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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
群雄争覇 黎明
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181話 門出

 天正十年八月十六日、惟任右府光秀は京の都から安土に凱旋した。京の都では公家衆の歓待を受け、更に儀礼的な訪問も絶えなかったため、長逗留になっていたのだ。やっと区切りがついたため、軍勢を引き連れて本拠である安土に戻れたのである。

 光秀は京を後にする前に、吉田兼和との会談を持った。兼和は光秀との繋がりが深く、表立った関係とは別の次元で友誼を培ってきた。『本能寺の変』に至った経緯においても、兼和の影響力が大きい。そんな兼和と人目を忍んだ形で光秀と話し合ったのである。

 そして、兼和から聞かされた忠告が、光秀の心に影を落とした。

曰く……朝廷が光秀殿を右大臣に推任した事。これを重く受け止められたし……と。即ち、先の信長が帯びていた官位を授ける事によって牽制しているのだと。また、表向きは諸手で光秀殿を持ち上げてはいるが、朝廷はこの期に及んでも完全に一心同体ではないと。それは、信長によって蔑ろにされてきた警戒とその反発が絡み合った結果であると。更に、信長殿によって虐げられた旧勢力にとって復権を果たすに好都合な時勢が到来した……と。そして最後に兼和は、光秀殿が日ノ本を一統なされるまでは、『御しやすい器』と思わせる事が肝要である……と。


 安土に戻った光秀は、待ちかねていた者達の訪問を暗に断った。体調がすぐれぬ故、後日改めて相談する……一様にこう告げて天主に引きこもったのである。

光秀は天主最上階から比良の山々を眺めそやした。微妙に秋の気配が木々を色付け、筋雲が空を絶妙に装飾する。上様もこの景色を幾度となく懊悩しながら眺めたのであろうな……そんな感傷に囚われた。


「父上……此方でございましたか?」

俺は少し遠慮がちに問いかけた。


「十五郎か?」


「少しお話ししたき儀がござりまする。入っても宜しいでしょうか?」


「お前に閉ざす扉など、わしにはありはせぬ。丁度話したい事もあったのじゃ」


俺は欄干にもたれながら景色を眺める光秀に倣い、横に並んだ。


「父上……顔色がすぐれませぬが……」


「そうじゃな……ここ暫くの激しい日々があった故、腑抜けてしもうたかの?」


「何かお悩みがお在りなのでしょう?」


「お前にはわかるのであろうな?神祇管領殿からの……忠告を受けたわ」


「如何様な事にございますか?」


「わしの右大臣任官は踏み絵であるらしいの?それに旧勢力が復権を賭けて動き出しつつあるとな?神祇管領殿は具体的には言われなんだが、すでに何らかの接触があるのであろうよ?」


「近衛殿ですか?もしや公方様では?」


「恐らくはそうであろうな?羽柴、毛利が抱き込んだ……という事であろうよ……」


「遠大な謀略があるという事ですか?」


「疑いなくそうであろうな?わしは元は幕臣じゃ。公方様はわしが上様を討った事……快哉であったはず。だが、その公方様に色々と吹き込んだのであろうよ……官兵衛あたりかの?」


「ですが、毛利が羽柴方に軸足を移したとも取れまする」


「どうかな……毛利は未だ完全に敵対はせんであろうよ?羽柴殿を盾として勢力の拡大を図る。何方にせよ、裏で毛利が暗躍しようとも、実際に我等と干戈を交えるのは羽柴じゃ。彼奴等はその果実だけを食えばよい。官兵衛あたりならば、堂々とそう言うて小早川に囁いたのであろうな?」


