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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
132/267

131話 伊勢出兵

天正十年七月四日

安土には数多の軍勢が集結しつつあった。

夜になり、雑賀・根来衆が総勢八千にて着到したのである。

尼崎の戦いの論功行賞において、和泉、紀伊の国衆の旗頭に取り敢えず任命されたため、動員兵力が大幅に増えていたのだった。

光秀は国の運営をも雑賀孫市、土橋守重、津田照算らに委ねようとしてはいたが、一度棚上げされ、軍事指揮権だけを受け入れる形になっていた。

そして俺は城下において、鈴木孫三郎、善之助、大蔵長安等、と源七を含め今後の方策を話すことになっていたのである。


「おぉーー十五郎久しぶりや。長安殿もお変わりないようで」

孫三郎は相変わらずの口調で挨拶した。


「孫三郎も元気そうやな?尼崎が終わって間もないのにすまん」


「いやいや……退屈せんでええわ。俺もちょっとの間やけど今後の技術革新を考える時間あったから、草案纏めたし会いたかったんや」


「ほぉ……孫も未来と違って、えらい真面目になったやないか?」

長安がチクリと言った。


「長安殿?俺は本来は真面目で朴訥な青年ですよ?

それに、未来が掛かってますからね。真剣にならんとヤバイでしょ?」


「孫三郎?源七が侍大将になったんや。宜しく頼むわな」

俺は早速、空気を読まずに話題転換した。


「マジかい?まあ源七さんはその器やから、絶対大丈夫や」


「いや……お恥ずかしい。某はそんなつもりはなかったのです。

ずっと若殿の御側でお仕えできれば十分にござる」


「おい源七?前に父上に言われたところではないか?

これからは出自がどうこうという時代では無くなると……

それに、続く者達のためでもあると……」

俺はさりげなく説教をくれてやった。


「なんや微笑ましいな。これから出陣やで?

まあ。わしはこんな空気の方が好きなんやけど」

善之助がそう語る。


「それよりや……しばらく考えてたんやけど、未来の技術をこの時代で活かしきるには、やっぱり加工技術と効率に問題がある。

で、まず考えたんは銃火器の技術や。

フリントロック式の銃をまずは作ろうと思う。

いずれはマスケット銃を作りたいけど、現状では無理やし、マッチロック式の火縄銃に比べたら戦術の幅が広がると思うんや。天候や風の影響受けにくいしな。

で、これがその図案や。十五郎の頭では理解できんやろけど、長安殿はどう思います?」

孫三郎は一気に語った。


「んん……すまん、銃火器の構造とかは俺にもあまり理解はできんぞ。

要は金具の加工の問題か?」

長安がそう問いかけた。


「そうっす。火縄銃よりも複雑やし、部品の加工を効率化できんかと思って……」


「金型の技術やろうな。しかしすぐには対応できんやろとは思うけど。

繊細な部品やろうし、正確性を求められるやろ?

大まかな部分を金型で作るようにして、あとは手作業で加工しかないやろ?

ただ、職人を組織的に教育して、分業するようにしたら、効率化にはなるやろな。例えばやけど、雑賀の職人を何人か今度建設予定の『学校』に連れてこれんやろか?

そこで加工技術を習得してもらって分業化するしかないやろ。

今、場所も決まって建設中なんや」


「やっぱそれしかないですよね?わかりました。

職人の件は何とかしますんで、明智家の方で召抱えて貰えませんか?」


「孫三郎、それは俺がなんとかする。必要な事やし父も納得するやろ。

逆にもっと広げて、学校に隣接して鉄砲生産の拠点を作るのも一手や」

俺はそう答えた。


「おっし、これで解決や。すぐに雑賀に書状送って、人員を探すわ。

しかし、ゆっくり研究とかする時間無いのが難点やな」


「こればっかりわなぁ……

話は変わるけど、家康の思惑がすごい気になる。

聞いたと思うけど、三法師君が暗殺されて、どうも家康の仕業が濃厚や。

意図がわかりにくいんやけど、孫三郎はどう思う?」

俺はずっと気になっていることを聞いてみた。


「あのなぁ……お前が分からん事を俺が理解できるはずないやろ?

