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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
本能寺への道
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19話 告白

月明かりの消えた、漆黒の中である。

が、夜明けは近づいているようでもあった。

東の方角は、やや薄紫色を帯びてきていた。

沈黙がその場を支配しているが、十四の瞳の瞬きが聞こえそうであった。

そのうち、二つの瞳の主が、その沈黙を破った。


「若殿、どういう事でござりますか?その者を見知っておいでですか?」

源七が、狐に摘まれたような面持ちで、口を開いた。

俺は、何も言うことができない……


「若殿、今一度お尋ねいたします」

残り八つの瞳は、源七を見ながら白黒するばかりである。

俺は、このような形で自分の秘密が露見するのを、予想してはいなかった。

だが、この期に及んでは、源七らに明かすしかない。

半ば、覚悟を決めようと思っていた。


「恵介……俺は、あやめを葬ってやりたい。

このままには……しておけんからな。もうすぐ夜も明ける。

数刻ほど、この場を離れる。その間に、その者らと話してはどうだ?

俺が戻ったら、ゆっくり二人で語らおうではないか?

なぁに、このまま姿を消したりはせんから、安心しろ。

俺も、おまえに話さねばならんことが山ほどある……ではな」

そう言って、巧は、あやめを抱きかかえ、山の方角に姿を消した。

あの……巧の背中が、泣いているように思えた。


「若殿……かの者は何者でありましょうや?

若殿のことを、「ケイスケ」とか呼んでおりましたが……」

俺は息苦しさのあまり、呼吸ができず、肩を思い切り震わせながら、冷たい明け方の空気を吸い込んだ。


「源七……それに皆も良く聞いてほしい。

今からわしが言うことは、戯言ざれごとではない。

だが、誰が聞いても信じることなど、できぬであろう。

いや。間違いなく「狂人」と思うであろうな……」


「それでも聞きたいか?」


「某、若殿が生まれてこの方、ずっと大殿と若殿のために、働いてきたつもりでございます。何を言い出されても、狂人などどは思いませぬ。お聞かせ下され……」


「わかった。じゃが、もし、わしが父光秀のためにならぬと思うたなら、この場でわしを斬れ……よいな……」


「何を馬鹿な……そのような事……できるはずがござらぬ」


「いや、それほどの事を明かす故、予め申し付けるのじゃ」


俺は、大きく息を吸い込んだ。

東の空には、一条の光が差し込もうとしていた。


「わしは、明智十五郎ではないのじゃ……

いや、正確には、三年半前から、明智十五郎ではなくなった」


「如何なことでござるのか?」


「わしは、この時代に生きる者ではない……

450年先の、日ノ本から来たのだ。

理由はわからぬ。昔、わしが、生死の境を彷徨ったことあろう?

あの時に生まれ変わって、この時代に来たのだ。

驚くのも無理はないがの……じゃが、これは本当の話なのじゃ……」


「な……んと……そのような事が……」

源七は、その後の言葉すら続かぬ様子だ。


「わしは、この時代がこのまま過ぎれば、この日ノ本がどのようになるか、知っておる。わしが何もせぬならな……」

そして、話を続けた。


「今から一年半後、上様は謀反を起こされ、その生涯を終えられるのじゃ。

わが父「明智光秀」によってな……」


「なんたる事……大殿が上様を討つなど……」


「いや、すべてわしが知っておる、日ノ本の歴史なのじゃ。

しかし、我が父光秀も、その謀反の後、逆賊として羽柴秀吉に討たれるのじゃ。

そして、日ノ本は……天下は、秀吉のものとなる。

じゃが、それも短い間の事じゃ。

秀吉亡き後、徳川殿がその天下を簒奪するのじゃ。

そして、徳川殿が、江戸に幕府を開かれる。「征夷大将軍」としてな。

その後、200年以上にわたり、太平の世が訪れるのじゃ」

源七たちは、微動だにせず聞き入っている。


「しかし、徳川殿の世もいずれ終わりを告げるのじゃ。

外国の圧力によってな……そして内戦が起きるのじゃ。

江戸の幕府は、毛利、島津を主体にした官軍に滅ぼされ、「帝」を中心とした世の中に変わるのじゃ……そして、外国に負けぬよう、日ノ本は富国強兵に励み、世界の強国に成長する。何度も戦をしてな。そして、今から……正確には364年後になるが、世界中を巻き込んだ大戦が終わり、日ノ本はその戦に負け、伴天連と言った方がわかりやすいかの……つまり、外国人に支配されるのじゃ。

