107話 尼崎の戦い 参
此処尼崎では、激闘が繰り広げられている。羽柴秀吉は全面攻勢を決意し、実行に移していた。その策は内応するであろう明智軍右翼部隊を突き崩し、光秀の本陣を突こうとする意図である。
右翼部隊を指揮する筒井順慶は、予測通りの展開にほくそ笑んでいた。
「右近……攻め来るのは羽柴小一郎だな?最精鋭ではないか……」
「左様ですな。羽柴殿の合図でござろう?我らは試されておりまする」
松倉右近が応える。
「左近は先陣では働いておるのか?」
「はい。それはもう十分すぎる戦振りにて……
斎藤内蔵助殿と張り合うておりまする」
「では、羽柴勢と上手く戦おうではないか?
攻撃は弓主体で行え。そして、鉄砲は狙いを付けず斜め上に向け放つのじゃ。
間違っても接近戦は行わぬようにせよ。
小一郎ならば、此方の意図を読むであろう。
適当に戦った後、崩れを装い道を空けよ」
順慶は周到であった。あからさまに寝返るでもなく、姑息に懈怠するつもりなのだ。
「ははっ……では早速」
右近も賛意を表し手配りしたのであった。
羽柴小一郎秀長の軍勢は四千の多きを数える。また、侍大将として、青木一矩、神子田正治、杉原家次らが配されている。また、屈強な馬廻りも多く、戦闘能力は極めて高い。
その秀長軍が明智勢右翼部隊に突撃した。
筒井勢からは弓鉄砲が放たれる。しかし、弾幕を張るでもなく、明らかに手心を加えているのがわかった。当然、秀長は関わることなく突っ切ろうと勢いをつけた。
更に、その後方には距離を置いて、木村常陸介重玆の一千が追随している。
秀長軍には多くは無いが矢箭が降り注いだ。しかし、ほとんど実害を与える事は無い。
行く手の備えはその勢いに崩れ立つように道を空けていった。
やはり順慶入道は懈怠しおったか……此方としては望むべき結果じゃ。
しかし、これからが本番である……そう言い聞かせた。
僅かな時間で明智軍右翼の筒井勢は突破を許した。そして白々しく秀長軍の後衛に対し弓を射続けたのである。明らかに懈怠を誤魔化す所作であった。
秀長軍の突破は織り込み済とはいえ、あまりにも脆過ぎた。
その様子を雑賀孫市は眺めていた。
当然であるが、これあるを予測し、筒井勢の後方、光秀の本陣との間に割り込む形で布陣を終えていたのだ。
「孫三郎?順慶入道の芝居はあまり上手いとは言えんの?
嘘でも雑兵の槍合わせぐらいはするもんや。ケチくさい奴っちゃ」
「おい親父……冗談言うてる場合かい?ほとんど無傷なんやぞ?」
孫三郎は多少焦っていた。
「おい、孫市よ……わし等はどうしたらええかの?
お前が大将なんや、指示してくれんと動けんぞ」
語り掛けてきたのは、雑賀衆の侍大将である。
佐武伊賀守と的場源四郎であった。
「お~~すまんすまん。そしたらまずは手榴弾で出鼻挫こうかの?
そんで、その後二手に分かれて左右から一斉射撃する。
それが一番効果的やろ。わしは右軍指揮するから、伊賀殿は左軍の指揮頼むわ」
何も迷うことなく、孫市はそう指示した。
「孫三郎と善之助は擲弾兵部隊頼むぞ?
