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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
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101話 風林火山甦る

天正十年六月八日

此処は上野国、岩櫃城である。真田安房守昌幸は密かに息を殺し、状況を眺めていた。甲斐武田の復活をいつ宣言するのか……それを見極めていたのである。

昌幸は各地に物見を放ち、取り巻く状況を具に調べ上げていた。その上で、武田旧臣への接触を水面下で試みていたのである。

まず、その標的となったのが、依田常陸介信審と曽根昌世である。

信審は甲斐武田が天目山で滅んだ後も、最後まで抵抗を続けた豪の者である。史実では家康に仕官するも、天正壬午の乱における混乱の中で、その生涯を閉じている。

昌世もまた史実では徳川に仕えたとされるが、今回は事情が異なっていた。

昌幸は、本能寺の変直後に彼らに接触し、事実を告げたのだった。


「ご両名とも、まずはこの時期にわざわざご足労頂き、礼を申す。

しかし、どうしても告げねばならぬ事がある故……」

昌幸はそう切り出した。両名とも事変の後の去就を迷っていたこともあり、武田旧臣では実力、名望共に抜きん出た昌幸に耳を傾けたのであった。


「安房守殿……先般甲斐武田が滅亡の憂き目を見たばかり。

そしてこの変事……如何に処したものですかの?

某も正直迷うておりまする。やはり徳川殿ですかな?」

信審がそう語った。


「確かに……結局は北条か徳川しかないであろうな?

甲斐信濃は戦乱になろう?大国に囲まれた立地故、一揆したとて保てぬ。

安房守殿はどう対処される?」

昌世も考えあぐねているようだった。


「某は、どこにも味方するつもりはござらぬ。

ある方を旗印として、甲斐武田を再興するつもりにござる」

昌幸はいとも簡単に言ってのけた。


「如何な事でござるか?旗印と申しても、そのようなお方は……」

両名が同時に答えた。


「おりまする。隠し立て致し、申し訳のうござったが、実は甲斐武田の嫡流を旗印に掲げるつもり。勝頼公の遺児、太郎信勝様が生きておられる。某が天目山で密かにお救いお申し上げた。ずっと匿っておったのでござる……」

昌幸は重大な事実を告げた。


「何ですと?真にござるのか?あり得ぬ……

安房殿は何故そのような暴挙に出られたのか?」

信審が問いかけた。


「左様……そのような事……万一露見致せば、安房守殿は生きておれまい?」

昌世もそう答えた。


「実は、某は知っておったのです。水面下でこの変事が起こるであろうことを……短期間であれば隠し通せると思い、決行したのでござる。

そして、この時を待っておったのです。信玄公が築き上げ、勝頼公が必死で守ろうとした甲斐武田家を……風林火山の旗印を……もう一度天下に掲げたい一心でござる。

何卒、お力添えを頂けませぬか?真田家だけでは些か心許ないのも事実。しかし、武田旧臣が集まり、信勝様を盛り立てれば、必ず再興が叶いまする。

実は他の者達にも、わが子息が接触しておりまする。今はまだ表立って行動致しておりませぬが、まずは甲斐国内にて一揆致し、河尻殿を追放する考えにて。そして、高らかに甲斐武田の復活を宣言致せば、他の者も集まりましょう。そこで、武田の柱石であられた、依田殿と曽根殿にまずは相談したのでござる」

昌幸は一気に事実を語り、両名に合力を仰いだのだ。


「安房守殿のお考えはわかるが、再興したとて国が保てますかな?

