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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
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132話 駆け引き

天正十年七月五日夜半

明智軍出陣の報は、すぐに織田方、徳川方の知るところとなった。

近江にも多数の間者が入り込んでいたからである。

岐阜城では、すぐに主だった武将たちが参集した。そして織田三七信孝、織田三介信雄を中心に宿老達が集まり軍議となったのである。だが、総大将たるべき両名は終始落ち着かないようである。相続により、美濃、尾張を領有する事になっていたが、実質的にはその支配力は全く発揮されておらず、本貫の地である伊勢に明智軍が侵攻した事実を前に動揺していたのだった。


「各々方……日向守が伊勢に侵攻したのはまさに好機。近江が手薄になったはずでござる。此処は時期を見計らい討って出るべきでござろう。何の迷いもござるまい」

森勝蔵長可が開口一番に切り出した。


「出陣するに異存はござらぬが、すぐにとは行かぬであろう?

柴田殿が越前から攻め入るには如何ほど時間が必要でござるか?」

丹羽五郎左衛門長秀が問いかけた。


「わしは軍備を整え、動員をかけておる。三日もあれば出陣できるであろうな。

だが、若狭には蒲生がおる。相応の兵力を割かねばならぬし、またぞろ一揆勢が蜂起せぬとも限らぬ故、近江に討ち入れるのは多くて一万強であろうか……」


「ここに来て、明智方に寝返った者共が居ることが悔やまれる。

細川殿や蒲生殿、池田殿まで……致し方ないとはいえ、こうもあっさりしたものであろうか?上様のご恩を何と心得ておられるのか?」

河尻与兵衛秀隆は嘆いた。やはり自身の主君が相次いで落命し、忘れ形見の三法師まで命を落としてしまった衝撃は大きかったのだ。


「河尻殿……織田家は御両所が居られる限り負けたわけではござらぬ。

お気持ちはわかるが、嘆いておっても詮無し。

戦意高揚のためにも是が非でも出兵し、逆賊明智に一矢報いようではありませぬか?某とて弟たちが上様と命運を共にしておる。黙ってはおれませぬ」

長可は終始一貫して出兵を主張した。


「某は懸念もござる。美濃や尾張の国衆達が諸手で従いましょうや?

確かに明智に勝てれば問題ないとは思いまするが……

近江に出兵したとて、横山まで押さえられ、備えは万全で伊勢へ出兵したと思われまする。近江に出たところで伊勢に出た軍勢が引き返せば不利は免れませぬ。

それよりも伊勢方面に兵を回し、防いで持久戦を試みるのが最良の策ではありませぬか?」

滝川左近将監一益はそう語った。


「滝川殿は手緩い。今までも手を拱いていたからこのような体たらくになったのですぞ?

横山、長浜を抜き安土まで攻め上げれば、明智に味方しておる者共も考え直すあろう。

断固、織田家の力を示さねばなりませぬ」

長可は譲らぬ気配である。


「もし早い段階で安土まで抜けねば如何される?

伊勢は蹂躙され、数多の兵を失いまする。此処で万一負ければ織田家の凋落を日ノ本全土に喧伝する事となりまする。短慮は控えるべきにござる」

一益も譲らない。


「総大将たる御両所のお考えの程は如何か?

わしも勝蔵殿が申すように、此処に至っては出兵すべきかと思う。

但し、早期に安土まで抜けぬ場合は即座に撤兵し、守りを固めるべきじゃ。

何よりも速さと勢いが必要であるかと思うがどうであろうか?」

柴田修理亮勝家が決断を迫った。


「皆の考えはわかった。で、実際には勝てるのか?

伊勢へ幾分かの兵力を割いたとして、近江に討ち入れる兵力は如何ほどかの?」

織田三七信孝が不安そうに問いかけた。


「すぐに出兵できるのは一万強かと思われまする。些か心許ない気も致しますが、柴田様が越前か攻め入れば、勝負にはなりますかな?」

河尻秀隆、丹羽長秀が口を揃えて申し述べた。


「わかった。では修理亮殿が申すように、わしが出陣致そう。

五郎左衛門には、滞りなく準備を頼むぞ」

信孝は不安ながらも同意した。


「異存はないようじゃな?では、わしは伊勢の守りを固めるとする。

わしと左近将監殿で伊勢に攻め入った明智勢を引き付けようかの?

