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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
本能寺への道
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9話 土佐の出来人

 元親の本城たる岡豊城は、高知平野の北東部にある山城である。

堺よりこの方、船で数日を経て、さらに馬にて数里……何とも上方よりは遠い田舎である。

俺は、石谷兵部と従者数名とともに、岡豊の城下にいた。そして、城下町を見たいとかこじ付けて、兵部の一行から抜け出してきた。

無論、源七と落ち合うためである。


「若……このような田舎でお会いできるとは嬉しく思いまする」

源七は小さく笑ってみせた。


「そうよな……あ、これ使ってくれ」

そう言って、俺は当面の軍資金と、堺で仕入れた傷薬を手渡した。


「有難き幸せ……お気遣い痛み入りまする」

源七が、二度までも笑顔で答えた。


「して、何か耳よりなことはなかったか?」


「はい、城下で色々見聞きしたのですが、軍事情報などは一切わかりませぬ。

土佐の出来人は、さすがに抜かりはないですな……」


「しかし町娘達の噂話では、元親殿も若かりし頃は姫若子と呼ばれ、奇人のように言われておったそうですが、嫡子の信親殿は輪をかけて変わった御仁だそうで……

何でも城内に大きな池を作り、船の模型ばかり作っておられるとか。

そんな信親殿を、元親殿は溺愛しておられるそうでございます」

俺は、源七の話を頷きながら聞いていたが、心はどこかに飛んでいた。


何か感じる……船の模型?長宗我部信親がそのような人物であったとか、まったく歴史上では伝わってはいない……

俺は期待と不安で胸が張り裂けそうであった。





               ◇






 翌日、岡豊城への登城が許された。俺は兵部の後に続き、「使者の副使」といった体を繕い謁見の間に通された。重臣たちが左右に並んでおり、その誰もが敵意に満ちた眼差しを向ける。


「長宗我部宮内少輔元親である。面を上げられよ?義兄上……」

そういって元親は、石谷兵部に語り掛けた。

石谷兵部少輔頼辰は妹が元親の正室ということもあり、織田家と長宗我部家の取次である光秀の間で使者として行き来していたのだ。それ故、元親も表立っては義兄と呼び面目を立ててはいた。


「義兄上、上方での噂、すでに聞こえており申す。

前右府殿のやり様……この元親、承服致しかねる。

お分かり頂けぬか?」


開口一番の元親の言葉に、兵部は唯々、額を床に擦り付けるばかりで何も言葉にできない。


幾ばくかの沈黙が場を支配した。

重臣たちは嘲笑の眼差しを兵部に向けている。一人を除いて……


「父上……わざわざ遠路、片田舎までお運び頂いた織田家中の方々に、気の毒にございます。それより座興でも致しませぬか?座が白けておっては良い話もできませぬ故」


俺は胸の高鳴りを感じていた……


「そうですな……上方武者と剣術の腕比べをしとうございます。

もし織田家中の方が勝てば、叔父上の話を聞かれるというのは如何?

このままでは叔父上も帰れませぬ故……」


「ワッハッハッハ……それはおもしろい。

義兄上、座興と思いお付き合い頂こう」

元親は有無を言わせぬ威圧感で、その場を一時散会させた。


玉石を敷き詰めた中庭に移り、座興が始まる。

「そこのお付の方……織田家中の目付と思しき若武者の方……

剣術の覚えもあろう?お相手なされよ。

なあに座興故、この通り防具も用意致した。思う存分、腕比べ致しましょうぞ!」

信親は、防具と綿を巻いた木刀を荒々しく俺に放り投げた。


「いざ……」


俺は防具を付け、間合いを測る。

正直なところ、転生前では然程剣技は得意ではなかったが、この世界では秀満叔父の薫陶もあり、そこそこ自信が持てている。


「バシッ……バシッ……ググッ……」何度か切り結ぶ。


「強い……こいつは……」

傍らでは、元親が獲物を追うような眼差しで俺を見ている。

一方兵部は見ることもできずに、目を中庭の地面に落としている。


何合か切り結ぶ中で、俺は転生前によく使っていた必殺技……

通称、『金ツブシ』を狙っていた。

研究会対抗の試し合戦で使っていたのだ。

竹刀を下段から切り上げ、その途中でいきなり股間の急所に竹刀の先を叩き込むのだ。

これが入ると、防具の直垂があっても相当痛いのだ。

しかも、突きというのは防ぎにくい。

返し技は、竹刀を合わせて防ぐのではなく、飛び上がって、がら空きの上半身を打つしかない。

返されると、頭部か肩口を打たれる……討ち死にとなるのだ。


俺は間合いを測り、下段の構えをとる。

刹那……裂帛の気合と共に、木刀を切り上げた。

そして突く……股間をめがけて……「終わりだぁーーー!!!」


しかし、信親は瞬時に飛び上がったのだ。


「不味い……上段に来る」

この場合返しは一つしかない。

咄嗟に前かがみになり、相手に突進して組み付くのだ。

実際に俺はその行動を取った。

上段への攻撃は躱せたが、組み付いている状態なので、お互いに動けない。次の離れて間合いを取る一瞬、勝負になる。

ほぼ同時に間合いを取るために後ろに飛び退り、気合と共に同時に一撃を繰り出した。

俺は中段から胴を薙ぎ払い、信親は上段から肩口めがけて切り下げた。


「やめーーーい。両名とも見事……相討ちじゃの?」


俺は息を切らせながら、「否、某の負けにござりまする」

そう返答した。


「いや、弥三郎の負けにござる……」同じく信親も。


沈黙がその場を支配した。


「うむ……相討ちじゃ。これにて座興は仕舞いじゃ。

義兄上?明日改めてお話致そう。今宵はごゆるりとくつろがれよ」


元親がその場を去ると、弥三郎が語り掛けてきた。

俺の意識は飛んでいる。そして心臓の高鳴りが止まらなかった。







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