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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
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168話 江北合戦 八

天正十年七月十五日、明智織田両軍の戦いは佳境を迎えていた。

柴田勝家、佐久間盛政、森長可等は明智光秀の本陣に向けて最後の突撃を開始し、肉薄しつつあった。織田軍総大将、織田三七信孝はその様子を本陣から見つめていた。注進も続々と駆け付ける。


「申し上げます……柴田様の軍勢、明智勢本隊に突撃しておりまする」


「佐久間玄蕃様、明智勢右翼を打ち破った模様……」


「右翼柴田勝政様の軍勢、明智勢の挟撃により苦戦」


「左翼河尻秀隆様、敵右翼と一進一退……」


「後備え、未だ膠着ですが、敵蒲生勢が接近中との事。あと四半刻程かと……」


信孝はその注進が来るたびに頷き、労っていた。


「殿……あと四半刻。そろそろ決断の頃合いかと……」

丹羽五郎左衛門長秀が問いかけた。信孝の本陣は丹羽勢と信孝の馬廻り衆が一千で固めているが、現状は戦闘には参加していない。


「五郎左殿?如何様に動くつもりか?」


「選択肢は二つ。柴田様の後に続き我等も突撃するが一つ。今一つは、蒲生勢の来襲に備え、後の陣立てを整える事……特に美濃衆は心許ない故、対策が必要にございましょう」


「そうか……」


「如何なされまするか?」


信孝は床几に腰かけたまま瞑目した。そして数瞬後にそっと目を開けた。


「五郎左殿……総大将たる戦い方ではないかもしれぬが、わしは柴田殿の後に続く覚悟じゃ……日向守を討ち取る可能性に賭けたい。家臣達にはすまぬが、此処で安全策を採ったところで詮無き事じゃ。此処で無理できねば何方にしろ織田家の行く末は明るくはあるまい。三介がおれば家名は残ろう?」

信孝は淡々と語った。


「殿……よくぞ申された。何も言う事はございませぬ。万一仕損じたとて、殿は必ずやこの五郎左が落ち延びさせて御覧に入れまする。さあ……進軍の采を振られよ」

長秀はやっと信孝が立派な大将に育ったと思い震えた。この上は最後の戦いに邁進するしかない……あとはこの熱情をぶつけるだけである。やっと報われた思いであった。


「皆の者ーーーっ 織田家の意地を見せようではないかーーー?

我に続けーーーーーっ」

信孝は今までに見たことも無い気迫で号令した。





               ◇





俺は敵右翼、柴田勝政・勝豊の軍勢を半包囲していた。だが、今のところ打ち崩す事が出来ずにいた。そこに注進が訪れた。


「若殿……織田の本陣が動きましてございます。信孝の馬廻衆、丹羽勢約一千が柴田勢の後から突撃する模様……」

明智忍軍の疾風がそう告げた。

そして鈴木孫三郎も俺の元に駆け付けた。


「十五郎聞いたか?信孝の本陣が動いた。ちょっと予想外や。

早めに柴田勢右翼を崩さんとまずいぞ?」


「今聞いた。なんか方策はあるんか?」


「ない。けど敵の大将を狙撃するつもりや。混戦状態やから難しいけど、鉄砲上手を選りすぐって奥深くまで接近して撃ちかける。大将が討ち死にしたら一気に崩せるやろ?若太夫殿にもすでに遣いした」


「わかった……頼りにしてる」


一方、孫三郎から注進を受けた土橋若太夫守重もすぐにその作戦に同意した。元々、その作戦を考えていたこともあって話は早かった。


「若太夫殿?突撃隊はわしに任せぃ。恰好付けさせて貰うわ」

雑賀衆の大将、的場源四郎が請け負った。

源四郎は雑賀衆の中でも有数の鉄砲上手として名が知られていた。


「それは頼もしい……わしらは援護に回るから頼んだで……」


「わしがしくじった事があるかい?賞金はガッポリ頂くわ」


「ワッハッハハ……」


こうして、前後から雑賀衆の狙撃隊が動いた。

後方からは杉谷善之助が数名を率いて柴田勝豊を狙うべく動く事となった。





               ◇





光秀の本陣でも次々と注進が訪れていた。


「申し上げます……左翼、伊勢貞興様、苦戦の模様。突破されつつありまする」


「相分かった。三左衛門殿……馬廻り衆を連れ、迎え討って貰いたい。

其方の叔父にあたる勝蔵殿のようじゃが、やれるか?」

光秀は池田照政に命じた。


「承知……一兵たりとも通しませぬ。縁戚の事は別義にござれば、某自ら槍を合わせる覚悟にござる。これを以って日向守様への忠誠をお示し致しまする」


「そうか……頼もしい限りじゃ。頼み入るぞ?」

こうして照政は馬廻り衆を率い迎撃に向かった。


明智勢左翼部隊を率いる伊勢貞興は決して弱兵ではない。有職故実を極めた伊勢氏の嫡流であり、室町幕府政所執事を務めた家柄であるが、戦国の世の習いで光秀の配下となっていた。若年ではあるが戦巧者として知られている。此度の戦いでも存分に森勢と渡り合っていたが、森長可が主力を伊勢勢に当たらせ、別動隊で回り込み突破した形である。


