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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
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147話 老将の願い

天正十年七月十日

此処、長浜城では早暁より柴田軍の攻撃が始まり、激戦が繰り広げられていた。

しかし、籠城する明智勢が良く守り、何処も破れる事なく膠着状態にあった。

戦局が動き出したのは昼時を過ぎてからである。

柴田修理亮勝家は本陣から二千の増援部隊を送った。

先ずは三の丸攻めに兵力を集中し、陥落させる腹つもりである。

率いるのは勝家の小姓頭、毛受勝介勝照とその兄、毛受茂左衛門である。

これにより、三の丸一千足らずの軍勢で五千近い柴田軍の猛攻に晒されることとなった。


しかし同じ頃、長浜城の南、佐和山城からは長岡玄番頭興元と松井佐渡守康之の軍勢二千五百が出陣した。後詰出来うる間に、琵琶湖から船で援軍を運ぶ作戦である。その一環として、松井康之が千五百で二の丸を囲む柴田軍を攻撃する手筈となっていた。




「御大将……敵が更に増えとります。防げませぬ……ご助勢を」

各部署を守る陣大将からからは引っ切り無しに注進が届く。


「何とか持ち堪えよ……」


このようなやり取りを何度となく繰り返している。

阿閉淡路守貞征は三の丸の守備を任されていたが、柴田軍が増援したことにより数倍の敵と渡り合っていた。城攻めは圧倒的に守る側が有利であるが、戦力の差が大きすぎる。毛受勢が加勢したのが、貞征が守る三の丸の北側に集中した為だった。


「申し上げます……敵の攻め口が増え多過ぎまする。増援を……」


「相分かった。無理にすべてを守らず堀を渡らせよ。渡ったところに手榴弾を使うのじゃ」


貞征はこれ迄飛び道具をできるだけ温存してきたが、ついにその禁を破った。


「ドドドォーーン」


いくつかの攻め口から柴田勢が堀を渡り押し寄せる。しかし、其処へ鉄砲と手榴弾が炸裂した。柴田勢にとっては見た事もない武器である。攻城兵器としての投げ焙烙は見た事があっても、小型で爆発力が高いこの兵器は攻める柴田軍を驚かせた。投げ焙烙はどちらかと言えば爆発力は低く、木造の建造物や船を攻撃対象とし、延焼効果を主眼に置いた武器であるが、明智軍の手榴弾は対人攻撃に特化した武器である。大蔵長安が開発したものだった。炸裂すると高い爆発力によって、内容物の釘などの金属片が一気に飛び散る仕組みの物だ。


「申し上げます。一時堀を渡り攻め寄せましたが、敵の投げ焙烙の威力が凄まじく、攻め口を確保できませぬ」

毛受勝介の元へそう注進が入った。


「相分かった。敵の武器も限りがあろう?攻め口の数を増やし、一気に攻めよ。

敵の守りを分散させる。佐久間様にも我らが一気に押し渡る旨伝えよ。

兄者……」


「勝介……行くか?」


「無論の事……我等の本分は最前線で戦う事……」


「では行こうか……多少の被害は仕方あるまい。玄番様であれば、我等と平仄を合わせて上手く対応能おう。どちらが先か勝負じゃ」


こうして、柴田勢は三の丸の阿閉貞征の持ち場に向けて全面攻勢に出た。




「御大将……柴田勢が阿閉様の守る北側に一斉に攻め寄せておりまする。

このままでは進入を許しかねませぬ」

同じく三の丸を守る、明智半左衛門秀貞の元へ注進が来た。


「相分かった。だが此方も手一杯じゃ……そのまま藤田様の元へ走るのじゃ。

三の丸危うしとな?」





「申し上げます……敵が三の丸の阿閉様の持ち場へ一斉に攻め寄せておりまする。

このままでは防ぎ切れませぬ。我が殿もご指示を仰ぎたいと……」

その使者はそのまま総大将、藤田伝五行政の元へ注進した。


「すまぬが、援軍は出せぬ。阿閉殿、半左衛門殿には、支えきれぬと思わば本丸まで退くように伝えよ。無理に損害を増やさず、兵力を温存するようにな?本丸には長く支えきるだけの蓄えはある。決して無理をせぬよう厳命せよ」


