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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
本能寺への道
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14話 発芽

季節は冬に変わっている。この時代の冬は21世紀と違い、いわゆる寒冷期にあたり、寒い……

大阪の暖かさに慣れている俺にとっては、一番嫌いな季節だ。

ここ、近江坂本でも一面雪に覆われる。もちろん畿内全般雪景色だ。

俺は、相変わらず源七たちと情報収集活動をしつつ、今後の方策を考えていた。

父光秀も、朝廷との取次をしながら、その他の内政他、息つく暇もなく働いている。

もう年だし、体も心配なのだが、父に言わせれば、余計なことを考えず、上様の「天下布武」に邁進する……

これが気楽なのであろうか?あるいは……

ただ、やたらと俺の前で愚痴を溢したりすることが増えた。

まあ、それだけ、俺が気を許せる、あるいは頼りになると認められているのであろうか……


「若殿……少しお耳に入れたき儀がござります」

源七は、柄にもなく神妙な面持ちで語り始めた。

大和・伊賀方面から戻ったのだ。


「某は甲賀者ですが、若殿は伊賀・甲賀の忍び衆について詳しくご存知でしょうか?

実は、甲賀と申しましても、数多の集団がおり、それぞれ肩入れする大名家がおりまする。

時と場合によって、敵対し、何度も身内同士で血を流す……さような事が、実は繰り返されてきたのです。

某や配下の者も、ここ最近監視される、あるいは、付け狙われるといった事が増えましてございます。何者かは今はわかりませぬ。

ただ、大殿や……若殿も、身の危険にさらされるやも……

これは間者としての勘にござります」


「それと、根来や、高野山の周辺では、どうも慌ただしい動きがござります。

高野聖の中には、我ら忍びの者と同種の人間も多ございます。

上様との遺恨もございます故、注意を要するかと……

かの者たちは、地生えの勢力ゆえ、他者に従うのを良しとしない風潮がござります」


「うむ。わかった……引き続き伊賀、甲賀方面を内偵してくれぬか?」


「承知致しました。配下もそちらの方面に振り向けまする」


俺は考えていた。源七からの情報……果たしてそれだけか?

俺の知らない遠大な策謀が裏で動き出しているのではないか?

未来では知り得ない、過去の闇に閉ざされた歴史。あるいは、考え得るシナリオ……

数多あるはずだ。それに反信長の勢力……

ほとんど駆逐されたとはいえ、まだまだ多く存在する。

そして、織田家の中にも、はたまた、内裏や宗教勢力といったもの。

表舞台には登場せず、裏で糸を引く黒幕的な存在。

数え上げれば、キリがないくらいだ。


俺は数日後、一時坂本に戻った父、光秀のもとを訪れた。

ある「決意」をもって……



「十五郎か?また色々、上様と内裏との間でのぉ……

ほとほと疲れるわ。わしもそうじゃが、神祇管領どのものぉ」

神祇管領とは、父光秀の友人で、吉田神道宗家の吉田兼和のことである。

信長との交渉では、朝廷側の取次を務め、光秀とも懇意にしていた。


「父上のお立場、お察しいたします」


「ところで、何か話があるのであろう?」


「はい。某、明智の嫡子としての立場は重々わかっておるつもりにございます。

軽々に動くのは、ひいては、父上の足を引っ張ることになりかねませぬ」


「何が言いたいのだ?」


「はい、伏してお願い申し上げまする。

某、源七等とともに、影働きを致したく……」


「何を馬鹿な……そのようなことは許さぬ。おまえは我が嫡男。

更に言えば、おまえの器量を、わしは頼りにしておる。

常にそばに置いておきたいくらいじゃ。

影働きなど、万が一にも身に危険が及べば如何する?

どうあっても、こればかりはならぬわ」

普段、感情をあまり表に出さない父光秀にしては、珍しく興奮している。

無理もない。この時代に、大名の嫡子が忍びとして働くなど、前例がないし、あり得ないことだ。


「いえ、曲げてお願い致したく……」

俺は必死に食い下がった。ここは押しの一手しかない。


「何故じゃ?何も其方が間者働きなどする必要はあるまい?

ましてや、命を落とさば何とするのじゃ」


「万一がございますれば……その時は十次郎を嫡子に」


「何を申すか?そのような事、軽々に口にするではないわ~」


そして、光秀は瞑目した。ただでさえ悩みごとの多い光秀である。

「これ以上悩みを増やすな」と、顔に書いてある。


「何度も申すが、わしはお前の器量を評価しておる。

そのおまえが、そこまで言うには、当然それなりの理由があろう?

存念を包み隠さず申せ。まずはそれからじゃ」


「はい、源七が申しました。

昨今、源七らも何者かに監視されておるらしいと。

それに同じ甲賀や、伊賀者、様々な裏の勢力が蠢いておると。

ひいては、父上や上様にも危険が及ばぬとも言い切れぬ……

と危惧しておりました」


「ならば、尚更じゃ。影働きなど、やはり罷りならぬ」


「いえ、某も考えて思い至りました。この状況……

何やら私や父上、上様も知らぬ間に、様々な策謀があるやもと。

それが何かはわからぬのです。帝に近い勢力や、あるいは武田・毛利。

上様に対し裏で叛意を持つ勢力……

また、あってはならぬことですが、織田家中や同盟国たる徳川殿。

各々が何らかの意図をもって謀を巡らして居るに相違ないと、思うておりまする。

もし、それが事実であれば、某が動くことにより、何らかの手掛かりが露見するやもしれませぬ」


「なんと……いや、ワシも昨今つとに思うことがある。

上様は如何なる「天下布武」を目指されておるのかと……

あまりに動きが性急に過ぎるのじゃ。

それに前にも申したが、帝や朝廷に対するなさり様……

叛意を抱く者も多かろうな……」


「はい。しかし、このまま手を拱いていては、足元を掬われかねませぬ。

まずは見えぬ敵を炙り出したく思いまする。虎穴に入らずんば……申します。

身の危険はあるでしょうが、是非とも……」


「おまえの存念、よくわかった。じゃが、必ず源七と共に動くことじゃ。

おまえは人を斬ったことすらあるまい?

無論、武芸にも励んでおることはわかっておる。じゃがの……

実際に白刃を持ち、斬り合うというのは、まるで違う。

相手が忍びともあらば、尚更じゃ。その事だけは肝に銘じよ。」


父の気持ちは痛いほどわかった。俺は本当に愛されているのだな。

わが子を敢えて危険に晒すこと。家族思いの父にとっては、身を斬る思いに違いない。少し、いや相当、後ろめたさがあった。

だが、俺はそんな父を見て、「何としてもやり遂げねばならない」

という思いを強くした。

そして年が明けると、源七達の帰還を待ち、坂本を後にしようと思っている。

1581年……どうやら波乱の年になりそうである。




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