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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
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173話 織田の血脈

此処は横山城から近江へ南下した街道沿いである。周辺の木々を僅かばかりの月明かりが照らし出している。そしてそこには数多の光る眼があった。


「殿……戦は明智方の勝利。信孝は数名の馬廻りと共に戦場を離脱し、此方に向かいつつありまする。如何致しますか?」


「哀れではあるが始末せよ。必ず馬廻り共も討ち取るのじゃ。そして具足を剥ぎ取るのを忘れるな。落ち武者狩の仕業と見せかけよ。それと……他の者も此処を通るであろう?河尻殿や丹羽殿も討ち取れば上々じゃ。更に物見を出して確認せよ」


「承知。では……」


服部半蔵正成である。半蔵は徳川家の障害となり得る信孝を討ち取るべく待ち構えていたのだ。尾張衆、美濃衆を調略していた家康にとって、信長の子息は最早目障りでしかない。しかし表立って対立する訳にはいかない。家康は穏便に尾張、美濃を乗っ取るべく絵図を描いていたのだ。そして有力な跡目である信孝を抹殺し、傀儡として扱いやすいであろう信雄を懐柔し、汚名を着ることなく勢力を拡大しようと目論んでいたのである。


織田三七信孝は数名の馬廻りと共に馬を飛ばしていた。その一団は信孝を囲むように駆けている。そして街道の両側を木々に囲まれた隘路に差し掛かった時、無数の矢箭が前途に降り注いだ。

矢は馬にも突き刺さり、馬廻り達の幾人かが振り落とされる。しかし尚も矢箭は降り注ぐ。


「野伏せりかーーー?殿をお守りせよーーーっ」

馬廻り達は信孝の周囲を固めたが、周囲の闇から飛来する矢は防ぎようがなかった。そして信孝の全身が晒された。


「パパァーーーン」

銃声が轟き、信孝は倒れ込んだ。


「うぅ……斯様な処で……野伏せり如きに討たれるなど……」

信孝は呻いた。銃弾は腰に命中したのである。

そして、伊賀衆が襲い掛かり、馬廻り達に確実に止めを刺す。


「三七殿……戦国の世の習い、許されよ。これも信長公の業の報いでござる」


「おっ、お前は……」


「御免……」

半蔵はそう言うや、信孝の胸に太刀を突き立てた。


「手筈通り、武具を剥ぎ取れ。そして暫く隠すのじゃ。雑兵共の目に付かぬようにな?物見から織田家の宿老共が来た報告があれば、街道に曝すのじゃ。それまでは息を殺して待て」

半蔵は配下にそう命じた。




               ◇





一方、此処は横山城である。本丸に立て籠もっていた明智勢の中でも動きが出ていた。

二の丸に相対していた氏家直通の軍勢が引き上げ始めたのである。

荒木山城守行重はその情報に接し、江北における合戦の勝利を確信した。


「山城守殿?氏家勢が引き上げていきますぞ?先程物見をやらせましたが、織田勢の雑兵共が敗走していくのが見えたとの事。我が方の勝利は疑いない。氏家勢を追い討ち致しましょうぞ?」

阿閉孫五郎貞大が語った。


「うむ……間違いなかろう。されど、我が方にそこまでの余力があろうかの?

軍を動かすのは慎重にならざるを得ぬ。可惜あたらこれ以上死人手負いを出したくはないでな?」


「しかし、追撃致さば勝は疑いないかと思いまするが……」


「わしもそう思うが、氏家如きを追い討ちしたところで然程手柄にはならぬが」


「さればこのまま手を拱いておられまするか?」

貞大は若干不満げに食らいついてくる。


「それよりもじゃ?織田勢が撤退するのであれば美濃への街道を敗走しよう?