しかし、支配といっても、数年で日ノ本は独立し、民が中心の国として復活を遂げるのじゃ。世界に冠たる富める国としてな……

そして、100年近く、平和な世の中を謳歌するのじゃ」


「しかし、400年先には、考えられぬほどの武器ができておる。

信じられぬかもしれぬが、隼の幾百倍の速さで飛ぶ乗り物や、鉄砲を何千発も同時に撃てるもの。それ以外にも……そうじゃな、今わしは伊賀に居るが、坂本の父上と、遠くに居って話せるような便利な道具まで出来ておるのじゃ。

そして、「恐ろしい武器」ができておる。

原理は、毛利が使う炮烙火矢といったが、わかりやすいかの……

要は、畿内一円を一度に火の海にするような武器ができておる。

そして、450年後、その武器は朝鮮国から飛んできて、日ノ本全部を一瞬にして消滅させるのじゃ。

現に、わしのいた450年後の世界で、わしは、その武器によって死んだのじゃ。

いや、この時代に、転生してきたのじゃ」

皆、静まり返って俺の話を聞いている……誰も一言も発しない。

辺りは眩い朝焼けに支配されつつある。


「何故だかはわからぬ……わしのいた450年後の世界では、技術というものが、極限まで発達し、人が生まれ変わるなどという事は、完全に否定されておったのじゃ。

しかし、わしは現に450年先の日ノ本から生まれ変わって、今、ここにおる。

そして、そのような者は、わしだけではないのだ。

さっきの男がそうなのだ……450年後の日ノ本で、わしの友だったのだ。

他にもおる……源七は聞いたであろう?土佐の出来人の嫡子、信親殿。

「奇人」であると噂に聞いた……信親殿も、わしの友であったのだ。

450年後の日ノ本でな……」


「わしは、今から450年後の日ノ本の運命を知っておる。

いや、日ノ本だけではない。この世のすべての生命が、死に絶えてしまったかもしれぬのだ。これは、想像でしかないのじゃが……

そして、明智十五郎に生まれ変わったわしは、そのような運命を変えるよう、今、この時代を生きておる。遠い先の事なのだが、そのような運命になるのが怖いし、耐えられぬのだ。

そして、わしは考えた。歴史を変えてやるとな……」


「わしは、「惟任日向守光秀」の嫡子に生まれ変わった。

この事は、言い方は可笑しいかもしれぬが、先の世の人々が、「わしに使命を与えたのだ」と思うておる。なぜなら、わしは、日ノ本の歴史を変えるのに、その機会を、間近で見れる立場にいる人間だからだ。先ほども申したが、上様は天下を統べる、その直前で、わが父に、亡き者にされるからだ。

しかし、その後に、父は羽柴殿に滅ぼされる運命にある。

そして、このわし自身も、その時に運命をともにすることになる。

そういう歴史なのだ……」


「じゃが、わしは、そのような運命に従ったりはせぬ。

もちろん、生まれ変わった今、死ぬのも怖いし、嫌じゃ……

敬愛する父光秀が、「謀反人」として討たれるのも許せぬ。

だから、わしや父光秀……そして遠い未来の……この世に住まう人間ジンカンすべてのためにも、この忌まわしい歴史を、塗り替えてしまおうと思うておる」


「これが、我が心根のすべてじゃ……」

皆、真剣な面差しで、俺の話に聞き入っていた。


「若殿……よくぞ打ち明けて下された」

源七は涙声になっていた。


「某は、親の名も知りませぬ。ここにおる者らも、同じような孤児。

それを拾われ、忍びとして生きており申す。

そのような者を、大殿は人として扱ってくれ申した……若殿も……

失礼な言い方ながら、某、若殿を弟のように、思うておりまする。

ましてや、大殿のことは……父の……よ……うに……」

源七の顔は、涙に濡れていた。涙が朝日を浴びて、きらきらと輝いている。

そして、他の者たちも……


「若殿が、生まれ変わった別人であろうと、某にとっては若殿でしかござりませぬ。皆も同じでござる。この上は、この命を賭して、主命を報じるのみ……

今までと変わりなく、いや、今まで以上に働く覚悟。お信じ下さりませ」

そう言って膝をついたのだ。


「本当にそれでよいのか?」


「何を仰せか……二言などござらぬ。

今後は、何でもお話しくだされ。遠い先の世のために……」


「忝い……わしもそなた等がおれば、これ程心強いことはない。

以後、よしなに頼み入る」


「お任せあれ。より一層励みまする」


「では、これは誓いの杯じゃ……水じゃがの」


俺は、源七等と竹の水筒に入った水を回し飲みした。

今、この場を照らす日輪が、新しい門出を祝福してほしい。

漠然と、そんな事を考えていた。








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