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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
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159話 運命を分かつ雨

天正十年七月十三日午後

俺は明智左馬助秀満の軍勢六千と共に安土に向かいつつあった。日野城周辺まで来ており、安土とは指呼の距離である。馬の背に揺られながら、俺は来るべき決戦の事を考えていた。

思えば大きく歴史を変えてしまったもんだな……この戦いは未来の歴史では何と教えられ、受験生の頭を悩ませるのだろう……そんな事を考えていた。


「若殿……どうやら雨になりそうな気配ですな?急ぎませぬと……」

源七が馬を寄せて語り掛けてきた。


「そうなのか?これほど晴れ渡っておるのに?」


「はい……間違いございませぬ。あと二刻もすれば」


「丁度、安土に着く頃か?しかし大将の身なりも板についてきたではないか?」


「お恥ずかしい……しかしどうも性に合いませぬ。背の紋が気になりまして」


「おぉ……組あい角に桔梗……か?」


「はい。大殿にお許しいただき考えましたが、どうも……」

俺は歴史の記憶を手繰り、思い当たった。


「源七……偶然かもしれぬが、その家紋は俺が知る未来において、かなり有名な家紋となる。日ノ本の歴史を大きく変えた人物の紋所なのじゃ?」


「何と?尚更恥じ入るばかりでございます。某のような者が……」


「いや、歴史を変える人物に成れば良いではないか?ちなみにその人物とは坂本龍馬といって俺の知る未来においては最も人気のある偉人だったのじゃ」


「左様にございますか?某も見習わねばなりませぬな?若殿の御側におれば歴史の変革をこの目で確かめる事、能うような気が致しますが……」


「うむ。これからも頼み入るぞ?」


こうして俺はこの日の夕刻には安土に到着した。同時に辺りには雷鳴が轟き、嵐となった。俺は自らの前途を重ね合わせ不安になったが、天候は万人にとって同じである。野営している織田勢はもっと大変なはず?などと考えていた。そして、秀満と共に帰陣の報告に訪れたのである。

光秀は安土城の天守におり、信長がそうであったように琵琶湖を眺めていた。だが靄がかかり、激しい雨である。


「殿……只今帰陣致しました。伊勢において我等は勝利いたしましたが、死人手負いも多く……」


「左馬助……大儀であったな?だが、すまぬが労ってやる余裕は無さそうじゃ。大戦の後の行軍、そして明日には織田勢と決戦を迎えるかもしれぬ。疲労や兵の士気はどうか?」


「はい。兵の士気は高いですが、疲労は目に見えぬもの……」


「この城をすべての兵卒達に開放する。すべての兵を中に入れよ。天守もな?この雨じゃ……せめて決戦までは休ませてやりたい。そう触れよ……」


「しかし宜しいのですか?」


「構わぬ。絢爛豪華な城よりも兵達が大事よ……我等の命運はひとえに付き従ってくれる兵達の賭かっておる。すぐ差配せよ」


「ははっ……では某は此処で。十五郎殿と積もる話もござりましょう?」

秀満はそう言うとその場を辞した。


「父上……遅くなりましたが、只今戻りました」


「うむ。琴音から報告を受けておる。良く働いた……そして何より、よく無事に戻った」

光秀の目は心なしか潤んでいるように思えた。


「はい……」

俺は一言しか返答できなかった。


「此度の戦で兵を率いる事……学んだのか?」


「叔父上から叱責を受けました。其方は優しすぎると……」


「うむ……であろうな?わしが左馬助に頼んだのじゃ。十五郎を一廉の大将にせよとな?一軍を率いる大将の器とは、涙を呑んで過酷な命を下すことも必要じゃ。未来の人間の思考のままではこの時代を生き抜けぬ。十五郎には大望があろう?」


「はい……肝に銘じまする。ですが、何故同じ日ノ本に住まう者同志が此処までいがみ合い、殺し合わねばならぬのでしょうか?」


「そのような時代を変革するため、お前は生まれ変わったのであろう?

一刻も早くこの時代を終わらせるため、鬼になるのじゃ。

次はお前に一翼の差配を任せるつもりじゃ。良いな?」


「そのような……自信がありませぬ」


「もう決めた事じゃ。お前が鬼にならねば我が方は負ける。

一翼の将として、見事働いて見せよ」


「承知致しました……それより父上?決戦においては何か策をお考えですか?」


「無い……敵の鋭鋒を真正面から受け止める。隼太から知らせがあり、忠三郎殿が二千を率い近江に向かっておる。その時が勝負じゃ……それまでは耐えるのみよ。

苦しい戦いとなろうな……」


「敵の士気は如何ほどでござりましょうや?伊勢での敗報が少なからず影響はしておりましょう?」


「であろうな?美濃衆の戦振りを見るに、戦意は高くはないようじゃ。だが……此度は織田家の宿老が敵には揃うておる。上手く連携されれば我が方は不利……やもしれぬ」


「三七殿と柴田殿ですか……」


「恐らく三七殿ではまともな指揮はできぬであろう。柴田軍との呼吸が合わねば、そこに付け入る隙も生まれよう」


「だと良いのですが……」


「長浜より南の平場が決戦場となろう。すでに柴田勢が物見しておる様じゃ。

厳しい戦いとなろう……今日はもう休め」


「はい……そうさせて頂きます。父上も……」


こうして俺は不安な夜を過ごす事となった。体は疲れていても頭が冴えて眠りになど付けそうもない……激しい雨音も俺の精神状態を更に困惑させそうだった。




        ◇




七月十三日夜、蒲生忠三郎賦秀率いる二千の軍勢が塩津街道を南下していた。そして深坂峠に差し掛かった時、折からの豪雨によって峠道が閉ざされてしまったのである。賦秀はそこで小休止し、考えあぐねた。この嵐では行軍も儘ならない。


「作左衛門……この崖崩れだが、道を開くには如何ほどかかるか?」

賦秀は腹心の小倉作左衛門行春に問いかけた。


「大規模ではありませぬ故、数刻で可能かと思われますが、被害が拡大する可能性も否めませぬ。戻られた方が宜しくはありませぬか?この嵐なれば下手をすれば孤立いたしまする」


「ならぬ……総出で道を開くのじゃ。何のために我等が此処まで来たかわからぬではないか?」


「されど……この嵐なれば作業が捗りませぬ」


「追分まで引き返して海津に出る道はどうか?」


「大幅に時間を要しましょう。その道が通行可能かもわかりませぬ」


「よし……ならば致し方ない。夜を徹してでもこの道を復旧する。各陣大将に触れよ。二交代で作業を進める。雨もそう長くは続くまい。超えれば休息いたす故、励むようにな?決戦に間に合うかどうかが勝負じゃ。我が家の家運が掛かっておる」


「承知……では」


蒲生軍二千は悪天候という不幸に見舞われていた。ただでさえ通行が大変な山道である。何とか敦賀から此処まで来たが、天運に恵まれない自分を賦秀は呪った。

日向守様……父上……何卒お力を……このまま此処で無為に時を過ごすなど、武士として耐えられませぬ……

賦秀は降り頻る雨の中、そう心で呟いた。

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