172話 江北の残照
此処、江北の地では明智・織田両勢の戦いが決着を迎えた。蒲生勢の到着と織田勢後衛の撤退、そして両翼が崩れたことにより織田勢が撤退を開始したのである。丁度日没を迎え、入れ替わるように半月が夜の闇をうっすらと照らし出している。その僅かな月明かりと、明智勢の松明のみがこの地の数万の人間達の命を照らし出しているのだ。
織田勢は総大将、織田三七信孝と柴田勝家を中心に明智勢後衛部隊に攻めかかっている。そして撤退をさせず、何とか大将首を挙げるべく、明智治右衛門光忠、藤田伝五行政、長岡玄番興元、蒲生忠三郎賦秀等の部隊が囲んで鬩ぎ合っている。
それぞれの部隊長にも光秀から無理攻めせぬよう早馬が来ていたが、後衛部隊の武将達は鬱憤が堪っていた。合戦においては織田勢の後衛部隊を打ち破れず、不甲斐ない戦いをしたという思いがあったのだ。
「申し上げまする。我が殿より五郎左衛門様へ……
敵、蒲生勢はお引き受けいたす故、明智勢の左翼に攻撃を集中し、囲いを破るが上策と」
河尻秀隆から丹羽長秀の元へ注進が訪れた。
「与兵衛殿は理由を何か話されたか?」
「されば、藤田勢、長岡勢は猪武者故攻めかかれば返って敵の戦意を煽りかねぬと。
明智治右衛門、蒲生忠三郎は冷戦沈着故、強襲せば、退くかもしれませぬと……」
「そうか……さすがは与兵衛殿じゃ。
殿?与兵衛殿の見立ては恐らくは正しかろうと思いまする。
夜中故、日向守は無理な追い討ちは致しますまい。
というよりも、そこまでの余裕もないかもしれませぬ。
某は良策と思いまする」
「五郎左衛門に任せよう。わしは囲みが破れたと見えれば、馬廻りと共に馬を走らせればよいか?」
「仰せの通りに……殿が脱出致せば、某と河尻殿で繰り引きを。
それに、柴田殿も続かれます故、時間も稼げましょう」
「わかった。与兵衛殿にも伝えよ。岐阜で会い見えようとな?」
こう言い放ち、信孝は馬上の人となり、太刀を抜いた。
織田勢は脱出路を切り開くべく一斉に行動した。
河尻勢は蒲生勢の右翼から右旋回しつつ波状攻撃をかける。
「いかぬなぁ。各将に伝えよ。河尻勢は死兵じゃ。陣形を乱すことなく守りに徹せよ。敵の右側面に対し、飛び道具で応戦する。良いかーーーっ」
蒲生忠三郎賦秀はそう下知した。
同様に丹羽勢も明智治右衛門光忠の軍勢の左翼から攻め込む。
織田勢の老練な宿老の連携により、明智勢に隙間が生じた。
そして、その隙に織田三七信孝は戦場からの離脱に成功したのである。鮮やかな手際であった。
だが、残された織田勢は当然ながら明智勢に囲まれ三方から攻撃を受ける。
丹羽勢と河尻勢は一塊となり防戦を続ける。丹羽長秀、河尻秀隆の両将も、自身が長柄を持ち斬り結ぶような状況となっていた。
「五郎左殿?ご無事か?」
河尻秀隆が馬廻りと共に駆け付けた。長秀の指揮する軍勢は寡兵であったため、秀隆は心配していたのだ。
「おぉ与兵衛殿。三七殿は無事切り抜けた様じゃ。予想通り敵は無理攻めはせなんだが、今後はそうもいかぬであろうな?」
「すぐに柴田殿も来られずはず。もう一働き踏ん張らねばなりませぬな?」
その時、後方からは柴田勢の喊声が近づいてきた。
「柴田殿が来られたようじゃ。その時はもう一踏ん張りして、明智勢を地獄に道ずれにしようかの?しかし、斯様な戦は久しぶりじゃ。負け戦でも心が躍りまするな?上様と駆け回っておった頃を思い出しますわぃ」
長秀は懐かしそうに語り、秀隆も笑みを返した。
「さて、某から五郎左殿にお願いがござる」
「言わずともわかり申す。某は退く事など考えておりませぬぞ?」
「聞かれよ……三七殿には五郎左殿の支えが必要じゃ。
某は中将様に先立たれ。三法師君も今はこの世におられぬ。
もうこの辺りで良いのじゃ……最後に華を持たせてもらえぬか?」
「それを申されるなら、与兵衛殿も同じ……」
「左様……立場は同じでも、某にはもう気概がござらぬ。
年長者の我儘を聞いて下され……」
秀隆は有無を言わさぬ眼差しを向けた。
「どうあっても……?」
「五郎左殿?頼みましたぞ」
秀隆は笑みを絶やさずそう応えた。
「柴田殿が来られたら、某の軍勢は一斉に斬りかかりまする。
後は切り抜けて下され。ご武運を……」
こうして両将は別れたのだった。
◇
光秀の元には追撃戦の状況が報告された。
「申し上げます。敵総大将、織田三七信孝は囲みを破り、逃げ果せた由」
「そうか……織田家の宿老共はどうか?」
「わかりませぬ。ですが、丹羽勢、河尻勢が連携し囲みを破ったとの事。
また柴田勢も統率を保ったまま、我が方に攻めかかっておりまする」
「ご苦労であった。各将に伝えよ。敵は死兵となる場合もあろう。
重ねて無理な追い首をせぬよう厳命せよ。
なるだけ敵の兵力を削げばよい。さすれば雑兵共は時が経てば逃散しようぞ」
同じ頃、柴田修理亮勝家の元にも、信孝が脱出した旨の報告が来た。
そして拝郷家嘉からも密かに使者が訪れていた。
「我が殿は、藤田勢、明智勢の後方より攻めかかり、最後の一戦を致したいと……何としても柴田様は越前まで落ち延びて頂きたいと……最後の御奉公であると……」
そう言って使者は突っ伏した。
「相分かった。大儀であるぞ?其方は必ず生き延びよ」
勝家はその使者に脇差を渡した。
「皆の者良いかーーーっ 前方の敵だけを見よ。
真正面から敵陣を切り裂くのじゃーーー 掛かれーーーーっ」
柴田勢は一斉に突撃を開始した。
これに対し明智勢は無理な突撃をせず、光秀の命令通り側面から弓鉄砲を撃ち掛け続けた。
そして、藤田勢の背後から拝郷家嘉の軍勢数百が攻めかかったのである。拝郷勢は幾分かの逃散兵がおり、寡兵ではあったが、馬廻りや徒歩武者がほとんどであるため精強であった。
拝郷勢の突撃により戦局は一気に動いた。明智勢の囲みが当然薄くなり、そこへ柴田勢、河尻勢が一斉に動いたため戦場は混戦状態となり、丹羽長秀、柴田勝家は一気に戦場を離脱したのである。
そして、最後まで戦場に居て戦い続けた武士がいた。
河尻与兵衛秀隆と拝郷五左衛門家嘉である。
両部隊はそれから一刻余り暴れまわり、明智勢も囲んで攻め続けたが死兵となった彼らは最後まで抵抗を続けた。河尻秀隆は最後は囲まれ、長岡勢により討ち取られた。拝郷家嘉はそれでも囲みを破り、最後は琵琶湖の湖畔にて従容として腹を斬った。
此処において、明智、織田両家の決戦に幕が下ろされたのである。




