの立地があろうか……」

光秀は少し興奮気味に語った。


「はい。某もそう思います。ですがこの地を拠点とするには色々と仕掛けが要りまする。淀川の氾濫が頻繁で城下町を作るには問題もございます。実はその対策として、秀吉は文禄堤というのを作っておったのです。淀川左岸に長大な堤防を築き、その上を人が通行するようにしたのです。それが京街道と呼ばれるものです。それ故、此処枚方の地は宿場町として栄えました」


「確かにこの地であれば守りも万全にございますな。高槻城、交野城、津田城と周辺の枝城も機能いたしましょう」

長安もそう語った。


「秀吉に倣えば万事上手く行きそうかの?些か秀吉が哀れではあるが……」


「猿真似では芸がありませぬ。例えばでございますが、堤防の建設と合わせて淀川に橋を架けてはいかがでございましょう?長安殿に新たな建築資材を開発してもらえれば可能かとも思いまするが……淀川の対岸との行き来が容易になれば飛躍的に発展するかと思いまする」


「成程の……年月と資金が必要であろうがやる価値はあろうな?」


「はい。ですが、その工事によって人が集まり、町衆達も潤いましょう」


「良し。ならば十五郎に任せよう。この地に城と城下町を築こうぞ」


「承知しました。城の縄張りは与右衛門の力を頼ろうと思いますが、堤の建設と街道整備を先行させるべきです。何より、天下統一事業に多額の資金が必要で、其方が優先事項でございましょう」


「確かにな……中書殿も申しておったが、戦雲は日ノ本全土を巻き込んでおる。やるべき事が多すぎる身に城など後回しでも良いかもしれぬな」


こうして、明智政権の内政面は徐々に進展しつつあったのだ。




               ◇





 その日の夜、枚方城に宿泊していた光秀の元に使者が訪れた。かの者は真田忍軍、横谷左近配下の忍びである。その忍びは襟元に隠した書状を手渡すと恭しく跪いた。光秀はそれを目通しするや、ため息を漏らした。そして、俺と長安にもその書状に目を通すよう促した。

その書状には以下のような内容が記されていた。


 現在武田家は信濃北部において織田徳川勢と睨み合いとなっているが、事態が動きそうである。即ち、真田安房守昌幸は矢沢頼綱、春日源五郎をして海津城を守らせている。上杉勢二万と共同して対峙しているが、越後での雲行きが怪しい。元々反旗を掲げていた新発田重家が最上、芦名、伊達の援軍を得て勢い付き、上杉勢は退陣せざるを得ない。しかし、北条が駿河に侵攻する構えであるため、徳川勢もいずれ撤退するであろう。結果として、信濃を南北に分断する形で決着するのではないか……という事であった。


「父上……関東が動きまするな?我等は如何すべきでしょうか?」


「その方は何か聞いておらぬか?」

光秀はその使者に問いかけた。だが使者は何も答えない。


「もしや話す事能わぬのか?」

どうやらその忍びは口が利けないらしかった。


「わかった、今書状を認める故、休息致せ。暫し談合致す故な」

光秀はそう答えると俺たちに目配せした。


「十五郎はどう見る?新発田を後援させたのは徳川であろうな」


「恐らくは……否、疑いなくそうでありましょう」


「北条が駿河に攻め入るか……どうなると思う?」


「わかりませぬ。ですが、北条が勝てましょうや?織田徳川は相当数の動員兵力があるはず。我等が攻め入れば別義でございましょうが……」


「正直に申せば、我等も軍を休ませる時間が欲しい。この数か月があまりに負担をかけ過ぎた。この上の出兵は厳しいものとなろうな?」


「ですが、甲斐武田は同盟国でござれば、見過ごせませぬ」


「何か策はないかの?」


「例えばでござるが、陣触れ致し横山に兵を集めては如何でござりましょう?徳川は多数の間者を抱えておりますれば、その情報はすぐに知れましょう。我等が動く気配ありと思わば岐阜に兵を置かざるを得ませぬ。何も大軍を派遣する必要はないかと思いまするが……」

長安が答えた。


「それしかあるまいな……では、安土の左馬助の元へすぐに遣いを走らせよ。真田殿にもそのように伝えるしかあるまい。しかし、さすがは徳川殿じゃな。我等ももっと周辺国に目を配らねば足元を掬われかねぬ」


「安房守殿であれば、すぐに対策なされましょうが、やはりまずは北条に注力された結果でございましょう。北条の駿河侵攻は安房守殿が絵を描いた結果にござりましょう?」


「確かにそうとも取れるが、徳川も接触しておったであろう。その意図が今は読めぬ。北条は大国故に気位も高いであろうな。唯々諾々として我等の側に付くとも思えぬな」


「北条の意図……でござりますか?」


「そうじゃ。結果として北条が駿河を取れば、徳川殿の力は弱まる。だが、北条が強くなりすぎるのも困りものよ。兎に角、我等は徳川の目を美濃に向けさせることしかできまい。その間に兵馬を休ませねばならぬ。春には西が動こう」


「某は秀吉の攻勢が如何様なものか恐ろしくてなりませぬ」


「わしとて恐ろしい。満を持して如何様な策に出るか……此度に限って言えば毛利は敵方であるしの。毛利水軍が出てくると見て良かろう。そのための四国への牽制であろうしの」


「はい。長宗我部水軍の援護は然程期待できませぬ。秀吉は全力で此方に仕掛けて参りましょう」


「うむ……正念場になるの。それに、東にも目を向けねば挟撃されよう」


「徳川は北条、上杉と構えておる状況で此方に仕掛けましょうか?」


「十五郎よ……徳川を侮ってはならぬ。上杉の搦手から攻める手を打ってきたのじゃ。どのような策謀を巡らすか知れぬ。安房守殿には知恵を絞って貰わねばなるまいて……」


「徳川への対応は万一の場合は海から出来ませぬか?」

長安が提案した。


「九鬼殿の志摩水軍か?」


「はい。伊勢から軍勢を運び、中入り奇襲をする一手もございます。津島や熱田への攻撃をすれば徳川殿も手痛いでしょう」


「出来れば商人や領民を敵に回したくはないが、いざと言う時は致し方ないかの?」


「我等が負ければすべてが瓦解し、日ノ本の戦乱は長引きまする」


「そうか……長安は未来人ではあっても戦国の現実がわかっておるのよの?十五郎も見習わねばならぬぞ?」


「某は甲斐武田に仕えておった頃より修羅場を見ておりまする。綺麗事だけでは足元を掬われること、身に染みてござれば……」


「今後も十五郎を支えてやってくれ。頼み入るぞ」

光秀はそう言って笑った。


秋は色濃くなり、また寒い冬がやって来る。色々やるべきことは多い。歴史を変革するという事業は、今のところ上手く進んではいるが、その変革された歴史はどう転ぶかまったくわからない。俺はこの時、得も言われぬ不安を覚えていた。

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