それで良いか?」

織田信雄が意外とあっさりと信孝に総大将を譲ったのだ。

生来の臆病気質のさせる事なのか……取敢えずそう纏まったのである。


「では、近江へは三七殿を総大将に勝蔵殿を先鋒として出陣してもらいたい。

三介殿と左近将監殿は伊勢方面をお頼みいたす。

なるだけ明智勢を足止めして貰いたい。宜しいかな?

七月八日を目途に一斉に近江に攻め入る事とする」

勝家が意見を纏め、織田家の方針が決定したのである。





一方、徳川三河守家康の元にも明智軍出兵の報が届いていた。

家康はこの機会にどのような戦略を描くか、極秘裏に主だった家臣を集め談合していた。そして、その中には水野藤十郎忠重も参加していたのだ。


「殿……明智勢が伊勢へ出兵したとの事。歴史がまた動きますな?

我等は此処で徳川の行く末を賭けて、戦略を練らねばなりませぬ」

本多弥八郎正信が問いかけた。


「弥八郎には腹案がありそうじゃの?皆の者も忌憚なく意見せよ」


「されば……表立って織田家に意趣返しするには時期尚早。

あくまでも味方である体を採らねばなりませぬ。

織田家が勝たず、負け過ぎない戦略が肝要にござる。

そこで、織田家が出兵した場合、南信濃に我らが討ち入れまする。

織田家には武田・上杉に対する牽制の意味で、背後はお任せあれ……と申すのです。

また、水野様には、尾張衆を暗に手懐けて頂きたく思いまする。

今回、尾張衆には織田家からの軍役要請がござりましょうが、できるだけ懈怠してもらいたいのです。信長公亡き織田家を見限っておる国衆も多くおられますでしょうが、今は即座に反旗を掲げるでなく、時期を待って頂きたいのです。織田家が衰弱した時期を見計らい、我が殿が天下に討って出る。その時こそ御助力を頂きたい。如何でござりましょうか?」

正信はそう戦略を披歴した。


「成程の……わしは確かに織田家が天下に覇を唱える事はないと見限っておる。

今すぐにでも旗色を変えたいが、今はその時期に非ずと?

承知した。尾張の事はお任せ頂こう。三介殿であれば何とかなりそうであるが、滝川殿は厄介でござるな?」

忠重はそう答えた。


「叔父上……難儀な事を押し付け、申し訳ござらぬ。

ですが、何とかお願いできませぬか?」

家康はそう言って頭を下げた。


「頭を上げられよ。三河守殿を次の旗頭にとは、某を含め尾張衆の大方の考えじゃ。上手く取り計いましょう。要は軍役には応じても、上手く手抜きすれば良いのでござろう?」


「水野様……感謝に耐えませぬ。上手くいった暁には決して悪いようには致しませぬ」

正信もそう追従した。


「で、信濃への出兵であるが……万千代は動けるのであろう?

小平太を助け、励んでもらいたい」

家康は傷の癒えた井伊万千代直政に問いかけた。


「殿……有難き幸せ。もうこの通りにござる。

某は若い故、あの程度の手傷など何ともござらぬ。

榊原様の手足となり働きまする」


「うむ……では頼んだぞ?

それと、念のため甲斐方面や北条との境目も警戒せよ。

武田が攻めてくる事はないであろうが、北条は気になる。

上州で味噌を付けた後だけに、矛先を変えて我等に攻めかからぬとも限らぬ。

わしは浜松に移り差配するとしよう」

家康はそう申し渡した。


此処において徳川家が水面下で動く事となったのである。

本能寺の変から一月余り……新たに歴史の歯車が回り出そうとしていた。



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