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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
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177話 利家の決断

 前田孫四郎利長と入れ替わるように、藤堂与右衛門高虎が使者として利家の元に赴いた。敗残兵たちは明らかに敵意を向けるものも多かったが、高虎の堂々たる体躯と所作に誰もが口を噤んでいる。高虎は片手に酒樽を抱え、利家の陣中を訪れた。


「惟任日向守……いや、明智十五郎光慶が臣、藤堂与右衛門高虎と申す。前田又左衛門殿とサシでお話し致したい。お聞き届けの程を……」

利家の家臣達が居並ぶ中、高虎は堂々と告げた。


「良かろう。皆の者は外してくれ」

家臣達が退出する。


「さて、陣中では酒宴もままなりませぬ故、これをお持ち致しました。杯を交わしながらお話致しませぬか?」


「これは有難い。お気遣い痛み入る。して、明智殿は何と?某からの条件は息子に伝えたはずにござるが」


「確かにお聞きいたしましたが、その条件は譲れぬとの仰せ」


「ならばお引き取り願おう」


「まあ待たれよ。折角この陣中に来たのでござる。酒でも酌み交わしませぬか?」


「敵となるとわかった以上、下手な情に流されるのは御免蒙る」


「又左衛門殿、まだ敵となると決まった訳ではござるまい?これからの談合次第でござろう?さぁさ、まずは一献……」

高虎は利家よりもかなり年若い。しかし、その巨躯と蓄えた髭、そして何度も戦場を経て醸成された殺気がそれを感じさせない。歴戦の武将顔負けの貫禄なのだ。

仕方なく利家は飲み干した。腹に浸みる……これが最後の酒になるかもしれぬがな……利家はそう呟いた。


「何からお話すべきかな……まずは某の為人を知って頂きたく思いまする。実は某は没落した武家の小倅でござってな。立身出世を志し、何とか藤堂の家を再興したいと思うた次第にござる……目指すは一国一城の主と言ったところですか?諸国を渡り歩き、何人もの主君にお仕えしてきました。今までで最も惚れたのは、羽柴小一郎秀長様でござった」

高虎は懐かしむように思い出話を語り出した。


「小一郎殿ならば頷ける。わしも知己である故な?」


「他にも、阿閉淡路守様、磯野丹波守様、津田七兵衛様にもお仕え致した事がござるが、某には小一郎様が一番でござった。このお方の為であれば命も惜しくはない……そう思えたものでござるよ」


「わしも上様のためならば……そう思い必死で働いたものよの。今となっては思い出に過ぎぬが……現実は過酷な物じゃ。巡り巡って、今は息子と殺し合わねばならぬかもしれぬ……」

利家は酒を煽りながら語った。


「某は何としても立身し、大名になりまする。でなければ小一郎様との約束は果たせぬのです。先の尼崎での戦の折、某は殿を務めました。その時、小一郎様は言い残されたのです。生きよ……と。自分の元で無くても生き延びて志を遂げよと」


「それで明智に降り、今は働いておられると?小一郎殿はさすがじゃな」


「当たらずとも遠からず……にござる」

高虎は意味深に答えた。


「どういう事にござるか?」


「某は小一郎様の為に死ねるならば本望であると、その時は思うておったのです。実際に某は追い詰められ、最後に華々しく散ろうと決意致しました。ところが、敵将から諭されたのでござる。

大名になる志を諦めるのか……と。それも敵将とは言え、小童こわっぱにでござる。

某は不思議に思いました。何故、某の志を知っておるのか不思議にございました。

ですが、その小童はしつこく某を説得したのです。某の命を請け負うと……」


「明智十五郎殿か?」


「左様にござる。その小童、いや某から見れば弟のような者に、某は惹かれておるのです。自分でも不思議にござるが、十五郎様の周りの者は皆、そのような不可思議な思いを抱いておるのです。何と申しましょうか……自分の力を貸してやりたい。そう思えてしまうのです。無論、十五郎様の元におれば、某の志も必ず遂げられると確信しておるのです」


「孫四郎もそのように申しておったわ。孫四郎を一廉の武士にしたのも、かの御仁なのであろうな?」


「はい……孫四郎殿だけでなく、忠三郎殿も然り。某は十五郎様こそ、日ノ本を統べるにふさわしい人物であると思うておるのです。何ら根拠はありませぬが……」


「与右衛門殿が斯様な話をなされた意味を、わしは噛みしめねばならぬか?」


「十五郎様は『玉』にございます。いや、その原石と申しましょうか……

未だ磨かれてはおらぬのです。今も柴田殿を攻め滅ぼすを躊躇しておられる。

齢十五の小童に日向守様は総大将をお命じになられました。

その意味を、我ら家臣は理解しておるつもり……

ですが、当人はその自覚が欠如しておるのです。己の良心と、父から命の狭間で苦しんでおられまする。某は十五郎様に、泥を被る心構えを持ってもらいたい。

覇者としての決断をできる武士になってもらいたいと思うておるのです。

又左衛門殿には、それをお助け頂きたいのです。

それが孫四郎様や前田家、そして領民たちにとっても最良の選択であろうと思えるのです」


「覇者としての気概……か……」


「お願い申し上げまする。信長公に代わる忠誠の対象に、十五郎様をお選び下さりませ」

高虎はそう言って首を垂れた。


 利家は瞑目した。そして高虎に告げたのだ。

「与右衛門殿?すぐに割り切れるものではない。わしも苦しいのじゃ……

だが、承ろう。わしが柴田様を攻めるに先陣を引き受けようぞ。

但し、最後に柴田様に一目会って詫びたいのじゃ。わしが使者として北ノ庄に赴き、柴田様に別れを告げさせてくれ……」


「承知仕った。この件は某が一命を賭して請け負いましょう。

又左衛門殿……此度の事は、某、終生忘れませぬ」


 こうして手筒山、金ヶ崎城は無血開城された。

翌日には軍を纏め、俺は蒲生勢、前田勢を加えた一万六千を率い、越前に向けて出陣したのである。その日の夕刻、軍勢は北ノ庄城を囲んだ。そして前田利家と四王天又兵衛の軍勢三千を別動隊として各方面に向けて出陣させたのである。

俺は暫くは城を攻撃せず待つつもりでいた。その間に城内の兵が逃散出来るよう攻め口を開け、越前国内の与力衆や土豪達にも調略を試みるつもりでいたのだった。


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