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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
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126話 敗軍の将たち

天正十年六月二十六日 滝川左近将監一益は三千の軍勢を引き連れて岐阜城に帰還した。関東での与力武将は残したまま、親族衆と織田家の与力武将のみを伴って、上野から信濃を経て無事帰還できたのだ。しかし、帰還したのも束の間、織田家を取り巻く環境が好ましくない状況であることも同時に知らされたのだった。

一益はまず三法師に謁見し、上州での敗戦を詫びた。関東での織田家の領地が削減されたのだから当然ではある。しかし、誰もそれを咎め立てなどしなかった。寧ろ、一益が戻ったことにより残された織田家の者は気持ちを強くしたのだった。


「新助……やはり織田家中は戦々恐々じゃの?

今後が思いやられる。三七殿や三介殿も岐阜へ上るらしい……

家中が纏まると思うか?」

一益は甥である滝川義太夫益氏に問いかけた。


「さて……前田殿等は三法師君を跡目にと思うておられるであろうが、簡単には……お二方ともご自身が跡目であると思うておられるでしょうな?」


「で……あろうな?やはり水面下で動かねばならぬか?」


「まずは河尻殿や森殿とも意見交換が必要でござりましょう?

それより、徳川殿は捨て置いて宜しいので?

三法師君を奉戴し岐阜まで帰還したという事は何らかの意図がござりましょう?」


「ハッハッハッ……徳川殿も当てが外れた様じゃ。

ご自分が織田家に介入する腹積りだったのだろうよ……

甲斐武田の再興により尻に火が付いて、それどころでな無くなった……

というのが実態であろうな?捨て置いて構わぬであろうよ。

まずは織田家を盤石にするのが先決じゃ」

一益は達観していた。最も苦労するのはまずは家中であろう事を予測したのだ。


「では、根回しですかな?」


「うむ……まずは河尻殿と森殿と話してみる。

腹の内を探らねば、対応能わぬ故な……」


こうして、一益は河尻与兵衛秀隆、森勝蔵長可と会談することにしたのだ。



その日の夜、一益は河尻与兵衛秀隆の屋敷を訪問した。森長可にも誘いをかけ、談合する事にしていたのだった。秀隆は老いもあってか、精気を欠いているようにも思えた。武田旧臣の組織的蜂起により、ほとんど反撃できずに逃げ帰っていた。やつれていても当然と言えた。せめてもの救いは家臣団が欠けることなく逃げることが出来た事である。


「肥前守殿……御無事で何より。某もこの通り上州より逃げ帰って参った……

森殿はまだお見えではないかな?」

一益はまず自身の恥も告白し、雰囲気を作ろうとした。


「左近将監殿こそご無事で何より。北条の大軍を撃退なさったとか?

さすがにござる。某などは抵抗する事も能いませなんだ」


「肥前守殿……無理からぬ事にござる。これは周到に計画された謀にござる。

上様への日向守の謀反は、武田や長宗我部、雑賀までも事前に知っておった。

それも随分と前からな……真田安房守が武田の嫡男を匿って居ったのも、上様ご生害を見越しての事……何も知らぬ我らが対抗など出来ようはずがない。

我等は奢っておったのじゃ……素直に認めようではありませぬか?

それよりも織田家を立て直すのが喫緊の課題……これが難儀でござる」


「左近将監殿……某は何としても三法師君を跡目として推挙いたす所存。

今は亡き三位中将様の遺児を立てずして、織田家の復興はござらぬ。

お力添えを頂きたい」

秀隆は迷うことなくそう告げた。元々秀隆は信忠軍団の副将であり、三位中将信忠との絆が深かった。さらに言えば、非業の死を遂げた主君の忘れ形見を、何としても跡目に据えたいとの親心があったのである。


「はやり三法師君を跡目に据えるのが良策であると?」


「左様……三法師君でなくてはならぬ。三介殿や三七殿ではどちらが跡目になられてもお互いが納得されぬであろう。そして御両所が三法師君の後見役となられ、我等宿老が合議にて意見を取りまとめる……それしかござりますまい……」


「うむ……それしか無かろうな……」


二人は大方の考えは一致していたのだった。



「遅参致し、相すみませぬ……」

そこへ、森勝蔵長可が訪れた。


「おぉ……待っておった。ご無事で何より」

二人はそう挨拶を交わした。


「織田家の跡目の事でござるか?

それよりも、早急に軍を纏め、近江に打ち入れましょうぞ。

某、此処で手を拱いておるのが我慢なりませぬ」

開口一番に長可はそう捲し立てた。

森家は信長の股肱の臣であったが、長可の父可成は近江で討ち死にし、兄可隆もその前に討ち死にしている。そして今回、本能寺で弟三人までが信長と命運を共にするという不幸に見舞われていた。何としても仇討ちしたいという気持ちが強かったのである。


「お気持ちはわかるが、徒に攻め入る事は能わぬな……

家中を纏め、一致団結するのが先決じゃ」

秀隆がそう答えた。


「何故でござる?宿老の方々が戻れば、日向守等恐れるに足らぬはず。

臆されたか?」

血の気の多い長可らしい返答である。


「まあ聞かれよ。我らが案じておるのは織田家の団結じゃ。

仮定の話であるが、三介殿と三七殿が跡目を争うようでは、仇討ちなど覚束ぬ。

そこで、三法師君を跡目として奉戴申し上げる。

勝蔵殿も賛同頂けぬか?」

一益がそう宥めた。


「しかし、三法師君は未だ幼子……軍を率いる事能わぬ。

何方をもって総大将になさるのか?」

長可が不満げに追い打ちした。


「三法師君を跡目として、三介殿と三七殿を後見役とする。

方針は我等宿老で合議する他あるまい。

討伐軍を率いるのは、何方かが勤めれば宜しかろう?」

一益がそう答える。


「いつまで時がかかるかわからりませぬぞ?

それに、御両所が三法師君の跡目を承認せねば何とされる?

そのような時をかけず、左近将監殿か肥前守殿が総大将として軍を纏め、出陣すれば意気も上がろうというもの……跡目の事など後回しでよくはありませぬか?」

長可は引き下がりそうも無かった。


「……勝蔵殿? 今の状況で討って出て勝てると思われるか?

日向守は安土を抑え、横山まで詰めておる。

戦力も心許ない。それに徳川殿の援軍など当てにできぬし、後背も定かではない。

ましてや、甲斐武田が再興されたとあっては、後ろにも目を向けねばならぬ。

安易に動くべきではない。勝蔵殿の義父殿も日向守に降っておるしな?

それに柴田殿とも意見調整が必要じゃ」

一益は理を解いて説明した。


「されど……時が経てば、日向守に靡く者が出るとも限りませぬぞ?

まずは勝たねば……」


「どちらにせよ、家中が先決じゃ。追っ付、三七殿等も来よう?

動くにせよ、統一した指揮が不可欠じゃ……

勝蔵殿のお気持ちもわかるが、堪えてくれ……」

秀隆がそう結論し、長可もそれ以上の強硬論を一旦取り下げざるを得なかった。


其処に今度は、またもや驚くべき知らせが届いたのだ。

曰く……明智勢が若狭に攻め入ったと……

そして、その総大将は蒲生忠三郎賦秀であると……

丁度三名が会談中にその知らせが届いたのである。


「最早、近江に攻め入るなど、現時点では絵空事になったの……

これでは柴田殿も容易に攻め入れまい。

一致団結して、事に当たる他はない」

一益も含め皆がそう結論したのである……

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