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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
101/267

100話 情報戦

天正十年六月七日、深更である。

大坂城の光秀の元に、十五郎からの火急の使者が訪れた。

光秀はすぐに引見し、書状に目を通した。

そこには羽柴軍の動きが記されていた。

曰く、羽柴筑前守秀吉は七日に姫路に帰陣した事。そして、軍勢がすべて戻るのが八日であろうから、恐らく九日に姫路を出陣するはず。山陽道を怒涛の勢いで進軍し、明石を経て兵庫城に詰めるであろう事。そして、長宗我部水軍は、明石近辺にて艦砲射撃を行い、戦力の減殺を企図する事。十五郎はその後、尼崎に上陸する事……

そこで、光秀は出陣日を一日遅らせることにしたのだ。相手に手の内を出来るだけ読ませず、野戦に持ち込むには、その方が都合が良さそうに思えたからである。陣立ては変えずに、ゆっくりと九日に出陣する事にしたのである。秀吉が明石で攻撃を受けても引き返す選択肢を奪う事……そういう意図であった。




しかし、高度な情報戦は逆に仕掛けられてもいたのだった。秀吉の配下の忍びが、密かに筒井順慶の元を訪れていた。書状には、寝返りの見返りとして河内一国を進呈する旨が記されていたのである。

また、周到な事に戦いを懈怠するだけで良いとも書かれていたのだ。

そして、順慶は宿老である、松倉右近と島左近を呼び出した。この両名は意見が正反対ではある。そこで、順慶は書状の内容を見せ、問いかけたのだ。


「どう思うか?寝返りの報酬としては物足りぬがな……」

順慶はそう語った。


「おそらくは、他の摂津衆にも同様の書状が行っておりましょうな?

表立って寝返らずに戦いを傍観しろと……官兵衛殿はさすがでござる」

右近は感心して見せた。


「であろう?この条件なら応じやすいの……元々わしは本気で戦う気などないからの……渡りに船とはこの事じゃ。上手く立ち回ろうかの?」

順慶は、応じる事を決断しようとした。そこに左近が待ったをかけたのだ。


「殿……左様な事は見抜かれまするぞ?一度与力したのですから、手柄を立てるべきでありましょう?戦いを懈怠すれば、もし日向守殿が勝を得た場合、立場が悪くなり申す。

それでなくとも、わが家は不信を抱かれておるのです。

お立場を良くする為にも、此処は懸命に戦うべきですぞ」

左近はそう答えた。


「左近殿……我が軍や摂津衆が逡巡すれば、日向守殿は不利ではありませぬか?

元々、主を弑逆した汚点があるのです。初戦に敗れれば、すぐに滅亡にて、我が家が道ずれにされる所以はござらぬ。それに応じる旨相手に伝えれば、攻撃に手心を加えましょう。此処は危険を冒さず、果実だけ頂けばよいかと……」

右近も負けじと主張した。


「某は、虻蜂取らずになるのが最も懸念されまする。

明智軍には戦巧者も多ござる。絶対に見抜かれまするぞ……」


「わかった。では、秀吉には取敢えず了承した旨、返答いたす。

だが、左近の申すことも一理ある故、左近の軍は先鋒として戦うがよい。

その旨も、筑前殿に書状しておく。それならば、何とでもなろう?」

順慶はそう結論したのだった。

左近は怒りがこみ上げたが、従うしかなかったのだ。一度主人に仰いだ順慶であるが、そのやり方に不満を抱く結果となったのである。左近は心の中で決断していた。いざ、戦が始まった時、自身は必ず一番槍を上げ、戦果を挙げることを……




その日の夜、明智忍軍の疾風は光秀の元に報告に訪れた。


「大殿様……陣中に不穏な動きがござります。

羽柴方の忍びと思しき者が、筒井殿の陣所を訪れました。

何かはわかりませぬが、気がかりです」


「殿……早速来ましたな?秀吉の調略が伸びたものかと……」

傍らにいた長安が即座に答えた。


「であろうな……この期に及んで、まだ順慶入道は逡巡しおるか……」

光秀は独りごとのように語った。


「羽柴殿の事、おそらくは摂津衆にも調略が伸びておりましょう。

警戒すべきでござりましょう?」


「警戒したところで始まらぬな……順慶入道も、中川高山両名も、あからさまに寝返りはすまい。精々、戦いを懈怠する程度であろう?なれば、勝てばよい。勝てば彼奴等も必死に戦うであろう。

七兵衛と、孫市殿にこの内容を伝えよ。善処されたしとな……

順慶入道は良しとしても、七兵衛の両翼は中川、高山じゃ。池田殿と戦う事になろうが、万一があれば孫市殿に助太刀させる。と申しても、両名がその調略に乗ることはないと思うが……」

光秀はそう分析して見せた。これは、光秀の人物分析に拠るところが大きい。

光秀は、中川清秀と高山右近については、寝返るとは思っていない。性格的に戦場での逡巡が命取りになる事を知っている……そう判断しているからだった。そこが、守るべきものの大きい順慶との違いである。


「承知いたしました。すぐに伝えます」

疾風はそう言って、陣を離れた。


「大丈夫にござりますか?すべてが逡巡すれば、我が軍の不利は否めませぬ」

長安はそう忠告した。


「わしとて不安ではある。じゃが、確信めいたものがある。

恐らくは、戦場に来る羽柴軍は戦意旺盛とは言えぬであろう?

疲れもあるであろうし、戦場に着くまでに少なからず犠牲も出るはずじゃ。

明石辺りで水軍の攻撃を受ければ、幾分かは兵を留め置くであろう。

さすれば、実際に出てくるのは多くて一万五千と思う。

序盤で、打ちのめせば兵を退くやも知れぬ……」


「そうなればよろしいが、相手も必死のはず。

油断は禁物かと……」


「うむ。確かにな……しかし、此処に至ってはどうする事も出来ぬ。

勝つしかあるまい。精神論になるが、勢いに任せねばならぬこともある」

光秀は、そう心境を語った。




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