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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
群雄争覇 黎明
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199話 関東の覇者始動

 天正十年九月二十五日、相模湾から吹き付ける風も秋色を帯びて来ていた。

関東の覇者である北条の若き当主、北条左京大夫氏直は憂いの中にあった。先般の上野への出兵において、滝川左近将監一益と戦いその計略に墜ち、上野の過半を手に入れるも父氏政が負傷し床に伏せっていたのだ。自身は家督を継いではいるが、実権は未だ氏政が握り、また性格的にも自ら積極果敢な行動をする性格でもない。所謂、御曹司であるのだ。関東の支配者であり、動員兵力五万を数える北条軍団ではあったが、本能寺の変以降の動乱においては重い動きとなっていたのである。しかも、周辺国である甲斐武田、徳川からは共闘すべしとの話が舞い込んできていた。そして氏直は堪らず親族衆や重臣たちを集め、評定を開いていたのである。


「皆の者も聞いての通り、関東の情勢は混沌としておる。織田徳川からは甲斐武田を牽制し共闘すべしと。そして武田からは駿河に侵攻し同じく共闘すべし……とな」


「して、その見返りは如何様なものでござろうか?」

大道寺駿河守政繁が問いかけた。


「徳川からは甲斐武田を討滅した暁には、武田の領地を切り取り次第、すべてを承認するそうじゃ。そして甲斐武田からは駿河一国。但し、江尻の港を共同統治すべしとな。受け入れるならば志摩水軍等に協力も要請し堺衆との交易の一層の強化をも斡旋すると……皆は如何に思うか?忌憚なく申せ」

諸将は互いを見廻すばかりである。

その評定の場に、新たに注進が訪れたのだった。


「申し上げます。たった今、配下が戻りましてござる」

その男は重臣たちに憚りながら、大きな体を窄めた。


「小太郎……構わぬ故申せ」

氏直は風魔衆の頭領である小太郎にそう促した。


「はい……滝川左近将監一益が甲斐武田に与力したとの事。伊勢は惟任右府殿の手に墜ちました」


「なんじゃと?どういう事じゃ?」


「伊勢長島に籠城したが右府殿の軍門に下ったと言う事にござりましょう。右府殿と甲斐武田は同盟しておりますれば……」


「それをわかっておりながら、真田は我が家との共闘を申し出てきたと言うのか?父上や叔父上は滝川の姦計によって危うく命を落とすところであったのだぞ?」


「それだけに非ず。元々真田と滝川が裏で繋がっておった可能性もござります。我が手の者が調べた結果、真田の忍びが暗躍したフシもござれば……」


「お……のれ……真田安房守はこのわしを謀ろうというのか」


「殿……冷静におなりなされ。今は戦国の世にござれば、謀略は恥ずべきことではござりませぬ」

松田尾張守憲秀がそう忠告した。


「しかし尾張守殿……真田、いや甲斐武田は信が置けませぬぞ。裏で何を考えておるか知れぬ」

大道寺政繁が反論する。


「新九郎殿……甲斐武田は真田がおっても一度は滅んだ家にござる。手強くなる前に叩いておくべきやもしれませぬぞ?」

北条安房守氏邦がそう意見した。史実の如く、小田原評定になりつつあったのである。


「安房守の申すように甲斐武田を叩くべきじゃな。徳川殿の合力もあれば甲斐武田如き如何ほどの事も無かろう」

氏直はそう結論しようとした。


「殿……徳川殿は北信濃で上杉と争うておりまする。それ故、この話を我が家に持ちかけたのですぞ?それに甲斐武田は惟任右府殿とは同盟関係にござる。判断を誤れば取り返しが付きませぬ」


「尾張守……わが北条が負けると申すのか?惟任右府など何ほどの事も無かろう。勝てばよいのであろうが?」

氏直は若さに任せて武田攻めに傾いていた。

そこへ病床にあった氏政が現れたのである。小姓の肩を借りながら氏政は上座に座った。


「新九郎……評定はまとまらぬか?」


「父上……甲斐武田、真田は信用なりませぬ。我等が仇敵である滝川を抱えたのですぞ?徳川からは武田の領土は切り取り次第と言うて来ておりまする。我が北条の力があれば……」


「で……武田を攻める意見の方が多いのかの?」


「御本城様……殿の決断には我等従うつもり。真田が信の置けぬ者であることは間違いござらぬ」

大道寺政繁はそう答え、氏邦他も頷く。


「尾張守は反対なのか?」


「真田が信用などできぬのは自明でござるが、徳川とて同じ。先般の上野での恨みに任せて動くべきに非ずと申し上げておりまする」


「成程の……皆は真田や滝川にそれ程恨みがあるのか?わしは恨んではおらぬがな……その姦計を見抜けなんだ己を恥じるばかりじゃ。もっと広い視野から日ノ本を見、そして関東を見る事じゃ。我等北条の弱点を見極めよ。でなければ何も進まぬ」

氏政は滔々と語る。


「父上は某の考えに反対でござりまするか?」

氏直は不貞腐れながら問いかけた。


「そうとは言わぬ。わしの意図するは、この北条の家を造り、関東の覇者にまで押し上げた初代、早雲庵宗瑞公、そして我が父氏康を見習わねばならぬという事よ。関東の地は都から遠い……それに天下は急転しておる。相手の力量を見極めよ。さすれば自ずと取るべき道が見えよう。北条を引き込むために甘言を弄するは当然の事じゃ。武田とは戦ってその力量はわかっておろう?で、あればまずは徳川とも手合わせしてみてはどうじゃ?どちらの側に付くかはその後で良かろう」


「徳川を攻めよと申されるのですな?」


「そうじゃ。だが同時に甲斐武田や里見、佐竹、芦名への備えも怠るでない。真田や滝川であれば周辺国へも調略を伸ばしておろう。まずは駿河を攻め取って見せよ。だが、真田の要求を聞く必要は無い。国内はわしが引き受けようぞ。新九郎は二万の軍勢をもって駿河に攻め入るのじゃ。其方自身が徳川の力量を見極めて参れ。今後の方針はその後で良かろう」


こうして、北条軍団に陣触れがなされのであった。関東の覇者、北条軍団が始動したのである。

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