長可は自身の馬廻り衆二百程で明智勢本隊に突進してきた。

だが、長く戦い続け満身創痍である。


「皆の者良いかーーーっ?逆賊明智に一番槍を付ける。

わしが斃れても決して退くでないぞーーー掛かれーーーっ」

長可は大音声を挙げ、突進する。


「敵は寡兵じゃーーー一騎たりとも通すなーーー」

照政も負けじと迎え討った。


金属音と怒声が飛び交い、壮絶な白兵戦が展開される。

数は少ないが、明智勢の鉄砲隊が長可の馬廻り目掛けて斉射した。


「パパパァーーーン」

長可の周りにも銃弾が弾ける。そして、長可は左大腿に鈍痛を感じた。


「殿ーーーっ」


「大事ない。薄手じゃ……構わず前だけを見よ。この戦の晴れ舞台じゃ」


「殿?あれは池田家の紋所……揚羽蝶にござる」


「ほぅ……三左衛門か?日向守の馬廻りに出仕したと聞いておる。

我が甥か……皮肉なものよの……是非に及ばずじゃ。

わしが討ち取ってくれよう。行くぞーーーっ」


長可の精鋭の馬廻り衆がが一団となって突っ込む。

まさに火の玉のような突撃であり、迎え討つ明智勢は一瞬で蹴散らされる。

だが、少数であるため後が続かず、じわじわと包囲されていった。

数瞬の後には長可の周囲も白刃が触れるようになってきていた。

長可も長柄を持って奮戦する。だが、足に銃創を負っているため十分な働きは出来ずにいた。そして次第に息が上がってくる。


「兵庫はまだ来ぬか?」


「ははっ……伊勢勢に阻まれ容易に突破できぬように……うぁ……」

長可の馬廻武将がまた槍で突かれ倒れ込んだ。

その武将を今度は長可が自慢の十文字槍で突き伏せた。


「届かぬか……」

長可はそう心で呟いた。と同時に鉄砲の音が聞こえ、今度は左肩に熱痛を感じた。


「殿……このままでは全滅致しまする。何卒お退き下され。殿致しまする」

家臣の林長兵衛為忠が促した。


「長兵衛か?其方こそ退くがよい。無暗に命を散らさずとも良いぞ?

わしは此処を死に場所と決めておる。それに二発も鉄砲を食らってしもうた。

この上は死に花を咲かせるのみじゃ。其方はまだ若い……早う落ちよ」


「某も諸共に……」

為忠はその命令を拒否した。


「皆の者……殿に逆臣共の刃を触れさせるでないぞーーー」

為忠はそう指示し、残り少ない家臣に円陣を組ませた。

だが、明智勢はじわじわと包囲を縮める。


「パパパァーーーン」

鉄砲が長可を守る兵達を襲った。


「叔父上……存分に意地は通されましたか?」

池田三左衛門照政は問いかけた。


「ほぅ……三左衛門か?暫し見ぬうちに立派になったではないか?」

長可は十文字槍を支えにして何とか立っている。


「はい。某もこの乱世において武士の意地を貫く覚悟」


「そうか……ならばこの首をやろう。もう十分武辺は示した……

さあ、介錯せぃ……鉄砲玉は思ったよりも痛いものよ……」

そう言って長可は俯いた。


「最後に何かありませぬか?」


「生き残った我が配下を頼む。それと『この槍』をやろう……役に立とうぞ……さあっ……やれ……」


「叔父上……御免っ……」


照政はそう言って、森勝蔵長可の首を刎ねた。


「この上の戦は無用じゃ……森勢の者は降伏致せーーーっ」

照政は森勢の残兵に向けて声を張り上げた。


此処において、織田勢の一角、森勝蔵長可は討ち取られ、その残り少ない軍勢は霧散した。だが、残りの森勢は尚、明智勢左翼部隊と戦闘状態にある。それを指揮する各務元正は長可の討ち死を聞いても眉一つ動かさなかった。最後まで主人に殉じる覚悟を決めていたのである。







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