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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
134/267

133話 峯城攻略

天正十年七月五日

伊勢亀山城では、関万鉄斎盛信が出陣した。

明智軍の出兵に合わせて、その露払いを含め、勢力拡大に動こうというのである。

第一の目標となったのは峯城であった。この城は元々関一族の分家筋にあたる、峯与八郎盛治が城主であったが、幼少のため、織田三七信孝の宿老である岡本太郎右衛門良勝が後見を務め、城を任されていた。先の大坂城の変において、関盛信が寝返ったため、信孝が伊勢まで落ちなければならない事態にもなっており、良勝は盛信を恨んでいた。元々どこかで意趣返ししようと誓っていたため、関勢が攻め来ると知って奮起したのである。

関勢の来襲の報を得ると、良勝はすぐに岐阜と、安濃津の織田信包の元に援軍を要請した。そして一千の兵で籠城したのである。


関盛信は出陣に先立ち、水面下でも工作に勤しんでいた。織田信孝により神戸家の当主の座を奪われて隠居していた、神戸具盛にも味方するように働きかけた。具盛は当然であるが諸手でこの話に乗り、従軍を申し出てきた。他にも同族である国府城の国府次郎四郎盛種もそれに同調した。

そして満を持して織田家の勢力を削ぐべく、峯城に攻め寄せる事となったのである。


峯城は八島川、安楽川が合流する地点の北西にある南へ伸びた台地の先端に築かれている。

主郭も大地の上の高台に築かれているため、なかなかの堅城である。

関勢は三千の兵で囲み、最も防御の弱い西側から攻めかかったが、標高差を利用した飛び道具のため、多くの被害を出し、たちまち攻めあぐねてしまった。そして、無理攻めを避け、明智勢の援軍を待ったのである。



七月五日夜半、俺は津田信澄、明智秀満らと共に関勢が囲む峯城に到着した。同時に峯城への援軍として、織田信包、津川義冬らの援軍六千が此方に向かっていることを知らされたのである。そして、主だった者を集め軍議となった。


「七兵衛殿、それに左馬助殿まで……感謝に耐えませぬ。

御恥ずかしながら、峯城に攻めかかったものの、なかなかの堅城にて、攻めあぐんでありまする。岡本太郎右衛門はなかなかの戦上手にて、一旦攻めを中止しておりまする」

盛信は正直に援軍を謝し、来援を喜んだ。


「万鉄斎殿……無理攻めして犠牲を出す必要は無かろう。

織田三十郎殿が来たとなれば勿怪の幸い。野戦になれば事らが有利。

明日にでも早速一戦に及ぶとしよう。

三介殿が岐阜に居るとなれば、織田方の援軍が来るまでが勝負じゃ。

左馬助殿は如何か?」


「某も考えは同じでござる。して陣割りは如何される?

当初の計画通り、七兵衛殿が南下して一戦し、南伊勢を攻略なされますかな?

某の軍勢は、万鉄斎殿と共に峯城攻めをするという手筈で宜しゅうござるか?」

秀満が何も迷うことなく答えた。


「承知致した。十五郎殿は如何か?」


「某は戦の駆け引きは素人でございます。万事に従いまする」

俺もすぐさまそう答えた。


「ほほぉ……信長公が神童と褒め讃えた明智十五郎殿でござるか?

お目に掛かれて光栄にござる。

その軍略を間近で見れるのは願っても無い事……」

盛信は、やや気を使ったのか、遜りながらそう語った。


「万鉄斎殿?某はまだまだ未熟者。此方こそよろしくお願い致しまする」

素直に俺も返した。


「そしたら、わし等はこの城を攻めるという事やな?

時間をかけても面倒なだけや。明日にでも攻めよか?

城に籠ってるのは一千ほどやろ?」

雑賀孫市が力攻めを訴えた。


「孫市殿?できれば織田勢を釣り出して野戦にて兵力を削いでおきたい。

力攻めも可能ではあろうが、明日一日はのんびり攻めてもらえぬか?

我らが南下したとなれば、呼応して城兵も強気に出よう?

籠られたら厄介だが、出てくれば、幾分楽ではないかの?」

信澄がそう献策した。


「成程……さすがは七兵衛殿や。そこまでが気が回りませんでしたわ。

では、遠巻きにして鉄砲で威嚇しましょ。

性格悪いけど、挑発するのも一手やな?守重はソレ得意やろ?

ハァッハッハッハ……」

孫一は戦の軍議の中でもこの調子なのだ。


「あのなぁ孫一……確かにそうやけど、軍議の場で言う台詞か?

