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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
128/267

127話 覇王の後継者

天正十年六月二十七日

覇王信長の子息は岐阜へ向けての途上にあった。三法師の岐阜帰還により、織田家の跡目を決める動きを見越してその根回しの必要性を感じていたからである。

神戸三七こと、織田信孝は岐阜の手前の在所にて小休止していた。

そして、丹羽五郎左衛門長秀と密談に及んでいたのである。


「五郎左衛門……わしは茶筅ちゃせんごときが跡目になるのを見過ごしたりはせぬぞ?

わし以外には居るまい?味方に付いて貰えるであろうな?」

信孝は兄を侮蔑を込めて幼名である茶筅と呼んでいた。


「三七殿……某は跡目争いなどしておる場合ではないと存ずるが……

争うたところで、斯様な内紛は仇敵日向守を喜ばせるばかり。

自重為された方が良いと存ずるが……」

長秀はそう嗜めた。しかし、信孝の性格的に無理であろうとも思っている。


「何を申すか?跡目を決めねば如何にして日向守と戦うと申すのじゃ?

茶筅ごときが当主となっても誰も従わぬぞ?」


「三七殿……それは三介殿も同様に思われるでしょう。

家中を纏めるためには、何方でもない方が適任でございましょう。

それが織田家のためにござる」


「何じゃと?誰が跡目になると申すのじゃ?

まさか、幼子の三法師ではあるまいな?」


「如何にも……三法師君を取り敢えず当主に据えるのが最も家中から異論は出ぬでありましょう。三七殿が当主に名乗りを挙げるのは、日向守を成敗して後がよろしゅうございましょう。そこで手柄を立てれば、皆が従いましょうぞ」

長秀は信孝を宥めるために対案を提示した。


「幼子に何ができる?軍を率いる事も能わぬのだぞ?」


「左様……ですから取り敢えずと申したのです。

日向守には織田家中が一致団結せねば勝てませぬ。

そのためには三法師君を立てるのが最も波風が立ちませぬ。

もっと大人になりなされ……これも戦略と言うもの……」


「他の宿老達が茶筅の下に付けば何とする?

五郎左衛門はわしに味方してくれるのか?そこが肝要であるぞ?」


「三法師君を跡目とし、お二人が後見役となれば宜しゅうございましょう。

あとは我等宿老が合議により方策を決める。

これが落としどころでありましょうな……

その中で某は三七殿にお味方いたしましょう。

ですが、表立って依怙贔屓えこひいきはできませぬ。

意に添わぬ事も多々ありましょうが、今後への布石と思うて辛抱して下され。

それが最も肝要にござる。徒にわがままを通せば、三七殿の人望が地に落ちまする。ご自重頂けますよう重ねてお願い致しまする」

こうして、長秀は不出来な三七を宥める事に腐心していたのである。



一方、同じく信長の次男北畠三介信意(後の織田信雄)は一足に先に岐阜に到着した。家老である滝川三郎兵衛雅利を伴っている。

まずは岐阜城に登城し着到の挨拶もそこそこに、滝川一益の元を訪れたのだった。これには当然であるが、ある意図が含まれている。


「左近将監殿……無事で何よりじゃ。案じておったぞ……

三法師は岐阜に戻ったという事は、今後の事話さねばならぬのであろう?」

開口一番に信意はそう告げた。


義父おやじ殿……何とか我が殿にお力添え頂きたい。

三七殿の後ろには丹羽殿が居られる様子。

些か心もとなく思うておりまする。

織田家の跡目の事……序列でいえば我が殿のはず」

雅利はやや下世話な切り出し方をした。


「……」

一益は何も答えず、瞑目していた。


「左近将監殿……わしが跡目となれば、筆頭家老として働いてもらいたいのじゃ。

悪い様には致さぬ故、味方になって貰えぬかの?」

改めて信意が語り掛けた。


「三介殿……それに三郎兵衛もよく聞かれよ。

今、家中で跡目など争っておる場合と思われるか?

まずは織田家を纏め上げるのが先決。

跡目の事は上様の仇討ちを終えてからではないかの?

昨日、与兵衛殿や勝蔵殿とも話したが、皆それを懸念しておられる。

よって、まずはそのような話をせぬのがよろしかろう」

一益は冷たく言い放った。


「しかし、三七なんぞが跡目となれば、家中の結束が乱れようぞ?

わしは連枝衆の中での序列は兄に次ぐはず。

わしでなくて誰が跡目を継ぐと申すか?」

信意はやや激高しながら語った。


「左様……三位中将様が遺児、三法師様を跡目として奉戴申し上げる。

そして、三介殿と三七殿が後見役となられよ。

それが一番家中が纏まると心得るが……」


「何じゃとーーーっ……あのような小童が跡目と申すか?

幼子ではないか?」


「それが最も家中が纏まる故申し上げておるのです。

柴田様も異論など言われますまい。

我等宿老の意見が同じとなれば、そこに落ち着くはず」


「わしは納得せぬぞ。可笑しいではないか?

長序の列から申しても、血筋でも、わしが継がねば筋が通るまい」


「三介殿……上様が亡くなられた時、織田家の惣領は何方でしたかな?」

一益はついには理を説いて三介を封じ込めようとした。


「三位中将様は上様より家督を譲られ、織田家の惣領であられたのですぞ?

その嫡男たる三法師君が跡目を継がれるのは当然ではないですかな?

ですが……幼子故に、その叔父である方々に後見役をお願い致すのです。

無論、戦ともなれば何方かが総大将として織田家を率いる事となり申す。

我等宿老が、その脇を固めまする。

何とか諍いすることなく、家中の団結に力を尽くして貰えませぬかな?」

一益はそう三介を宥めたのだった。


「では左近将監殿……もし万一、三七と争うような事態となれば、その時はわしに味方してくれるのじゃな?約束してくれるなら、わしは今回は引いて、三法師を立てようではないか?」


「三七殿と争うなど……あってはなりませぬ。

それこそ、日向守の思うつぼ……上様が草葉の陰で嘆かれるでしょう。

三介殿も、織田家連枝衆の一人として自覚なされよ。

さすれば、某もお力添えできましょう程に……」

一益は言質は与えず、信意を抑え込んだ。


「三郎兵衛も三介殿をしっかりと助けるのじゃ。

それが家老としての務め……わかっておろうな?」


「はい……左様相努めまする……」


「左近将監殿……わしもちと言葉が過ぎた様じゃ。許せ……

三法師の跡目の件……異を唱えず従うとしよう。

だが、領地の件は如何する?美濃や尾張の国分けも問題じゃ」


「それも柴田殿を交えて談合する事となるでしょうな?

双方がどちらか一方を……と言う格好しかございますまい。

何か腹案でもござりますかな?」


「いや……今のところはの……

だが、三法師をどちらの手元に置くかが重要じゃ。

そこは譲れぬぞ」


「左様申されても、こればかりはどうする事も……

それよりも如何にして日向守と戦うか……

家中の信望を集めるには、手柄を立てるしかござらぬ。

某はその為ならば力を尽くしましょうぞ……」


こうして具体的な結論は先送りとなった。

時を同じくして柴田修理亮勝家が岐阜に伺候する旨、早馬の知らせが届いたのである。

また同時に明智軍が若狭へ侵攻し、蒲生一族が光秀に与力したことも伝えられた。

織田家を取り巻く環境は刻一刻と変化している。しかし漸く、信長亡き後の織田家の宿老、後継候補者が一堂に会し、談合する事となったのだ。








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