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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
本能寺への道
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15話 懊悩

1581年……どうやら波乱の年になりそうである。

俺は源七達の帰還を待ち、「間者働きをする」心積りだった。

しかし、源七たちの戻りが遅れていた。どうも少し胸騒ぎがする……

そんな折、また父光秀から呼び出された。珍しく射場にである。

どうやら父は久方ぶりに、「鉄砲放ち」をしていたらしい。

これも俺の未来の知識で、父光秀が鉄砲の腕と、その戦術知識が、朝倉家への仕官につながり、その後紆余曲折を経て、今の地位にあることを知っている。


「十五郎か?源七たちはまだ戻らぬようだの……」

父は火縄銃を小姓に渡すと、俺に声をかけた。


「はい、何やら戻れぬ事情が出来したのやも……

胸騒ぎを覚えまする」


「うむ。間者働きに不測の事態はつき物じゃ。

良う心得て動くことじゃ。しかし、いかぬなぁ……

しばらく鉄砲を持たぬと、もう昔のようには当たらぬな。

十のうち、半分も的に当たらぬわ……」

父は、昔、朝倉家で鉄砲放ちを披露し、百発百中の腕前だったらしい。

そのように未来の俺は聞いていた。

もちろん、多分に脚色された事実であると思っている。

この時代の鉄砲の命中率は、距離があると、ほとんど命中しなかったらしい。


「さて、他でもない。おまえにまた、色々話を聞いてもらおうと思うての。

しばらく会えぬのだから、ゆっくり語り合いたいものじゃ」


「はい、某も父上と語り合いたいと思うておりました」


「うむ、先に茶室にいって待っておれ……すぐに行く」


俺は坂本城内の茶室にいた。色々と考えを巡らせながら、床の間の掛け軸を見ていた。確か、上様から拝領したモノだ。

そうするうちに、父光秀が、狭い入り口から顔を覗かせた。


「まずは、わしがお前に茶でも点ててやろうかと思うてのう……」

光秀は手慣れた手つきで茶を点てる……そうなんだ……父光秀は

武将としても非常に有能であるが、文化人としても教養も深いのだ。

何度か、公家衆や家中の者を招いて、茶会を開いたりもしていた。


俺は、一通りの作法を以って茶を飲むと、型どおりの返事をした。

正直、この手の知識はあまりない。

頭の中では、これから語られるであろう、父光秀の話の方に気が向いていた。


「十五郎よ……実は上様が京で盛大な「馬揃え」をなさることになった」

なるほど……当然この事を俺は知っていた。


「わしがその奉行を仰せつかった。帝は「左義長」を見たいと言っておられたのじゃの……上様はどうせなら京の町衆にも見せびらかすような、盛大なものにとのお考えじゃ」


左義長とは、各地で行われてる、所謂火祭りで、その地方によって形式は違うが、まあ現代風に言うなら、家々からいろんなモノを持ち寄って焼いて、その火で、餅とかを焼いて食べるお祭りだ。爆竹を盛大に鳴らしたりもする。


「左様ですか?しかし、また父上もお忙しくなられましょうな……」


「うむ。そのような事はどうということはない。

この祭りを、朝廷や京の町衆がどのように受け止めるかじゃ。

あるいは、未だ敵対する者らも」


「事はさほど単純なものではない」

光秀は沈痛な面持ちで、語り続ける。


「上様の、帝や親王様方々への当て付けであると?」


「そうとは言わぬ。じゃが織田家の武威を見せつけられ、また、何やら要求を突きつけられるのではと、考えられるやもしれぬな。

それに、未だ屈服せぬ他家からは、相当な圧力と受け止められよう」


「確かに上様に対抗できる勢力は、今や限られてはおる。

じゃが、日ノ本を統べるというのは、軍事力だけでは足りぬのじゃ。

上様は、わしのかつての主君、義昭公や、帝の権威を多分に利用され、近い将来、「天下人」にならんとしておられるが、利用価値の無くなった者へのなさり様が、あまりにも……」


「特に内裏とだけは……絶対に反目してはならぬのじゃ」


「確かに先年も、あの荒木殿のご謀反。某も考えられませなんだ。

佐久間殿や林殿に至っては追放されてもおりまする。

ずっと上様の天下布武に邁進してこられた、織田家譜代の方々。

某も上様のあのご気性は……」


「それもある。家中は皆、戦々恐々としておるからの。

いつか謀反でも起きるのではないか?

あるいは上様のお命を狙うものが、現れるとも限らぬ。

内裏を敵に回せば、そのような者らに容易に大義名分を与えてしまうとも限らぬのだ」

俺は父の言葉に慄然としていた……

今まさに、その「張本人」となる父、光秀の言葉なのだ。


「それで、父上は今後如何に処されるおつもりですか?」


「うむ。わしの力でどうにか、間を上手く取り持ちたいと思うておる。

じゃが、上様がわしの考えに翻意なさるとは到底思えぬな。

ならば、最悪の事態にならぬよう、朝廷工作を続けるより他あるまいて……」


「十五郎には、今わしが言ったこと……心に留め置いて動いてほしいのじゃ。

何か事があるごとに、そこに便乗して謀をめぐらす輩が必ずおるであろうからの」


「はい、某もそう思いまする。妙な胸騒ぎを覚えます。

源七らの帰還が遅れておる事も、なにやら関係があるやも知れませぬ……」


「うむ、本音を申さば、そなたにそばに居ってほしいが……

今更言っても詮無い事であろうの?」


「はい、父上のお気持ちは、十五郎嬉しく思いまするが……

源七らの事も気がかりです。

何より、某が、少しでも父上のお役に立てればと思うておりまする」


「そうか……」父光秀は寂しそうに笑った。


「それとな、源三らからの情報じゃが、甲斐武田の動きじゃ。

設楽が原で武田家中の重臣たちはかなりが討ち死にしたのじゃが、その後を託された者ども……意外に侮れぬやもしれぬのう。

中でも「真田安房守」は注意が必要じゃ。彼奴は家中では外様ながら、勝頼公の信頼も厚いようじゃの。その軍略、東国では鳴り響いておる。

それにじゃ、武田は甲州乱破と呼ばれる、間者共や歩き巫女の集団も抱え居る。

何か謀を巡らされては、武田程手強い相手も居らぬな……心得ておく事じゃ」


「はっ……有難きお言葉。十五郎しかと肝に銘じまする」


「それとな……これを持って行け……」

父は、何やら木箱を取り出した。


「短筒じゃ……わしが、今井殿に言って作らせたものじゃ。

戦場ではさほど役には立たぬが、護身用には役立つこともあろう。

わかると思うが1発しか撃てぬし、近くの的しか狙えぬ。

まあ使わぬに越した事はないがの」


「有難き幸せ……十五郎は果報者にござります」

父の気持ちが痛いほどわかった。未来から転生した俺は、実の親子ではない。

俺から見れば確かにそうだが、この3年余りの月日の中で、父光秀の為人、父親としての愛情、誠実さ……嫌というほど見てきている。

俺はなんとしても役立ちたい。

そして自分自身の目的……「歴史変革を遂行する」事。

改めてその決意をし、父光秀の元を辞したのだった。










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