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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
群雄争覇 黎明
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188話 意趣返し

 天正十年八月十八日 此処、伊勢長島城には意外な来訪者があった。戦傷を受けやつれ果ててはいるが、眼光だけは鋭く光っている。佐久間玄蕃盛政である。盛政は江北合戦において獅子奮迅の活躍をしたが、光秀の厚い壁に阻まれ、撤退を余儀なくされた。少数の配下と共に甲賀の山中に逃れ、伊勢を目指した。そして、落ち武者狩り等、数多の苦難の末配下も失い、行き倒れかけていたところを一益配下の甲賀衆に助けられたのである。


「玄蕃殿……よくぞご無事で戻られた。御身がご無事で柴田殿も西方浄土で喜ばれておろう。さぁさ……此処を自分の城と思うて寛がれよ」


「左近将監殿……柴田様も亡くなられた。弟達も……一人生き永らえた某を笑うて下され」


「何を弱気な事を申される?鬼玄蕃ともあろう者の言葉とも思えぬ。今後は家名を残されるよう励んで下され。我が家で良ければ、客分としてお迎え致そう。無論、所領もお任せ致す故……」


「何と有難いお言葉……織田家の御為、某懸命に働き申す。それに、鬼火殿?忝く思うぞ」


「玄蕃様の運がお強いのでありましょう。我等と出くわしたは偶然にござれば」


「これも天が与えた使命なのでござろうな?兎に角良かった。わしも玄蕃殿が傍におってくれれば心強い事よ……」


こうして、一益と盛政は喜びを分かち合っていたのだった。悲報ばかり続くこの状況で、一筋の光明のように一益は感じていたのである。

ところが、それも束の間、岐阜からの早馬が到着したのだった。しかも、それは使者ではなく一益配下の甲賀衆のくノ一であったのだ。


「黒蝶……何としたのじゃ?大事ないのか?」


鬼火は即座に問いかけた。黒蝶と呼ばれるくノ一は手傷を負っていたからだ。


「お頭……これをお改めを」


そう言って懐から血糊のついた書状を手渡した。


「殿……三郎兵衛様からの書状にございます」


一益はその書状を手に取り、目通しする。そして、そのまま天を仰いだ。


「三郎兵衛……馬鹿者が……あれ程自重せよと申したに……お前が軽挙妄動して何とするのじゃ」


「黒蝶?三郎兵衛様からの使者は斬られたのだな?赤目はどうした?討ち死にしたか?」


「伊賀者に討たれました。私一人、何とか逃げ果せましてございます」


黒蝶はそう言って俯いた。


「鬼火……尾張の国境を具に見張らせよ。最早、三郎兵衛も生きてはおるまい。どうやら織田家とは敵同士になったようじゃ……玄蕃殿?すまぬ……わしは徳川に乗っ取られた織田家に従うつもりは無い」


「左近将監殿……乗っ取られたとは如何な事でござろうか?」


「これを見られよ」

一益は一言だけ述べて書状を手渡した。

そして、盛政は一読すると体を震わせて嗚咽した。


「玄蕃殿?これが徳川殿のやり様じゃ。今となって思えば三法師君や三七殿を手にかけたのも徳川殿の謀であろうよ……上様の仕打ちに対する意趣返しを今になって実行したに過ぎぬが……」


「某、三河守殿が統べる織田家になど仕えるつもりはござらぬぞ?左近将監殿は如何される?」


「無論、わしも同じよ……この城は明け渡さぬ。三介殿には申し訳ないが、この乱世で傀儡として生きて行ってもらわねばなるまい。力で来るならば受けて立つしかあるまいな?」


「不肖某にも一軍をお任せ頂きたい。左近将監殿に与力させて頂きまする」

盛政はそう言って拳を握りしめた。


「諸将を集めよーーーっ」

一益はそう号令し、臨戦態勢に入ったのである。




               ◇




 天正十年八月十八日、日本海からの風が秋色を帯びて来ていた。佐々内蔵助成政は少数の衛兵と共に上杉喜平次景勝の陣中を訪れた。成政は五千の兵で富山城に籠城し、其処を囲む北越軍団と睨み合っていた。柴田軍が江北において敗退し、柴田修理亮勝家が北ノ庄にて自刃した事も伝わっていた。そして、周辺の諸城は電光石火の攻めに遭い、ほとんどが落城するか自落している。それでも成政は五千の兵で籠城を続けた。織田家が実質的に滅んだとあっても、織田軍団のエリートであるという成政のプライドが開城するという選択を許さなかったのだ。


 だが一月が経過し、成政も疲れていた。城の周囲はびっしりと囲まれてはいるが、上杉勢はまったく力攻めする様子は無かった。攻めるでもなく、圧力を加え続けたのである。無論それは策であった。

そして、ついに開城を促す使者が訪れたのである。


 成政は決断した。否、そうせざるを得なかった。確かに五千という籠城戦にしては潤沢な兵力はあった。だが、城内には厭戦気分が蔓延し、家臣達も開城したいという無言の圧力があったのである。条件が予想以上に好条件であったのも後押しした。即ち、越中二郡を安堵し、城兵は総赦免の上、上杉家の与力として厚遇すると言うのである。実質的に富山城以外をすべて攻略された現状では破格であったのだ。


 成政は景勝に忠誠を誓う意志を固め、その陣幕を潜った。


「佐々内蔵助にございます。此度は温情あるお計らい、有難く……某、今後は上杉家の一員として力を尽くす所存……」

成政はそう言って低頭した。


「うむ……頼み入るぞ」

景勝は無表情に応え、成政は肩透かしを食らった。


「内蔵助殿?実城様は柴田殿配下で勇名を馳せた内蔵助殿を高く評価しておられる。ついては今後、北信濃に兵を進める覚悟にござる。元の織田家中と弓矢の沙汰に及ぶ事となるが、働いてもらえるであろうな?と言っても、織田家は徳川に乗っ取られたも同然……」

直江兼続が代わりに問いかけた。


「やはり、事実でござろうか」


「軒猿から火急の知らせが入った。信長公の妹君が徳川に再嫁し、尾張、美濃は徳川殿が物主となられる。これを乗っ取りと言わずして表現など出来ますまい?」


「確かに……して、三介殿は如何あいなりましょうや?」


「さて……其処まではわかり兼ねるが、織田の家名は残されるのでは?大義名分を掲げやすい故……そこで、我等が北信濃に攻め入れば、当然徳川殿は織田家の名のもとに攻め寄せるであろう。例えばでござるが、織田旧臣共への調略……内蔵助殿であれば幾分かはできまいか?」


「確かに、織田家中には忸怩たる思いで従った者もおるでしょう。某に出来る事があれば……ですが、元々徳川殿に盾突く事もできなんだ臆病者にござる。頼りにはなりますまい」


「やはりそうであろうな?承知した。では内蔵助殿には先陣としてその武勇を振るって頂こう。調略は片手間で結構。敵が疑心暗鬼になるだけでも儲けもの……頼みましたぞ?」


「微力を尽くしまする」

成政はそう言って頭を下げた。


「良しなに頼む……」

最後に景勝が声をかけ、短い会談は終了した。

越中は上杉喜平次景勝の領する所となり、勢力図の色分けはある程度明確となったのである。

 

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