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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
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174話 総大将の器

 江北での激戦が終わり、一刻が経過している。明智勢は一旦長浜城に兵を集め、補給と越前への出兵の準備をすることになっていた。勿論、死人手負いも多く、城内は大変な状態である。

この戦いにおいて、明智軍は約二千五百が討ち死にし、更に手負いも同数あり疲労も激しいが、柴田勝家が態勢を立て直すまでに攻め込むというのが既定路線ではある。

そして、落ち着くのを待って軍議が催されたのだった。


「皆の者……よく戦ってくれた。我が明智の存亡の危機は回避された。

皆のおかげじゃ……この通り、礼を申す。大儀であった。

だが、このまま柴田殿を捨て置く訳には参らぬ。皆には苦労をかけるが辛抱してほしい。

明日の早暁、追討の軍を発する。何かあれば遠慮なく申せ」

光秀は諸将の顔色を伺いながら発言した。本能寺の変から一月余りで明智軍は戦い詰めであり、さすがに疲労も激しい。光秀にはそれが気掛りだった。


「殿……敵を囲みながらも撤退を許したは某の不徳の致すところ。願わくば、某に追討をお命じ頂きたく……」

普段はあまり積極的な発言をしない明智治右衛門光忠が口火を切った。


「某もお願い申す。我等、宿老としての面目を失うておりまする。何卒」

藤田伝五行政も追従した。


「若狭と越前は目と鼻の先。某は父の事も気掛りでござる。末席に加えて頂きたく……」

蒲生忠三郎賦秀が答える。


「しかし殿、柴田殿の兵力は如何ほどでござりましょう?金ヶ崎には三千程がおるようですが、追討軍を向けるにしても、我が方も総力を挙げてという訳には参りますまい」

明智左馬助秀満が懸念を表明した。


「左馬助の言は尤もじゃ。これはわしの推量じゃが、越前国内に五千程を残したはずじゃ。だが、恐らく逃散兵も数多出るであろうし、柴田殿の配下から此方に付く者も多かろう。それに我が方も追討軍に出せる兵力は一万二千が限界であろうな?左兵衛大夫殿の軍勢と合わせ、一万五千では不足かな?」

光秀はそう見通しを語った。


「城攻めがあるやろうし、わし等雑賀は同道させて貰おうかの?日向守殿、すまんが雑兵に至るまで報酬を上乗せして貰えると有難いんやが……」

孫市が少し遠慮がちに提案した。


「無論の事。傭兵を生業とする雑賀衆には当然の事。御頼み申す。

それに今回は死人手負いも少なくはありますまい?

その慰労金も合わせてお支払い致そう」


「某から一言……金森、不破、前田殿等をまずは調略能いませぬか?」

俺は思うところを申し述べた。


「それが常道であろうな?だが、こればかりはどう転ぶか読めぬ。鬼柴田殿は配下の人望も厚い故な」


「日向守様、某は父を翻意させたく思いまする。どうかその任をお与え下され」

前田孫四郎利長が間髪入れずに発言した。


「では、申し渡す。柴田殿追討には雑賀衆、治右衛門、伝五、又兵衛、忠三郎殿の若狭衆、与一郎殿の丹後衆にお願い致す。総大将は……十五郎が勤めよ。此度は一軍を率いてみよ。良いな?

左馬助は遊軍とし、わしと共に安土に詰めよ。この戦が終われば畿内周辺は盤石。暫し休息能おう。じっくりと羽柴殿や徳川殿と構える余裕もできよう。十五郎、頼むぞ」


「父上、お待ちを。某のような若輩が総大将など勤まりませぬ。

どうかその儀はお考え直し下され」


「もう決めた事じゃ。此度は不器用ながらも一軍を率いたではないか?見事勤めよ」


「若殿、我等が周りを固めまする。若殿は明智の嫡男として我等を率いて行かねばなりませぬ。いずれ避けて通れぬ道でござれば、覚悟を決めなされ」

藤田伝五行政が俺を見て諭した。


「左馬助殿と違い、わしは十五郎殿と戦陣を共にしたことは無い。一度見せて頂こうかの」

治右衛門までがそう笑いかけた。


「伝五殿や叔父上まで……何とか言うて下され」

俺はほとほと困り果てた。だが、避けて通れそうも無かった。


「では、散会する。暫し兵達に休息を与え、明日の早暁には出陣せよ。

十五郎とは話がある故、このまま此処に残るよう。

では皆の者、頼み入るぞ」


諸将が陣幕から退出しようとした時、阿閉貞大からの早馬が到着し、注進に及んだ。

その武者は一目散に駆けたらしく、息を切らしながら話した。


「敵総大将、織田三七信孝は、落ち武者狩りに遭い落命。丹羽長秀は重臣、江口正吉と共に我が殿が捕縛致しました。丹羽殿は手負いなれば、まずは横山にお連れ致し、その後は日向守様のご指示を仰ぎたいと」


「何と……して如何様な状況であったのか?」

光秀も驚きを隠せない。諸将も固唾を飲んで見守っている。


「はっ、江口正吉より聞いたところでは、街道沿いにその骸が放置され、その確認のために馬を止めたところを襲われたようにございます。わが軍勢が駆け付けたため、その野伏せり共は引き上げたとの事」


「そうか……大儀であった。暫し休んで、すまぬが横山まで行ってくれぬか?