ちったぁ考えぃ」

土橋若太夫守重は、少し呆れ顔で答えた。


「雑賀・根来衆がご一緒なのは心強いというもの。

和やかに軍議をするのも乙なものでござるな?」

左馬助もにこやかに返して、幾分場が和んだ気がした。


「そしたら、今からでも夜討ちを兼ねて討ちかけてみようかの?

許可してもらえますかな?」

守重がすぐに言い出した。


「宜しかろう。雑賀衆にお任せいたす。

囲まれてすぐに夜討ちされるとは思うまい。

ですが、あまり無理はなさいませぬよう……」

信澄が許可を出し、雑賀衆が動くこととなった。


「では明日早朝に我等は出陣致そう。囲みは左馬助殿にお任せいたす。

近江方面との兼ね合いもござれば、難しい判断を求められるやもしれぬ。

我等は一刻も早く南伊勢を平定致す故、後は頼みましたぞ」


「承知致した。我が明智軍の初めての大掛かりの外征でござる。

是非とも成功させたいものでござる。

方々にも宜しくお願い致したい」

左馬助が最後にそう述べて軍議が終了した。





夜半、土橋守重は二千の鉄砲衆を率いて、峯城の主郭近くまで押し出した。

そして、城中目掛けて千に及ぶ鉄砲を一斉に撃たせたのである。


「ドドドドッドドドォーーーン」

暗闇の中から主郭目掛けて雨あられと弾丸が降り注ぐ。

勿論大した被害はないが、その中の大鉄砲30挺ほどは、守りに付いていた城兵の盾を吹き飛ばし、櫓にも大きな穴を穿った。

そして、守重は大音声をあげた。


「峯城に籠る兵に告ぐーーーー命が惜しくば降参せぃーーー

我等雑賀衆が来たからには、お主等に勝ち目はないぞぉーーー

それとも蜂の巣にされたいかぁーーー?」


雑賀衆の名前は織田家中に鳴り響いている。ましてや雑兵たちは恐れ戦いた。

しかし、勇将、岡本太郎右衛門良勝はどっと構えていた。


「ふんっ……言わせておけばよい。挑発に乗るでないぞ。今はな……」

そして、配下に告げた。


「敵が来ておるのは西側の平場であろう?良い策が浮かんだわ。

この城は捨てるが、一矢報いてくれる。どのみち潮時であるからの……

まず気勢を上げ、騎馬三百を以って南側から高低差を利用して一気に駆け下り、雑賀衆に攻めかけよ。夜中であれば雑賀衆とて容易に狙い撃ちはできまい。そして混乱したところを東側から一気に長島の左近将監殿のところまで退く。頃合いを見て先鋒の騎馬兵も一目散に逃げよ。左様、差配致せ。

大軍の前に玉砕するなど、阿保のする事じゃ」

そう言うと、良勝はにんまりと笑った。関勢を追い返して勝利し、すでに溜飲は下げていたのである。


そして暫くすると南側の崖地を一気に騎馬軍が駆け下りてきたのである。

同時に城中からも鬨の声が上がった。

守重も夜討ちの効果があって敵が乗ってきたと思った。


「ほぉーーあらぬ方角からの騎馬突撃か……

おい、構うなよ。夜やし弾の無駄や。守りだけ固めとけ。

たぶん陽動や。本体は真正面から来るぞーー」

そこまでは守重も予測した。

そして予想通り来た……

しかし、その攻撃は予想に反し逆方向の城の東側からだったのである。

明智勢は城を囲んではいたが、西側に多くの兵力を置き、東側は少数しか配置されていなかった。勿論敢えて脱出路を開け、撤退してくれれば良いとも思っていたのだ。

良勝は馬廻り衆と残存兵力を率い、少数の兵を即座に粉砕して逃げ去った。

まさに、あっという間の出来事であった。そして騎馬兵の集団もそれに続いて撤退していった。鮮やかな手際であった。呆気にとられたのは明智勢である。無血開城に近い勝利であったが、してやられた……という感が拭えなかった。


「敵にも勇将はいるものだな……」

俺はそう独り言のように呟いた。


「若殿……敵は元から城を死守しようとは思っていなかったようにござる。

確かに被害を最小限に撤退する手際は見上げたものでござるが……」

藤堂与右衛門が答えた。


「しかし、あのような武将が三七殿の配下とは勿体ない」


「岡本太郎右衛門殿は三七殿の従兄であり、宿老にござる。

寝返った万鉄斎殿へ意趣返ししたかったのでござろう。

初戦に勝利した以上は籠城しても無駄と判断されたのでございましょう」


「成程の……冷静な判断をする一廉の人物のようじゃ。

三七殿も侮れぬという事か……」


こうして峯城はたった一日で落城した。というより織田方が放棄した格好である。

この事が伊勢の情勢にどう影響を与えるのであろうか……

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