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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
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145話 二人の玄蕃

天正十年七月十日

柴田修理亮勝家は一万二千の精鋭を率い、長浜城を囲んだ。

長浜城は水城であり、本丸天主は琵琶湖に面している。即ち、本丸が直接攻撃に晒されることはまず在り得ない。

守将、藤田伝五行政は明智軍きっての豪胆な武将である。前日の評定で、行政は自ら東側大手門の守備を担当すると決めた。二の丸の守備を山崎片家に任せ、守備範囲の広い三の丸を阿閉貞行と明智秀貞に任せたのだった。


早暁より勝家はまずは城下に火を放ってから、三方より攻めかかった。

長浜城は平城であり、標高差がない分、防御力は然程高くはない。だが、琵琶湖から水を引き込んだ堀だけは攻め手にとって難儀である。この堀の攻略が最も重要であった。

勝家は南側の二の丸へはあまり戦力を振り分けなかった。佐和山からの援軍を警戒もしていたのある。

大手門を破れば最短での攻略が可能とも思えたが、容易に破れるとも思えず、基本戦略は常道として三の丸の攻略であった。三の丸を完全制圧すれば、大手門の守備は意味を為さず、本丸への直接の攻撃が可能になるのだ。



「良いかーーーっ 亡き上様の弔い合戦じゃーーーっ

明智の弱兵など蹴散らしてしまえーーっ」

三の丸を攻めるのは猛将、佐久間玄蕃盛政である。


「兄者……まだ始まったばかりじゃ。気負わずに行きましょうぞ?」

舎弟の柴田三左衛門勝政が答えた。勝政は盛政の三弟であるが、柴田勝家の養子になっている。今回は盛政と共に三の丸の攻略を担当していた。


「三左衛門?悠長にはしておれんのじゃ。長浜などは一日で陥とし、安土に攻め入る。我等の働きがこの戦の趨勢を決するのだぞ?小細工無用じゃ。全軍で突っ込む」


「相変わらずじゃのーー兄者は」


こうして、三の丸周辺では佐久間盛政の軍勢が一斉に攻勢に出た。

一方勝家は大手門の後方に本陣を構えている。東側大手門の攻め口は、前田又左衛門利家と養子の柴田勝豊が担当した。

盛政とは違い、利家は慎重に接近し、鉄砲の援護を受けながら巧妙に仕掛ける。だが総大将、藤田伝五行政の精鋭が守るだけあって、突破は容易ではなかった。





早暁から始まった攻防戦は、二刻経過した時点でも膠着状態にあった。

「申し上げます。佐久間玄番様、三の丸に攻めかかっておりますが、未だ突破できませぬ」

「大手門……守り堅く、未だ……」

「二の丸、拝郷様より今後の指示を仰ぎたいと……」


本陣の勝家の元には次々と注進が報告してきている。

「暫し待て、すぐに指示を出す故、控えておれ」

勝家は遣い番達を待機させ、瞑目した。


「勝介はおるかーーーっ?」

勝家は眼を閉じたまま、小姓頭の毛受勝介を呼んだ。


「殿……勝介はこれに……」

凛々しい若武者はすぐに控え、膝をついた。


「今の戦況……其方はどう見る?」


「このままでは膠着状態が続きましょう。決め手が必要かと……」


「其方であればどう差配致す?申してみよ」


「はいっ……某であれば遊兵を作りませぬ。見たところ、明智方は後詰する様子はありませぬ故、大手門と二の丸攻めは今のまま続け、本陣から三の丸攻めに増兵し、一気に片を付けまする。三の丸が落ちれば、大手門の兵は本丸まで退くしかありませぬ」


「其方もそう思うか?良かろう。茂左衛門共々二千の旗本衆を預ける故、玄番と共に三の丸を乗り崩して参れ。それと、又左と五左衛門には引き続き攻撃の手を緩めぬ様伝えよ。

三の丸より攻勢に出る故、敵を惹き付けよとな?」

勝家は前田利家と拝郷家嘉にはそのまま敵を引き付けさせ、本隊から二千を増員し、三の丸の攻撃に回した。そして、増援軍の指揮を毛受兄弟に任せたのである。

昼過ぎからは新たな局面を迎えようとしていた。





一方、佐和山城では長浜、横山の戦況が伝えられていた。光秀からは長浜へは適宜援軍を出すなり、戦況を見ながら対応するよう命じられていた。

細川与一郎忠興は各方面の情報を聞き、評定を開いた。


「長浜は一進一退らしいが、三の丸への攻撃は苛烈なようじゃ。

やはり後詰すべきであろうが……何か策はあるかの?」

忠興はそう問いかけた。皆神妙な面持ちである。


「兄者……すぐに出陣して蹴散らしましょうぞ?

全軍で出陣すれば、長浜を勇気づけられましょう」

舎弟の長岡玄蕃頭興元が即座に返答する。

思慮深い兄と違い、次男興元は猪突猛進型である。

だが、一門にもかかわらず、細川家の軍制では先手を任される程の戦上手であり、若年ながら経験も豊富な豪胆な武将である。


「殿……後詰するは良しとして、我等は三千。

相手は名にし負う鬼柴田なれば、覚悟が必要にござる。

全軍で出陣するは危険にござる」

家老の松井佐渡守康之が意見した。


「後詰と言うても何を目的にするかじゃ。

長浜は手を拱いていては持ち堪える事はできまい?」


「柴田勢は三の丸への攻勢を強めておるとの事。

もし陥ちれば、本丸への増援は難しくなり申す」


「佐渡……何か考えがあるのか?」


「されば……早晩、この佐和山には攻めて来ぬと見ました。

敵はまず長浜を陥とす腹積もり。我等は遊兵にござる。

長浜の港は本丸に隣接しておりまする。千人程度なら船にて運べませぬか?」


「成程……先回りして三の丸が占拠される前に増援するという事か?」


「左様にござる。この城には五百も残せば十分。

万一があっても、安土へ予め知らせておけば大殿や日向守様が手当てされましょう。二千五百にて出陣致し、南側から柴田軍を攻め、その隙に長浜へ増援を……

不肖、某が後詰の兵を率いましょうぞ」


「後詰ならば、わしが率いようぞ。佐渡は鬼柴田に一泡吹かせてやれ」


「これは異なことを……後詰の役目は某が……

玄蕃様は一門衆にござる。万が一があれば大殿様に申し開きできませぬ」


「何を申すか?後詰は一門衆であるからこそ日向守殿の覚えも目出たかろう?

それに、わしは死なぬわ。伝五殿の前で柴田勢を蹴散らしてくれる。

いや、佐久間のエセ玄蕃を打ち砕いてやるわい」


「上手い事言うではないか?何方の玄蕃が強いか腕比べか?

良かろう……頓五郎に任せよう。佐渡は柴田勢を引きつけよ。

両名は細川家が誇る両先手じゃ。お互いが助け合い盛り立てるのじゃ」


こうして、細川勢二千五百はが午後には出陣した。

長浜城攻防戦も動き出そうとしている。

近江の空は晴れやかに澄み渡っていたが、地上の戦雲はとぐろを巻いて沸き立っていた……


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