「はっ……承知……」

こうして使者は戻っていった。





一方勝家の陣所でも新たな動きが出ていた。

物見から、細川勢が急速に此方に向かっていると報告があったのである。


「二千五百であれば五左衛門の隊では荷が重いの……

彦二郎、五兵衛……細川をバカ息子を琵琶湖に叩き落してやれ。

後が楽になるであろう」

勝家は原長頼と徳山則秀に千五百の兵を付けて、拝郷家嘉の軍勢と合わせて対応させようとした。こうして新たな戦局が動きつつあった。




時刻は申の刻(午後16時頃)である。

三の丸では壮絶な肉弾戦が展開されていた。

柴田軍は一斉に多数の攻め口から攻勢に移り、堀を超えて橋頭保を確保し、次々と戦力を増強していったのである。阿閉貞征は鉄砲、手榴弾で果敢に応戦していたが、ついに対処できず郭内に侵入を許してしまった。行政からは徹底抗戦せず折を見て本丸に退くよう命じられていたが、貞征はぎりぎりまで踏み止まる腹積もりだった。

しかし、柴田勢は徐々に増え続け、逆に阿閉勢はその数を減らしていく。飛び道具も底を突き、文字通り壮絶な白兵戦に移行していたのだ。戦い続けている佐久間勢と違い、毛受勢は勝家の旗本衆だけに疲れも無く精強である。半刻程の戦闘で阿閉勢は半数の死人手負いを出していた。そしてついに貞征自身も馬廻りを引き連れ前線に躍り出たのだった。

貞征も老いたとはいえ百戦錬磨である。長柄を引っ提げ、突撃する。圧倒的な兵力の柴田勢ではあったが、貞征の馬廻り周辺だけは壁ができたように進めなかった。だがそれも限界点に近づきつつある。


「勝介?ついに阿閉が出てきおったぞ?老兵とは言え見事なものじゃ」


「兄上に手柄は譲りましょうぞ……」


「承知……任せて貰おう」


こうして、毛受茂左衛門の手勢は貞征の馬廻り目掛けて突っ込んだ。


「御大将……琵琶湖の南側に船団が見えまする。九曜紋なれば、細川様の援軍かと……」


「相分かった。もう少しの辛抱じゃ……持ち堪えるぞ」


その時である。貞征の手勢目掛けて数十の矢が襲った。

幾人かの貞征を守っていた馬廻りが倒れ込む。貞征の左足にも矢が突き刺さった。


「柴田修理亮が家臣、毛受茂左衛門照景なり。尋常に勝負……」


「阿閉淡路守貞征じゃ……来られるがよい」


両者は互いに数合斬り結んだ。しかし、膂力では茂左衛門が勝り、貞征は太刀を弾き飛ばされた。左足を負傷していたため、よろめいて座り込んでしまったのだ。


「毛受茂左衛門殿……わしも老いたわ。この首は手柄となろう……討たれよ」

そう述べて兜を脱いだ。


「何かあれば某が承ろう……」


「もし叶うならば、横山城におる息子に伝えて貰いたい。死ぬな……とな?」


「承知仕った……然らば御免……」


茂左衛門の太刀が一閃した。


こうして、阿閉淡路守貞征は討ち取られた。貞征の馬廻り達も何名かが主君と運命を共にしたが、その他の者は本丸へと逃げ果せた。細川勢の後詰が到着し、新たな希望が生まれたからでもある。

明智半左衛門秀貞もこれも見て、本丸へと退却した。

ついに柴田軍は三の丸を陥落させたのである。だが、細川勢の後詰一千が本丸に到着したため、柴田軍としても勝利に沸き返ることなどなかった。

本丸への新手の増援……そして、二の丸に攻撃するかと思われた松井勢は突撃すると見せかけて早々に退却している。柴田勢は戦術的な敗北感が拭い得なかったのだ。

こうして七月十日は日没を迎えたのである。明智軍は三の丸守将、阿閉貞征が討ち死にし、城兵二千五百のうち七百程の死人手負いを出している。だが柴田軍の損害はそれに倍する被害が出ていた。

まさに琵琶湖を血で赤く染めたのであった……





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