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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
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158話 忠三郎躍動

天正十年七月十二日夕刻

横山城の囲みを解いた織田軍八千は、氏家直通の軍勢を残し長浜城を囲む柴田軍と合流した。横山城の攻防戦において、死人手負いが多く、岐阜を進発した時と比べるとかなり数を減らしている。また、横山城も陥落こそ免れたものの、籠城する兵は七百ほどである。両軍とも疲れ果てこれ以上の戦闘は不可能であった。氏家直通は一千の美濃衆を二の丸に上げ、本丸と対峙し警戒しているが、攻める気配はない。明らかに身動きできぬ様監視するだけの役目である。


長浜城を囲む織田連合軍では、早速軍議が催されていた。


「物見からの報告では、明智左馬助の軍は今朝、伊勢亀山を進発したとの事。また同じく坂本の明智勢も湖西を回り、我等の後方に布陣する腹つもりかと……」

丹羽長秀がそう報告した。


「すると……伊勢の明智勢は明日には安土に入るか?」


「恐らくは……」


「長浜の兵は二千五百……一気に仕掛けまするか?」

佐久間盛政が提案する。


「捨て置くわけには参りますまい。二の丸だけでも攻め落としますか?」

森長可も同意した。


「城攻めは負担も大きい。決戦を前に無駄死にを増やす必要はございますまい。

嫌がらせの攻撃を致さば事足りましょう」

前田利家がそう異見する。


「左様……長浜の兵が仕掛けてくる事などありませぬ。無視してよろしいのでは?」

稲葉一鉄も利家に同調した。


「各々方の意見はどちらも一理あるが、敵の士気を削いでおく必要はあろう?

夜間に弓鉄砲を撃ち掛けておくとしようか?迂闊に出てくれば逆撃を被るとわからせておくべきであろうな?三七殿は如何か?」

最後に勝家がそう締めくくった。


「うむ……それが良かろう。しかし日向守は本当に出てくるのかの?」


「我等が集結した以上、出てこざるを得まい。日向守ほどの武将ならば、我等の決意を見ればこれを好機と捉えるはず。それに長浜を捨て殺しにはできまいて……」


「兵力が同等であれば分散しておる敵よりも我が方が有利。此処は一気に攻めかかり日向守の首を挙げましょうぞ」


「戦場は長浜から南へ下った辺りの平場が宜しいでしょうな?

大軍の展開を考えれば……恐らく敵もそう考え出てくるでしょう」

川尻秀隆がそう述べる。


「うむ……では一部の隊を先行させ、隈なく調べ差せよ。そして簡易でもよい……野戦陣地の普請を急がせよ。手抜かりがあってはならぬ」


こうして集結した織田連合軍は着々と準備を整えつつあった。




           ◇




七月十二日夜半、此処は近江から離れた若狭国である。蒲生忠三郎賦秀は五千の軍勢で金ヶ崎、手筒山を囲んでいた。柴田軍が抑えとして残した三千が滞在していたため、その動きを監視するためである。其処へ明智忍軍の忍び、隼太が光秀の書状を携えて駆け付けたのだった。

曰く……伊勢において我が軍は勝利したが、此方の損害も大きく左馬助の軍勢六千のみが近江に戻る事となる。織田勢が決戦を挑んでくるとあらば、これを断固として受け止めるつもりである。だが、兵力的には不利かもしれぬ。手筒山の柴田勢三千が万が一にも近江に出て来れぬよう善処されたし。


「隼太とやら……実際の織田勢の動き、そして我が軍の戦略は如何様なものか?わかる範囲で良い……」


「ははっ……横山を囲む織田勢はどうやら囲みを解き、長浜の柴田勢と合流し、我が軍と決戦の構えにございます。その数は二万近いかと。我が殿は坂本の治右衛門様の軍勢を呼び寄せ、長浜の後詰をされるものと……恐らくはそこで野戦にて決着を……」


「日向守殿の軍勢は如何ほどおるのか?」


「安土と佐和山の兵が六千、左馬助殿が六千、長浜には藤田様、細川様の二千五百、坂本の治右衛門様の兵が三千……都合一万七千五百。若干不利ですが弓鉄砲や手榴弾など、装備の面では我等に分があります故、互角かと存じまする」