「であれば、利用すべきは公方様の権威にござりましょう」


「お前はどう読む?」


「九州や遠国の大名家に対する御教書を以て大義名分を得る。それ以外ございますまい。腐っても鯛……未だ武家の棟梁にございます」


「島津、龍造寺、北条、徳川……いくらでも仕掛け処はあろうな?」


「某は島津か龍造寺であると見ます」


「同感じゃ。いずれ何らかの反応があろうな?」


「はい。此方の出方を伺うやもしれませぬ」


「それはそうと、お前も話があったのではないかの?」


「実は父上に千代殿と会うて頂きたく……今、傷病兵の救護の為、城下に来ております。実は城内に留め置いておりまする」


「オオォ……そうか?未来ではお前の許嫁であったか?わしも会うのを楽しみにしておったのじゃ。すぐにでも呼んでくれぬか?」


「宜しいのですか?日を改めてでも……」


「いや、思い立ったが吉日じゃ。早う呼んで参れ」

光秀の表情が急に明るくなり、俺も胸を撫でおろした。





               ◇





「望月千代殿です。父上……」

俺は少し恥じらいながら光秀に紹介した。京姉は普段の巫女装束とは違い、薄桃色の着物姿でうっすらと化粧をしていた。


「望月千代にございます。未来では京子という名でございました。惟任右府様に、やっとお会いする事が叶いました。お見知りおきの程を……」

京子はそう言って畏まった。


「何とも美しいの……十五郎には勿体ないくらいじゃ。それに我が兵達を助けて頂いた事、感謝に耐えぬ。医術の心得があるとか?」


「はい。ですが、半人前でございました。実際に医師としての職に就いていた訳ではございませぬ。この時代に来て未来の医療技術を活かしたいと思いましたが、思うようには参りませぬ。何とか一人でも多くの命を救いたい一心でございます」


「わしもその為には労を惜しまぬつもり。必要な事は何でも協力致そう。遠慮なく言ってくれ」


「有難き幸せにございます。まずは初歩的な医療技術を多くの人材に広めたく思いまする。現在普請中の学校にて研究の傍ら教鞭を取りたいと思うておりまする」


「良しなに……して、十五郎との婚儀はいつ挙げるつもりかな?」

光秀は唐突に話題を切り替えた。いきなり『婚儀』と言い出したのだ。


「父上……そのような唐突に……」


「十五郎?お前もいつ嫁取りをしてもおかしくないのであるぞ?早い方が良いとは思わぬか?今は情勢も落ち着いておる」


「しかし、千代殿のお考えも……」

俺は困惑した。上手く言葉にできない。


「千代殿のお気持ちはどうかの?」


「私は今はやるべき事が多い身の上……時間がいくらあっても足りぬくらいです」

京姉も唐突な提案にたじろいではいた。


「千代殿は十八、十五郎も一廉の武士であろう?早すぎるという事は無い。

良く聞いてほしいのじゃ。我が明智家は日ノ本でも有数の大名家となった。その嫡男たる十五郎は家を盤石にせねばならぬ。婚儀は最も重要な事なのじゃ。明智家が盤石であると世の諸侯に示さねばならぬ。わしは十五郎の嫁取りを政治の道具にするつもりは毛頭ない。だが、わしが元気なうちに道筋だけは付けておきたい。良いな?」


「しかし……」


「明後日には転生した者達も集まるのであろう?その時に前祝を致そう。具体的な婚儀はすぐに進める。色々と手配りがいるでの?」


「手配り……にございますか?」


「うむ……大名の嫡子たる十五郎が嫁取りをするのは簡単な事ではない。わしも形ばかりではあるが、朝廷から右大臣の位を授かる身の上じゃ。千代殿には失礼ではあるが、家格というものがある。

そこで、千代殿には真田安房守殿の養女になって貰いたいのじゃ。千代殿の実父は武田信玄公なのであろう?安房守殿は現武田家の執政。武田家との同盟関係を世に知らしめる事にもなろう」

光秀はそのような策を考えていたのか?俺は驚きと共にその深謀遠慮に感服した。


「千代殿?了承して貰えるであろうな?千代殿は今まで通り医療の研究などは続ければよいが、身の回りの事はすべて明智家でお世話させて頂こう。それと、坂本城は十五郎に与える。建設中の学校とやらも坂本の城下にある。困る事はあるまい?」


「承知致しました。心配り……感謝致しまする」

京姉はそう返事をした。


「千代殿……」


「十五郎も心を決めるがよいぞ?」


「はい……良しなにお願い申し上げまする」

俺は覚悟を決めた。嬉しい事は間違いなかったが、いきなりこんな展開になるなどとは思ってはいなかった。父、光秀はずっと考えていたのだ。俺が京姉の事を話した時から、ずっと思案していたのだろうな……そう思うと自分の父の凄さを改めて認識したのだった。


  

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