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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
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161話 江北合戦 壱

天正十年七月十五日は明智、織田両軍にとって、その運命を分かつ日になるであろう……誰もがその思いを刻み、此処、江北の地に明けた。

輝く日輪が伊吹山、霊仙山の稜線を照らし出し、その来光を見ながらまずは織田軍が南下を開始した。

長浜城に籠城する明智勢は胸を撫で下ろすとともに、すぐに追撃する準備に入った。

その兵は二千五百である。藤田伝五行政を大将に、明智半左衛門秀貞、山崎片家、長岡玄蕃允興元……いずれも歴戦の強者である。


「伝五殿……織田勢はこの城の押さえを残さぬようですな?

背後から攻め上げますか?不肖某が先陣仕るが……」

興元は長浜の守備を志願して本丸に詰めたのは良かったが、ほとんど戦闘に参加する事は無く、持て余していた。元来が戦上手の猛将であり、城外に討って出る事を何度も進言していた。


「玄蕃殿……お気持ちは有難い。某もその気持ちはあるが、今日は明智の命運を賭けた一大決戦にござる。寡兵にてみだりに戦端を開けば収拾が付かなくなる懸念もござれば、今しばらく辛抱して下され。治右衛門殿と河内衆が余呉から此方に向かってござる。時が来れば、この鬱憤を共に晴らしましょうぞ……」

行政自身も守りに徹していたこともあり、討って出たい心持はあったのだ。


「南の平場にての決戦でしょうが、織田勢は我等が背後を突くのは織り込み済ですかな?坂本の味方が余呉を回り此方に向かって居る情報もありましょうに」

明智秀貞が徐に問いかける。


「織田勢には織田家の宿老共が参集しておる。そのような手抜かりは無かろうな?

後備えに少なくとも五、六千は残すであろうよ。しかし、織田勢の行動はまさに背水の陣よ……恐らくは我が殿の首一つに狙いを絞っておる証左じゃ。何としても敵の後ろを突き崩し、三七殿を討ち取らん……さて、頃合いを見計らい織田勢を追うとしようか?」


長浜城の明智勢は意気盛んであった。織田勢が南下するのを見計らった上で、明智光忠の軍勢三千と合流し、織田勢の背後から攻め上げる方針だったのである。




        ◇





一方、織田勢南下の報は、物見からすぐに光秀の元にももたらされた。


「長浜に囲みの兵を残さぬか……余程の覚悟と見ゆる。

思うに、敵の意図は『わしの首』ひとつという事よ。

此度は敵の猛攻を真正面から受け止め、包囲殲滅する。

我等の強みは鉄砲の数とその火力に尽きる。

逆に申さば、混戦に持ち込まれては些か分が悪い。

その辺りの鑑みて、意見を聞きたい。忌憚なく申せ……」

光秀も織田軍の意図を読み解き、決意表明した。


「殿……敵を包囲殲滅するならば、本陣を危険に晒すという事。

そのような博打は……某は再考すべきかと……」

明智左馬助秀満が懸念を表明した。


「左馬助……わしの首を囮にせねば、勝てぬ。

敵の狙いがそうである以上、わしは退くつもりはない。

此処で柴田殿始め、織田家の宿老共を叩いておかねば、後の戦いも覚束ぬわ。

羽柴、徳川……まだまだ難敵を抱えておる。

これは賭けよ……」


「日向守殿が決意したんやから、わし等は従うより他は無い。

一兵でも多く敵を撃ち倒すんが勤めやろ。

敵を真ん中に集めて、三方から一斉射撃や。上手く誘い込めば勝てるで」

雑賀孫市がそう語った。


「例え混戦になっても、指揮官を狙撃すればええんやからの……

匙加減が難しいが、何とかなるやろ。日向守殿の本隊が支えてくれたら崩せるはずや」

土橋守重も自信満々で語った。


「殿……敵の陣形はわかりませぬが、やはり中央を手厚くしつつ、臨機応変に対応できねばなりませぬ。我が方の強みはやはり鉄砲による火力にござります。雑賀衆を三手に分け、全方位から打ち崩せるよう陣割りすべきにございましょう」