純粋に織田家に対する意趣返しちゃうか?」


「いや……そんな単純に戦略も何もなく動く訳ない。

何か考えがあるはずや」


「俺もずっと考えてたんやけどな……

家康は何らかの利益があるから動いたなずなんや。

しかも明らかに明智の仕業やと見せかけるようにしてな?

恐らく、家康は内心では織田家を見限ってる。

しかし、元の同盟国でもあるから表立って対立できん。

外聞も悪いしな……で、明智と不倶戴天の敵同士になるように……

それと、自分が動く間の時間を稼ぐためにそのような手を打ってきたというのが本音やろ。地政学的に織田家が居る以上は、家康は安泰や。織田家が盾になるしな。

で、織田家が弱体化した場合は問答無用で、尾張、美濃、信濃を分捕るという事やろ?それしか考えられん。本多正信とかがすでに水面下で動いてるやずや……」

長安が分析して見せた。


「やはりそうですかね……」

俺は考えあぐねていた。


「まあ、それやったら俺らが伊勢に出兵した場合は、家康は信濃方面に動くか?

織田家の背後を守ると言う体で、既成事実を積み上げる。

あり得る話や……」

孫三郎もそう答えた。


「やろうな……じっとしてる訳ないはずや。

更に遠大な計略を考えてそうな気もする……

まあ、動いてみて結果に対して対応するしかないんやろうけど」

俺は漠然とそう答えた。


「それより、伊勢方面の戦略とか何か決まってますのん?」

善之助が問いかける。


「あっ……何も考えてなかった。

総大将は叔父の左馬助殿やし、俺は軍師的立場やけど、大きな戦略描く立場にないし、出たとこ勝負で考える。中伊勢方面やから、関万鉄斎殿の動きに呼応してって形やし」


「なるほどな……城攻めがけっこうあるやろな?

擲弾兵部隊と雑賀の鉄砲隊の出る幕は大いにありえるっすね?」

善之助が若干嬉しそうな顔をして答えた。


「どうやろ……実は俺の知ってる知識で考えたら、大掛かりな戦には意外とならんかも……みたいに考えてる。伊勢は根っこの部分では反織田の気風も根強いし、信孝はけっこう反発食らってたはずや。神戸の家督継いだのも信長がごり押しした結果やし、意外と反対勢力を煽る方が楽な気はしてる」

俺はそう考えていた。


「ほぉ……さすがやの?歴史オタクが役立つ訳やな」


「まあ、俺らの知る歴史背景は改竄されてるから、わからんけど、左馬助殿にはそう献策してみるつもりや。出来るだけ犠牲少ない方がええし……問題は織田信包がいる安濃津城やと思う。

そこは七兵衛殿に任せるわ」


「それは道理や。まあ、そう願う事にしよ……

やけど、桑名とか、長島城まで攻めるつもりか?

滝川一益は侮れんと思うけど」

孫三郎が懸念した。


「恐らくやけど、そこまで攻め込まん方針かと思う。

時間的には、それより先に近江に戻るような感じになるやろ。

相手の出方次第やけど、伊勢に出兵した隙に近江に攻め入ってくる可能性は十分にある。

そしたら、俺らはすぐに引き返す予定なんや。

予め、そう父から申し渡されてるしな」


「うっし……じゃあ俺らは十五郎の手足んなって頑張りまっか……」

孫三郎がそう締めくくった。





天正十年七月五日

明智軍二万の軍勢が安土より出陣した。

畿内を盤石の状態にした光秀にとって、初めての大掛かりな外征である。

俺は初めて一手の軍勢を率いる事となる。

雑賀衆や明智忍軍、そして叔父明智秀満や与力の藤堂高虎など歴戦の勇士がいる。

勿論緊張はしていたが、不思議と安堵感も伴っていたのだ……


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