「父上……如何思われます?」


「忠三郎は何か考えがあるのではないか?」


「はい……手筒山の柴田勢は恐らくは動かぬでしょう。ですが、我等が付き合う必要もございますまい。我が軍から例え二千でも近江に出兵できぬものかと……」


「ハッハッハッ……わしも同じことを考えておったわ。だが、孫四郎殿?其方は父と刃を交える事となるやもしれぬ。覚悟はおありか?」


「左兵衛大夫殿……これも戦国の世の習い……致し方ござらぬ。某は覚悟しておりますれば……」


「よくぞ申された。では動くとするか?」


「父上には何か策がおありですか?」


「策など必要ない。我が軍が全軍で近江へ動けばよいのじゃ。柴田勢の前から堂々とな?さすれば出て来るであろう?伝え聞いた三方ケ原の戦じゃ。あれと同じよ……そして出てきたところを叩くのじゃ。そうなれば次は討って出る気概など無かろうよ……後はわかるな?」


「我等が二千を近江に向け、残る三千で柴田勢の動きを牽制する……」


「うむ……残る三千はわしが指揮しよう。忠三郎と孫四郎殿は二千を率い、一目散に駆けるのじゃ。隼太とやら……すまぬがまずは坂本の治右衛門殿のところへ遣いしてくれぬか?そしてそのまま日向守殿のところへな?」


「承知いたしました。ではご武運を……」


「其方も気を付けて行くのじゃ……頼み入るぞ」


「では早速陣触れ致しまする」


こうして翌朝早暁、蒲生軍が動き出した。当然ながらこの動きは金ヶ崎と手筒山に陣取っている柴田勢の知るところとなった。




             ◇





此処、手筒山城には急報を受けた諸将が参集していた。柴田軍はこの城に金森兵部大輔長近の千五百が、そして対の城である金ヶ崎城には不破彦三直光の千五百がそれぞれ籠城し、蒲生軍と睨み合いをしていたのである。


「兵部大輔殿……一刻の猶予もなりませぬぞ?蒲生が近江に向かえば、大変なことになり申す」

直光が落ち着きなく語った。此処に残った柴田軍は、越前へ行く道を封鎖する役目もあるが、蒲生勢をこの地に留めておくよう勝家から命じられてもいたのだ。また万一の場合は退路の確保も重要な課題となる。


「彦三殿……落ち着かれよ。蒲生勢の動きが解せぬのじゃ。何故此処をがら空きにし、陣払い迄するのか?不可解じゃ……」

長年の戦勘で長近は軽々な判断を躊躇った。


「日向守から後詰の要請が来たのでござろう?先刻、近江で一大決戦になる見通しだと早馬が来たばかりにござる」


「だからと言うて、此処に抑えの兵を残さぬのが不自然じゃと言うておる。我等は三千……城に籠って居れば有利に戦えようが、城を出て万一蒲生勢が反転してきたらどうなる?我等の不利は火を見るより明らかじゃ」


「致し方ござらぬ……その場合は覚悟を決めて、蒲生と渡り合うしかございますまい。敵が背を向けておるのを何もせず見送るなどあり得ませぬ。もう時間的猶予はありませぬぞ?」


「どうあっても追われるか?」


「某の軍勢だけでも討って出るつもり……」

直光は譲る気配はない。


「わかった……蒲生は織田家中でも名にし負う戦上手。寡兵で立ち向かえば殲滅される恐れもある。わしも参ろう。だが、敵が反転攻勢に出れば迷う事無く引き上げる……宜しいかな?

我等の命じられた役目を全うする事が第一義であろう?」

長近は条件付きで直光に同意し、柴田勢は三千の軍勢で蒲生勢の後を追ったのである。




蒲生勢は五千の軍勢を前後二部隊に分け、前衛を忠三郎賦秀、後衛を賢秀が率いて行軍した。更に周到な事に少数の伏兵を配置していたのである。


「やはり出てきたか……忠三郎に伝えよ。前衛部隊は近江に急げとな?

陣形を鶴翼へ……手筈通り迎え撃つ」

賢秀はそう配下に命じた。


柴田勢は全速で追いかける。だが、伏兵の鉄砲隊が横矢掛けする。


「やはり罠か?彦三殿に伝令を……決して深追いせぬよう厳命せよ」

長近はすぐに察知し直光に退くよう促した。

だが、隊列の伸びていた不破勢は強かに逆撃を蒙り、百近い死人手負いを出してしまった。だが直光もすぐに直属の馬廻り衆を率いて殿し、戦場を離脱したのである。

蒲生勢も深追いはせず陣形を整えた。そしてお互いに睨み合いとなったのである。だが、長近は蒲生勢の数が少なく、三千ほどであることに気づいた。


「してやられたか……彼奴は最初から一部を近江へ送り、我等を引きずり出したうえでこの地に留め、膠着させる腹積もりだったのか……だが、二千であれば……修理亮殿……申し訳ござらぬ。だがこれ以上は一兵たりとも行かせぬ」

長近はそう誓った。


近江の戦場以外のところで戦局が動こうとしている。それは明智・織田の決戦に少なからず影響を与えることになりそうである……





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