運が良ければ大将首を狙えるやも知れぬ。その方が危険もなかろう?」


「成程、さすがは山城守殿じゃ。その役目、是非、某に」


「宜しかろう。百人程の精鋭で討って出られれば良い。わしは念のためにこの城を守っておこう。頼みましたぞ?」


「承知……」

貞大は喜び勇んで出陣した。




               ◇





丹羽五郎左衛門長秀は美濃への道をひた走っていた。戦場を離脱する際の混乱で、十名程の馬廻りと家臣が同行しているばかりである。


「殿、横山が近うござる。氏家殿も撤退して居りましょう。急ぎませぬと……

それに野伏りや落ち武者狩りもおりましょう。目立たぬようにして下され」

重臣の江口三郎右衛門正吉が馬を寄せながら語り掛けた。


「さすがに目鼻が効くではないか?一廉の武士になったのぅ?」

長秀は笑ながら答える。


「殿、笑い事ではござりませぬぞ?関ケ原を抜けるまでは隘路も多ござる」


「それよりも三七殿が気掛りよ。無事であればよいが……」


「三七殿は真っ先に抜けられた故、もう美濃に入って居られるやも知れませぬな?」


「で、あれば良いがな?」


「殿、あれを……やはり落ち武者狩りがあったようにござる。我が軍の旗と骸が……」

先頭の正吉が街道に散らばる骸らしきものを見つけた。


「わしが見分してくる故、殿を囲んで警戒せよ。周りに賊が潜んで居るやも知れぬ」

正吉は馬を降り、辺りを警戒しながら近づいた。


「こ、これは?殿ーーーっ」

松明をかざした正吉の見たのは、変わり果てた武将の姿であった。

正吉の上擦った声に長秀は悪寒を感じ、直ぐに駆け寄った。


「何と言う事じゃ。殿、三七殿ーーーっ」


長秀は片膝をついて座り込んだ。


「このような事が……天は織田家を其処まで見放すと言うのか……上様?何とか言うて下され。某は……五郎左はどうすれば良いのでござる?」


「殿?お気を確かになされませ。一刻も早く岐阜に戻り、三介殿を立て、織田家と立て直さねばなりませぬ。それが宿老たる殿の務めでござります」


「どうにもならぬよ……」


「パパパァーーーン……」

その時、にわかに銃声が轟いた。

同時に、数十に及ぶ矢が降り注ぐ。


「殿ーーーーっ」

長秀は姿勢を変えることなく座り込んでいるが、肩口からは血が流れている。


「周りを固めーーーぃ 殿に指一本触れさせるでないぞーーっ」

四方から伊賀衆が攻めかかる。彼らは野伏りと思しき姿に扮し襲ってきた。

そして激しい斬り合いが始まった。

しかし、それもほんの数瞬で終わりを告げたのだ。


「退けーーぃ」

襲撃した伊賀衆はすぐに撤退した。横山城からの軍勢が迫ったからである。半蔵はすぐにそれを察知し、配下に引き揚げを命じた。自ら手を下さずとも長秀の命運は尽きたと判断したからだ。


「殿、明智勢にござる。我等が防ぎます故、切り抜けて下され。

馬廻り衆はここを三途と守り切るのじゃーーっ 参るぞ」

江口正吉は命じた。明智勢は迫る……横山城から出撃してきた、阿閉孫五郎貞大率いる軍勢である。

貞大は前方にいる騎馬武者の集団が、名のある武将であると直感的に感じ取った。

そして、鉄砲を釣瓶撃ちさせた後切り込んだ。

阿閉勢の雑兵が一斉に突っ込む。だが、十騎程の長秀の馬廻り衆に散々蹴散らされる。


「何をしておるかーーーっ?敵は寡兵じゃ。周りから囲んで討ち取れーーっ」

乱戦になる。そして、江口正吉は阿閉勢の雑兵や徒武者を長柄を振るいながら蹴散らし続けた。

しかし精強な馬廻りとはいえ、多勢に無勢である。次々と討ち取られていった。それでも正吉は阿閉勢を長秀に寄せ付けなかった。


「あの者はわしが直々に槍を付けてくれる。鉄砲など放つでないぞ?」

貞大は配下にそう命じ、名乗りを挙げた。


「敵ながら天晴な戦振り……感服仕った。尋常に立ち会われよ。

某、阿閉淡路守が一子、孫五郎貞大と申す。名乗られよ」


「存じ上げておる。御父君は長浜にて見事な最期を遂げられた」


「何ですと?我が父を見知っておいでか?」


「織田家宿老の家臣ともなれば、知らぬでは務まらぬ。

某、惟住長秀が臣、江口正吉と申す。口惜しいが武士の倣い……上様も称えた豪の者が生涯最後の相手とは、某も果報者よ……尋常に勝負じゃ」

正吉はそう言い放ち、槍を構えた。


「待たれよ。江口殿と言えば丹羽家の重臣……後ろで傷ついておられるは丹羽殿か?」


「隠し立てしても詮無き事。如何にもわが殿じゃ……御身にとっては手柄首であろう?だが、そうはさせぬ。某の屍を超えてみられよ?」

周囲の阿閉勢はざわめいた。存外の手柄首であるが故である。


「これはご無礼仕った。敵とは申せ、織田家の宿老ともあろう方々を囲み殺すのは思うところではござらぬ。見たところ丹羽殿は深手を負われたご様子。此処は我等に降って頂けぬか?

死に急ぐ必要などござるまい?某にお任せ頂けぬか?」


「何を馬鹿な……某も殿も一廉の武士。敵の縄目を受けるなどあり得ぬ。さあ、参られよ」


「丹羽殿は手傷を負われたが討ち死にされた訳ではござるまい?その忠臣たる江口殿が死に急いで何とされる?今ならまだ間に合い申す。某が請け負います故、今一度考え直して下され。ここで丹羽の家を潰しても良いと申されるか?」


「刑場の露と消えるなど、我等の望むところではない」


「江口殿、虜囚となったとて何も処刑されると決まった訳ではござらぬ。よく考えて下され。蒲生殿や池田殿も一度は我が殿に敵対しながら、今は命脈を保っておられる。日向守様はご存知の通り慈悲深い大将にござる。保証はできませぬが、某が手を尽くしましょう程に……」


「何故そこまで拘られる?我が殿は織田家の宿老。それを討ち取れば、阿閉殿も大手柄ではありませぬか?」


「江口殿……何も手柄首を挙げるだけが奉公とは限りませぬ。某、この状況で丹羽殿を討ったとなれば、日向守様にお叱りを受けましょう。何卒……」


「そこまで言われるならば従いましょう。どうか我が殿の命をお救い下され。

それと……我が軍の武者の骸を放置はできませぬ。具足を剥ぎ取られておるとは言え、織田家の者もおりますれば……」


「ほぅ……左様でござるか?では配下に横山まで運ばせましょう。してそのお方とは?」


「わが軍の総大将、織田三七信孝様の亡骸でござる」

正吉はそう言って手を合わせた。


そして、誰も言葉を発せず沈黙が訪れた。






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