大蔵長安がそう提案した。


「それがええやろ……雑賀衆は三千六百や。三手に分け、わしと守重が千二百ずつ。残りは孫三郎と善之助に任そうと思うけど、どうやろか?」

孫市が提案した。


「ならば当面の陣割りだが……右翼は左馬助と孫市殿、左翼は又兵衛と若太夫殿、中央先陣は十五郎と孫三郎殿に申し付ける。配下には九兵衛、新左衛門、作兵衛を付ける。十五郎は中央突破する敵を無理に引き留めず、わしの本陣に引き入れるよう差配せよ。雑賀衆には及ばぬが、わが明智の鉄砲衆も捨てたものではない。兎に角、敵の攻勢を足止めし、包囲する」


「父上……某が先陣など……」


「十五郎よ……この決戦はお前の働きが最も重要じゃ。匙加減はお前が戦場にて判断せよ。又兵衛も左馬助も戦の駆け引きは人後に落ちぬはず。信じて立ち回るがよい。先手とは言え、遊撃的な立ち回りが必要かもしれぬがな?本陣の陣大将は庄兵衛が差配せよ」


「殿……一兵たりとも本陣には触れさせませぬ」

溝尾庄兵衛茂朝が決意を述べた。


俺はこの決戦において、一軍を指揮する事となった。配下は約二千五百である。鈴鹿川においては藤堂与右衛門と源七が居た。そして此度は新たに三名の足軽大将が配下となった。歴史上では本能寺の変で活躍した『明智の三羽烏』……古川九兵衛、箕浦大内蔵、安田国継である。いずれも猛将として知られた豪の者であり、心強い配下であった。しかし、今回は激戦になる。俺は一手の大将として振舞えるのであろうか……言い知れぬ不安が重く圧し掛かった。





          ◇




織田勢の南下から一刻後、佐和山と長浜から同時に明智勢が出陣した。

明智忍軍の物見を放ちながら、整然と突き進む。

俺は先陣として軍の先頭を行軍した。『水色桔梗』の旗印が燦然と旗めいている。

織田信長から拝領した当世具足を纏い、その息子と戦う……何とも複雑な心理があった。俺は馬の背に揺られながら、左手の琵琶湖の水面を眺めていた。


「若殿……いよいよでございますな?

此度は先陣……我等明智忍軍が何としてもお守り致します。

若殿は戦局を見る事のみに専心して下され」


「源七……済まぬな?

だが、相手の戦術が父上の首一つを狙うならば、そんな余裕はあるまい。

わし自身が激戦の渦中にあろう?」


「某は大殿から何としても若殿を守るよう、仰せつかっておりまする。

若殿のお考えはそれとして、明智忍軍は命に代えてもお守り致します」


「そうか……好きに致せ」

俺は何故か笑いがこみ上げた。


「好きに致しまする……」

源七も同じく微笑んだ。


幾らかの時間が経過した。明智忍軍の以蔵が物見から報告した。

「若殿……敵はすでに布陣を終えておりまする。

先鋒は佐久間、森の両勢にございます。前衛は鋒矢の陣形にて。

後衛に六千程の備えにございます。

また……柴田殿の旗印が先鋒の後に……」


「ご苦労であった。すまぬがそのまま父上に報告してくれ」


「若殿……柴田殿が一武将として中軍に居られるとは……

余程の覚悟にございますな?」

源七ともあろう者がそう言って身震いした。


「これは……まさかそのような布陣をするとはわしも予想しなかった。

柴田殿の直卒部隊は侮れぬ。というより、先陣の両名も名にし負う織田家の武将じゃ。包囲する前に打ち破られる可能性も高い。どうしたものか……」


「大殿様にお任せすべきではありませぬか?今更布陣を変えられるとは思えませぬが」


「源七……わしは覚悟を決めた。何としても父上を守るぞ」


光秀は予想通りその布陣を聞いても戦術を変える事は無かった。

ただ、本隊の諸将に告げた。


「皆の者……敵の布陣を見るに、本隊が苛烈な攻撃に曝されよう。

だが、臆する事は無い。皆は過去にも苦しい戦いを潜り抜けてきた強者よ。

此度ばかりは命を落とす者も多かろうが、大望のためわしに命を預けてくれ」

こう言って、光秀は諸将に首を垂れた。

天正十年七月十五日巳の刻、明智、織田両軍は此処、江北の地に布陣を終えた。




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