終わったらすぐ戻って守りについてくれや」
「了解や。久々やから腕が鳴るのぉ……ワッハハハハ」
雑賀衆は戦の最中でも、兎に角陽気であったのだ。
秀長軍は明智軍右翼の筒井勢を易々と突破した。ほとんど被害も受けていない。
しかし、これからが正念場である。
秀長は行く手に雑賀衆二千が布陣しているのを見咎めた。
しかし、此処は突破するしかない。秀長は雑賀衆の恐ろしさを知っている。
その対策として両翼に盾を持った兵を並べながら進軍した。
だが、気休め程度でしかないことも理解していた。
猛烈な銃火が襲って来るであろう事はわかっても、進まざるを得ない。
「皆の者良いか~~雑賀衆の鉄砲は潜り抜けるしかない。
わしが倒れても足を止める出ないぞ~~
逆賊明智に一矢報いるまでは退かぬと心得よ~~」
そして陣形を乱すことなく突き進んでいった。
しかし、雑賀衆の攻撃は鉄砲だけではなかったのだ。
まず襲ってきたのは、擲弾兵部隊の手榴弾だったのである。
「ドンッ……ドドォ~~ン」
一度に20発程の手榴弾が前衛部隊に炸裂したのである。
当然陣立ては乱れた。特に騎馬兵は爆発に驚いた馬に振り落とされる。
「小癪な……」秀長は舌打ちした。
尚も手榴弾の攻撃は続く。雑賀擲弾兵部隊は届く距離まで接近し投擲するのだ。
甲冑を身に着けていても、飛び散った内容物は当たり所が悪ければ致命傷になる。
しかし、数には限りがある。全弾投げ尽くすとすぐに引き上げた。
「今じゃ~~進め~~」秀長はそう下知した。
改めて秀長軍が突き進む。しかし、直後に今度は猛烈な銃火が襲った。
「パパパパパパパァ~~~ン」
間髪入れずにまたもや一斉射撃。
雑賀衆の八百挺にも及ぶ鉄砲が襲ったのである。
それも左右斜め前方からの十字火である。最も効果的な射撃法だ。
両翼を盾で防いでいるとはいえ、持ち堪えられない。
当然大きな被害が出ていた。しかし秀長は止まらなかった。
弱兵ならば壊滅していたであろうが、秀長軍は最精鋭である。
大きな被害を出しながらも突っ切り、光秀の本陣に突撃していった。
「さすがは小一郎やな……突破しやがった。
よし、後方から追って、更に銃撃を加える。準備せい」
孫市はそう指示するしかなかった。
しかし、孫市は実行に移すことが出来なかった。
木村重玆勢が突撃してきたからである。木村勢は雑賀勢左軍に突撃を敢行したのである。
雑賀衆は鉄砲衆が大半で肉弾戦は不得手である。
木村勢の倍の兵力とは言え、その兵力差は埋められる。
また、木村常陸介重玆自身が怪力無双の勇士であり、その馬廻りの戦力は侮れなかった。
「良いか~~雑賀衆は我らが引きつける。小一郎殿に追い撃ちなどさせるでない。
此処を三途と戦うのじゃ~~続け~~」
木村勢は雑賀衆の左軍に打ち掛かる。凄絶な肉弾戦が展開された。
「おい親父……不味いぞ。
まずは木村勢を殺ってからでないとこっちの被害が大きすぎる」
孫三郎はそう意見した。
「可愛げないやっちゃ……よし、後ろから援護する。
続けや~~っ」
孫市が命じた。雑賀衆は一団となって木村勢目掛けて突っ込んでいった。
しかし、元々白兵戦は不得手である。その弱みが露呈して、思う様に行かない。倍する兵力であるが木村勢を押し返せずにいた……
「申し上げます……筒井勢が突破され、雑賀衆が撃ち掛けましたが、突破された模様です。敵は本陣に迫りつつあります……およそ三千」
光秀の本陣に注進が駆け込んできた。
光秀は瞑目していた。そして立ち上がり告げた。
「彼奴等は後が続かぬ。包囲殲滅せよ……」
「十五郎……どうやら予測の最悪を極めた様じゃな……
お前なら如何する?」
光秀は俺に問いかけた。
「わかりませぬ……どうすれば……」
俺は正直に答えた。
「ハハハッ……わしにもわからぬ。戦とは斯様なものじゃ。
大軍を指揮し合戦に及んでも、大将自らが戦わねばならぬ事もある。
そう心得る事じゃ……」
「はい。では某も一軍を率いて戦いまする」
「うむ。では源七と共に忍び衆を率いて行くがよい」
こうして俺は戦場に立つことになった。大軍同士の戦いで此処まで緊迫した展開になるとは予想していなかった。しかし、あり得る事なのだ。
俺は改めて武者震いした……




