144話 横山城防衛戦
天正十年七月八日
織田三七信孝と柴田修理亮勝家は、時を同じくして意気揚々と出陣した。
信孝は一万三千の軍勢をゆっくりと近江方面に向け、勝家の軍と呼応して横山城を囲む手筈となっている。丹羽五郎左衛門長秀、森勝蔵長可、河尻与兵衛秀隆など、織田家の宿老達が脇を固めている。
一方、勝家は二万の軍勢のうち五千を上杉軍に対する備えとして越前国内に残し、一万五千の精鋭で出陣した。そして、金ヶ崎と手筒山に三千の守備を残し、一万二千で近江に侵入したのである。
織田軍総勢二万五千は、何の抵抗を受けることなく横山、長浜両城を囲んだのだった。
そして十日早暁、一斉に攻めかかったのである。
横山城は明智軍最前線の城である。美濃から関ヶ原を経て近江に入る場合に必ず通過する場所でもある。織田軍としては此処を放置する事はできない、更に明智軍が占拠してから縄張りが拡張され、防備も強化がなされていた。主郭にあたる南郭には総大将、荒木山城守行重が陣取り、二の丸に当たる北郭には阿閉孫五郎貞大、そしてその下の三の丸には京極高次が配置されていた。
横山城をくまなく囲んだ織田勢であったが、標高差がある主郭と二の丸よりも三の丸を重点の攻撃目標とした。織田方としては三の丸を早期に攻略して橋頭保となし、順次攻め上がるのが常套とも言えたからである。
やっとの思いで名門京極家を再興した若き当主、京極高次は意気盛んではあった。八百の手勢で三の丸に陣取り、猛攻に曝される配下を叱咤激励していた。
「申し上げます。敵は一斉に各曲輪に攻めかかっておりまする。ご助勢を……」
「相分かった。我らが支えれば本丸からの助勢もあろうが今は支えてくれ。
今暫くの辛抱ぞ……京極の意地を見せよ……」
高次にもそれだけの余力はなく、配下はその場を支えるしかなかったのだ。
それでも京極勢は必死に防いでいる。しかし二刻ほどの間にいくつもの曲輪が陥落し、徐々に追い詰められていった。
「各将に申し伝えよ。ある程度敵に損害を与えたならば、その場を固守せずに三の丸郭に戻り、守りを固めるようにな?無駄死にするでない。兵力を集め、三の丸を防ぎ切る。今日を凌げれば、本丸からも助勢があろう。耐えるのじゃ」
高次は若さに似ず、必死に采配していた。
織田方の基本戦略は本丸、二の丸に陽動としての適度な攻撃を加えながら三の丸に攻撃を集中し、まずは陥落させることにあった。
「申し上げます。森長可様、三の丸に攻め上がり、曲輪をいくつか破られましたが、京極勢守り堅く、未だ三の丸は陥落する事能わず……」
「相分かった。敵側から援軍を出させぬよう、河尻殿には二の丸にも引き続き攻撃の手を緩めぬよう伝えよ。美濃衆にも同様に本丸への攻撃を続行させよ」
長秀はそう指示した。
「殿……今のところ予定通りにござる。援軍がなければ、三の丸はじり貧になりましょう。今日中には三の丸は破れましょう。明日になれば同様に二の丸に攻め上がり、あとは……」
「わかった。しかし意外に手間取るな?横山など一日で攻略できぬとは情けない」
「お言葉ですが、城は縄張りも強化されておりまする。
無理攻めすれば此方が甚大な被害を蒙りまする。
山城攻めはある程度慎重に運ばねばなりませぬ」
「仕方あるまい。何としても今日中に三の丸を陥とすのじゃ。よいな?」
信孝は空気を読まずにそう発言し、長秀は鼻白んだ。
三七殿は何もわかっておられぬ……だが、致し方あるまい。
初戦で勝を得れば、士気も上がろう……そう考える他なかったのだ。
森勝蔵長可は織田家中でも有名な猛将である。猪突猛進こそ至上であると信して疑いはしない。二刻以上経過しても未だ攻略できない自軍に苛立ちを感じていた。
「京極如きを攻め切れぬとは情けない。わしが陣頭指揮を執る」
そう言うと馬廻と共に前線に躍り出た。
「全軍総攻撃じゃ。鉄砲を三斉射した後、一気に乗り崩せーー」
森勢は総大将直々の督戦によって一気に山腹を駆け上がりつつあった。
そして申の刻(午後4時頃)には各曲輪を占拠し三の丸になだれ込もうとした。
この時点で京極勢は無理に固執せず、高次の命令通り三の丸に撤退していた者も多かったのだ。
「皆の者……よく戦ってくれた。これからが勝負じゃ……
幸い鉄砲、玉薬はある程度温存できておる。限りはあるが手榴弾もある。
決して諦めるでないぞ……あと一刻もあれば陽も暮れる。
何としても三の丸を死守するのじゃ……良いかーーーっ」
高次は三の丸に集まった残兵に向けて命じた。
織田勢の集中攻撃を受けていたため、死人手負いも三百を超えている。
組織的な抵抗をして守り切るには限界の兵力であった。
そして森勢を先頭に織田勢が歓声をあげながら殺到してきた。
「放てーーーーっ」
京極勢は鉄砲の一斉射撃を試みる。
「ドドドドォーーーーン」
近づいていた織田勢には手榴弾が炸裂した。
「くっ……このままでは損害が馬鹿にならん」
森長可は勢いよく三の丸に取り付こうとしたが、強かに逆撃を被った。
そして一刻の間、京極勢は何とか防ぎ切ったのである。
高次は疲労困憊していたが、何とか守り切った事で安堵した。
「皆の者、良く守ってくれた。このまま支えようぞ。
京極の武名を天下に轟かそうではないかーーーっ」
高次はそう高らかに声を上げた。
京極勢の歓声は城を囲む織田方にも聞こえ、三七信孝は不機嫌になった。
「五郎左衛門……三の丸すら陥とせぬとは、勝蔵殿は何をしておるのじゃ?」
「森殿も精一杯励まれました。三の丸には八百からの兵で守っておったはず。曲輪のほとんどは占拠しておりまする。明日には乗り崩せましょう。焦ってはなりませぬ」
「何か策はあるのか?」
「敵も三の丸に増兵する余裕はありますまい。いや、させてはなりませぬ故、明日も同じく三カ所の攻め口から正攻法で攻めまする。三の丸の動ける兵は聞く処によれば三百程……
小細工は無用にござる。明日一気に攻めるしかありますまい」
「わかった。何としても昼時までに陥とすのじゃ。
あとは一気呵成であろう?」
「ははっ……明日は某も陣頭指揮いたします故……」
「うむ……期待しておるぞ」
長秀はそう言って信孝の元から退出した。
しかし、意外にも手間取りそうな気配を長年の戦勘で感じていた。




