17話 異形の者
ここは伊賀山中の、「とある隠れ里」である。
いや、隠れ里であったといった方が、いいかもしれない。
「天正伊賀の乱」において荒廃し、遺棄された集落がそこ彼処に存在する。
そんな暗い歴史を感じさせる、もの悲しい場所だ。
普段は雪に閉ざされることも多いが、今年は晴れ間も多く、雪に覆われてはいない。
冷たい空っ風が吹き抜けるばかりだ。
その男は、すらりとした長身で、ざんばら髪、無精ひげだらけだ。
背中には巨大な火縄銃を担ぎ、腰には短筒と太刀を差している。
「おい、女……話せるようになったか?足の傷の具合はどうじゃ?」
「…………」
「話せるのであろう?くノ一よ……」
「殺せ……」
「殺す訳がないではないか……お前のような美形な女子を……のう?」
「辱めを受けるくらいなら、舌を噛み切るわ……下郎め」
余程気が強いのか、初音は男を睨みつけ、地面に唾を吐いた。
「ハッハハッ……またまた、気が強いところがそそられるのう?」
その男は人差し指を立て、不敵な笑みを浮かべた。
「お……のれ……殺すがよい」
「嫌だね。死にたければ、早う舌でも噛み切ればよかろう?」
「のう、女……おまえは「くノ一」であろう?
何か、わしのことでも探るつもりで、自ら命を絶たぬのであろうが?違うか?」
初音は、思うところを言い当てられて、下を向いた。
「まあよいわ。おまえの飼い主が、いずれ現れるだろ。
その時は眉間をぶち抜いてやるもよし。
あるいは、味方になってやってもよいぞ~。
まあ、待ったおることじゃ。のう?ハッハハッ……」
その男は、二度までも不敵な笑みを浮かべた。
「味方……」初音は思わず声を出してしまった。
「そうじゃ。わしと目的を同じくすれば・・じゃがな」
その男は、何やら意味深な事を言っている。
「おまえは織田の間者であろうが?」
「…………」初音は再度、その男を睨み付けた。
「まあよいわ。じゃがの~お前らを襲ったやつらも織田の間者やもしれんのう」
「何??そんな……」
「おまえは青いの~?こんな世知辛いご時世なんやで。
味方同士でも、裏を返せば、裏切りなど、いくらでもある話じゃ」
その男はそう言って、初音の胸を逞しい手で弄った。
「や……めろ……」初音は身を強張らせた。
「フ~~ンッ、刀傷など若いモンはすぐ治るんじゃのぅ?威勢がいいではないか?」
この男も若いはずだが、ざんばら髪と無精ひげのせいで、そうは見えない。
初音は、この男の目的を探ろうとしていたが、どうも掴みどころがない。
「わしの何を探るつもりじゃ?知りたければ、閨で囁いてやろうか?」
この男は、初音にご執心のようだ。だが、何故か嫌味は感じない。
「まあ、良いわい。おまえの飼い主が現れるまで、ゆっくりしたらええ」
そう言うと、男は立ち去った。伊賀山中の短い昼も終わろうとしていた。
そこは、この隠れ里の遺棄された廃屋である。
微かな月明かりと、囲炉裏の僅かな火種に女の肢体が浮かんでいる。
「あやめ……あのくノ一は何か探るつもりじゃ。思った通りよのう……
くノ一なら、いくらでも逃げ果せるはずじゃがのぉ?」
その男は、上半身をはだけて跨っている女に語り掛けた。
「ふふっ……そうですかぁ……」女は美しい双丘を揺らしながら答えた。
そして、細い白磁のような肢体を、ざんばら髪の男に絡みつけた。
「女っちゅうのは、ほんに怖い生き物じゃのう?」
その女は所謂、「歩き巫女」と呼ばれる間者である。
祈祷をしたり、あるいは春を売り、各地で諜報活動をした者たちである。
武田信玄が抱えた、「歩き巫女の集団」は有名である。
この、「あやめ」もそんな間者のひとりである。
「おまえも、わしに近づいた目的を何も言わぬからのぅ。
まあ、俺はそんなことはどうでも良い。じゃが、おまえの飼い主は誰じゃ?
それに……あのくノ一も嘘のように手傷が回復しとる。
大方察しは付くがな……わしを侮るんじゃないぞ?」
「それは……また、いずれ……」
「フンッ……これじゃから、女は……
まあ、そこが何とも……そそられるんじゃがな」
夜の闇に、微かに、あやめの嬌声が漏れ聞こえた。
深まる夜の闇に、蠢く影を、この時は誰も知る由もない……