この事、高度な政治的判断を要する故、決して他言せぬ様、雑兵共にも言って聞かせるのじゃ。此方から手勢を走らせる故、三七殿の遺体と丹羽殿は安土に引き取る」


「承知致しました。丹羽殿は鉄砲傷を負われたようにございます。深手なれば、動かせるかどうかわかりませぬが……」


「そうか?ならば尚の事、安土に御連れせよ。横山では満足な手当ても出来ぬであろう?横山の深手の者も合わせて安土に移送するのじゃ。源七、甲賀の里に遣いを出して、千代殿等に安土まで来てもらう様に差配せよ。傷病兵も出来る限り助けたいのじゃ。では散会する」


諸将は決意を漲らせてはいるが、どことなく不安とも取れる表情で退出した。




                ◇




 俺は陣幕の中で、光秀と相対した。

正直なところ、不安で一杯である。齢十五の俺に大軍の総大将など勤まるのだろうか?

今回の合戦では一部隊の大将として兵を率いたが、自分としては不甲斐ない戦振りをしたと思っている。配下の将が何名も討ち死にした。それは判断を誤った自分の責任なのだ。


「十五郎……不安か? 自分の命で配下が死ぬ……耐えられぬか?」

光秀は俺の目を直視して問いかけた。


「はい。耐えられませぬ。人の死は何度見ても……味方だけでなく、敵も同じ人間でございます。しかも日ノ本の民……この時代が嫌でございます」

俺は正直に気持ちを吐露した。


「そのような時代を変革するのでは無かったのか?そして未来を変えるのであろう?」


「わかっておるのです。でも……罪の意識に身が裂かれる思いです」


「長安にも言われたであろう?己自身が悪逆の徒として泥を被らねば、時代の変革など絵空事であると……もう動き出しておるのじゃ。

お前が未来から知り得る歴史はすでに変わっておる。

ならば道半ばで放棄するのは許されぬ事じゃ。

お前にはこの時代と未来の日ノ本、否、この世に存在する人間すべてに対する責任があるはずじゃ。お前が強くならねば、明智家は滅びる。

そうなれば、この計画そのものが瓦解し、どのような未来になるか、修正する事すら不可能となる。

鬼になれ……戦国の世なれば、それが出来ねば滅びようぞ?」


「しかし、総大将など……どう差配すれば良いのです?」


「己自身でまずは考えよ。そして配下の意見を聞き分けよ。我が明智の配下には武勇、知略、人望、決して他家には負けぬ人材が揃うておる。それを活かし切るのが総大将たる者よ。

お前には誰にも負けぬ才能がある」


「自分ではわかりませぬ」


「それは稀有な才能じゃ。後から身に付くものではない。

人が放っては置けなくなるその器じゃ……それが何処から来るものかはわからぬ。

やはり未来の人間がこの時代に遣わした何かであるのかの?」


「そんな……しかし、柴田殿の討伐など、私は具体的にどうして良いのか……父上のお考えだけでもお聞きしたく思いまする」


「自ら考えよ……と申しても不安か?」


「はい……」

俺は間髪入れずに答えた。


「ならばわしの助言はこれが最後と思うて聞くがよい。

柴田殿は絶対に降伏などはせぬ。家名の存続などは考えぬ御仁じゃ。

しかし、配下や与力はそうではあるまい。であればこそ、柴田殿は何としても滅ぼさねばならぬのじゃ。まずは前田殿を調略し味方にせよ。これは能うであろう?そして金森、不破などの与力を前田殿を使って寝返らせよ。寝返らねば攻め滅ぼせ。そして北ノ庄をその与力衆を使って囲み、一兵残らず葬れ。越前国内で歯向かう者、逡巡する者は悉く斬り捨てよ……良いな?」


「しかし、前田殿や与力衆が柴田殿を攻めるに従軍致しましょうか?」


「囲みに加わらぬならば攻め滅ぼせ。それが明智の為である。良いな?歯向かった者は一族郎党に至るまでその首を晒すのじゃ。それが出来ねば今の時代を勝ち抜けぬ。

わしは三七殿の遺体が届けば、その首を京の都に曝すつもりでおる。

それが戦国の世の倣いじゃ。この試練を超えて、一廉の武士になれ……」

光秀は厳しい目で俺にそう命じた。


 俺にできるのであろうか?平和を謳歌していた未来の日本で、何事もなく過ごしていた俺に……そのような事ができるのか?京姉?どうすれば良い?

京姉は俺の罪を、人を救う事で償うと言ってくれた。けど、もし次の生まれ変わりがあるとすれば、一緒になれないかもしれない……俺は胸が張り裂けそうであった。

逃げ出したい……逃げ出したい……そう思いながら俺は眠りに落ちた。

このまま目覚めねばどれ程幸せだろうか?


 しかし、この時代でも日輪は必ず昇るのだ。

俺は一万二千の軍勢を率い、越前へ向けて出陣した。

天正十年七月十六日早暁の事である。

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