何か良い方策をお持ちか?」

信審が疑問を呈した。昌世も追従する。


「実は、水面下で様々な交渉を致し、すでに後ろ盾を得ておりまする。

まずは、上杉家との間に甲越同盟を復活致す所存。実はすでにその話はついておりまする。甲斐武田が再興できれば、上杉家にとっても悪い話ではないですからな。

そして、畿内の惟任日向守殿ともすでに同盟する手筈になっており申す。

実はこの変事を事前に知っておったは、それ故にござる」

昌幸は今後の対応策が万全であることも告げたのだ。


「成程……そこまで周到に準備なされたのか……

されば、当面の敵は徳川、北条であると?」

昌世がそう語った。


「いやいや……まだそうと決まった訳ではござらぬ。

要は甲斐武田が再興できれば良いのです。ですが、そうなれば必然的に徳川は敵となりましょうな……前右府殿が身罷られた上は、徳川はそれに便乗し野心を露わに致しましょう。しかし、動きは鈍くなるでしょうな……重臣たちが数多負傷し、身動きが出来ぬ故。

そして、北条は滝川殿に対して軍を向けるでしょう。これを上手く利用し、滝川殿には上野から立ち去って頂くつもりにござる。織田旧臣が居なくなれば、後は……」


「そこまでお考えを巡らされておるのか……感服仕った。

某は安房守殿の策に乗りましょうぞ。

今一度、風林火山の旗の下で戦えるなら本望……」


「左様……これ程喜ばしい事は無い。

我らが伝手で、他の者達も説得いたしましょうぞ」


両名は快諾したのであった。そして、その後の方策を詳細に話し合ったのである。



一方、真田源三郎信幸も武田遺臣との接触を試みていた。

織田信忠が甲斐に侵攻し、武田家が滅亡の憂き目を見た際に、苛烈な処置を取ったため、武田旧臣たちは織田家に仕えることなく、潜伏するより他なかった。勿論残党狩りに遭い捕らえられた者もいたが、それなりの数が潜伏して生き永らえた。ある者は北条を頼り、また家康に匿われた者もいた。

しかし、独自に潜伏していた者も多かったのだ。そして当然、本能寺の変報を聞くや、一揆の機運が沸騰したのである。

源三郎は、武田旧臣の三井弥一郎、初鹿野信昌と相対していた。歴史的知識で、彼らが一揆の中心となり、河尻秀隆を殺害したことを知っていたからである。


「ご両名とも、何かと大変な折、感謝いたします。

父、安房守からどうしてもお聞き届け頂きたいことがござる」

源三郎はそう語りだした。


「いやいや、安房守殿からのお話ならば、聞かぬ訳にはまいらぬ。

もし、我等にお力添え頂けるなら有難い事……」

両名は、話の内容を憶測し、すぐに気色ばんだ。


「はい。お力添えと申しますか……

実はお力をお貸し願いたいのは当方なのでござる」

源三郎は意味ありげに応対した。


「はて?如何な事でござるか?

安房守殿が我らの旗印になって頂けるのではないかと……

我等は期待して参ったのでござるが……」

初鹿野伝右衛門信昌が答えた。


「実は、父安房守は甲斐武田家を再興いたすつもりです。

勝頼公の遺児、太郎信勝様が生きておられます。

天目山にて我らがお救い申し上げ、匿っておりまする。

元は、勝頼公をお救い申し上げるつもりだったのですが、勝頼公は家臣達と最後まで戦うと申され、我等は説得能いませなんだ……そして、信勝を立て、甲斐武田を再興せよと遺言なされました。我らはその言葉に従い、武田家を再興致す所存にござる」


「何ですと……甲斐武田の嫡子が……生きておると……」

三井弥一郎はそう言葉を絞り出したが、涙で言葉にならなかった。


「お願い申し上げます。甲斐武田の再興にお力添えを……」

源三郎も、思い出し涙が出そうになったが、堪えて言葉を発した。


「源三郎殿……答えなど言うまでもない事……

我等、全身全霊を以て、尽くす所存。

安房守殿ならば、色々な策をお持ちであろう?

何なりとお申し付け下され……」

伝右衛門は、そう答えた。


「有難き仕合せ……されば、水面下で他の武田旧臣達を糾合して下され。

依田殿と曽根殿には、父が接触しており申す。

具体的な行動は、北条、徳川の動き次第でござります」


「承知した。各地に潜伏して居る者たちに密かに接触致しましょうぞ。

信勝様の件は、極力伏せて話しまする」

両名も予想通りに快諾したのであった。


こうして、甲斐の国においても戦乱の機運が水面下で進行していたのだった。

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