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サイバーファントム「Link6ナギサ」

 あたしはいったい……。

 そうか……ザキマの攻撃を受けて……ただの女の子に戻っちゃった……。

 白い仮面が……あたしを……見ている……。

 床に優しく寝かされ、あたしは……意識が朦朧として……。

 そこにいるのは……誰?

 いつもあたしが抱きついていた……あの背中。

 あたしはその背中に手を伸ばした。

「……リョウ……リョウ、リョウなんでしょう!」

 彼は振り向こうともしなかった。

 ダメだ、身体が重い。

 力尽きたあたしは床に顔を埋めた。

 音だけが聴こえる。

 鳴り響く銃声、巨大な何かが動く音、何かが爆発したみたい。

 声が聴こえる。雰囲気は違うけど、これは彼の声。

 立ち上がらなきゃ。

 あたしは力を振り絞って床に両手を付いた。そのまま膝を付き、上半身を上げてやっとの思いで立ち上がった。

 二人の姿が目に入った。ナイと仮面の人……。

「ファントム……メア!」

 ナイはそう彼のことを呼んだ。

 でも違うの、彼は……彼は……。

 あたしは一生懸命、ふらつく足で彼に駆け寄った。

「目を覚ましてリョウ!」

 心の底から声を出した。届いてあたしの声。彼の心に届いてお願い。

 あたしの行く手を阻む影――メア。

「ファントム・メア様が復活した今、もう貴女はもう用済みよ」

 メアの手から放たれた見えない風にあたしは飛ばされ、何度も床に転がって全身を打った。

 あたしが再び立ち上がろうとしているとき、大狼君の声が耳に飛び込んできた。

「これはいったいどういうことだ!」

 それに対して彼は首を傾げた。

「さあ、ボクにもよくわからない。メア、説明してくれないかな、なぜボクが復活したのか?」

 あたしはメアに視線を向けた。

「全ては憎きファントム・ローズによって、ファントム・メア様が滅ぼされたことにはじまります」

 あの時、ファントム・ローズはあたしの前に現れて言ったの。

 ――ファントム・メアは滅びた。って。

 あたしは信じなかった。だって、そんな……ファントム・メアは……。

 そして、ファントム・ローズもあたしの前から姿を消した。

 でも、あたしは納得できなかった、何もかも。だから、この世界で情報を集めることにしたの。

「そうだ、ボクは確かに滅びた筈だ。では、今ここにいるボクは何者だ?」

 ファントム・メアの問いに、即座にメアが答える。

「我が君、ファントム・メア様でございます」

 どうして、またファントム・メアなの?

 悲しすぎる。悲しすぎるよ。

 ナイが壁際に逃げて叫ぶ。

「全てはメアが仕組んだことだったの! ウチとメアが〈ハザマ〉に駆けつけたときには、もうすでにアナタは断片化して消えかけていた。その断片をメアは掻き集めて、ブレスレッドに加工したの」

 ファントム・メアがブレスレッドをあたしたちに見せた。

「これだな?」

 そのままファントム・メアはメアに顔を向けた。

「それからどうした?」

「ホームネットワークからはすでに、ファントム・メア様の元なった者は完全に消滅しておりました。そこで私は新たな器をドリームワールドに見出したのです。ホームネットワークから発せられる想いが、ドリームワールドであの者を創り上げた」

「それがレイか……」

「その者は他人が創り上げた思念でしかありませんわ。ですので、本当に器になるか賭けでございました」

 あたしがレイに感じていた気持ち。

 レイからリョウを感じた。けど、何か違った。レイはレイであって、リョウではなかった。

 花の香がした。そう、薔薇の香。

 そして現れたのはあのピエロ。でも、わかっているの。この香はあの人の香。

 ファントム・メアもピエロの正体に気付いているみたい。

「鳴海マナ……いや、ファントム・ローズだな」

「そうだ。私の名はファントム・ローズ」

 ピエロは一瞬にして、ファントム・メアとそっくりな姿になった。

 でも、これも違うの。ファントム・ローズはきっとあの人。薔薇が好きだったあの人。

 無機質なハズのファントム・ローズの白い仮面が、なぜかあたしには哀しそうな表情に見えた。

「私は賭けに負けたのだ。私は君が春日リョウに戻ることを心から願っていた。しかし、君は再びファントム・メアとして目覚めてしまった」

 どうして……どうしてリョウは、またファントム・メアになってしまったの!

 あたしはリョウが好きだった。リョウはあたしより一個上の先輩。いつも一緒にいたのに、あんなにも楽しかったのに、突然リョウはあたしの前から消えた。

 そして、代わりにファントム・メアが現れた。

 ファントム・ローズとファントム・メアが向かい合った。

「ファントム・ローズ、ここでの勝負はお預けにしよう。ボクは覚醒めたばかりだ、少し休養を取りたい」

「そうはさせない。ここで決着をつける!」

「ならば相手をしよう」

 なんで二人が戦わなきゃいけないの!

「やめてリョウもマナお姉ちゃんも、なんで戦わなきゃいけないの!」

 あたしが割って入っても、ファントム・メアは銃を抜いた。

「それはきっと宿命だ」

「やめて!」

 あたしは心の底から叫んだ。

 銃弾があたしの真横を抜けた。

 あたしには二人の戦いを止められない。どうしていいかわからなくて、あたしは地面にしゃがみ込んで、目を瞑って視界を閉ざした。

 何も見たくない。

 何も聞きたくない。

 あたしは両耳を手で塞いだ。

 薔薇の香がする。

 近所に住んでいたあたしのお姉さんみたいな存在。庭で薔薇の花を育てていた。どうして薔薇が好きなのって聞いたこともあったっけ。でも、哀しい顔をして笑うだけで、何も答えてくれなかった。

 ……なにッ、この感じ!

 あたしは自分を閉ざすのを止めて立ち上がった。

 強い風にあたしの身体は吹き飛ばされ、床にお腹から落ちた。

 そのまま顔を上げると、喪服のような黒いドレスを着た妖艶な女性が立っていた。

 あいつは……ナイトメア!

 何度もあたしたちを苦しめたナイトメアが、どうしてここに?

 ファントム・メアがナイトメアに駆け寄る。それを止めようとするファントム・ローズの薔薇の鞭。

「行かせないぞファントム・メア!」

 ファントム・メアは足に鞭を巻かれた倒れたけど、それをすぐにナイトメアが助けに入った。

「ファントム・メア様!」

 鞭を切ってファントム・メアとナイトメアが逃げようとしてる。

 ダメ、行っちゃダメ!

「行かないで!」

 あたしの声にファントム・メアは顔を向けた。でも、彼は何も言わない。

 ファントム・メアの腕に鞭が巻き付いた。ファントム・ローズの鞭じゃない、大狼君の鞭だ。

「ファントムの存在はこの世界でも噂になっている。ファントムの真の意味とはなんなのだ?」

 ファントム・メアは逃げることを中断した。

「ワールドネットワークから『弾かれたモノ』の総称。キミはどうやらこの『世界』について興味があるようだね」

「私はサイバーワールドが電影であることを知っている。そして、私はどうやら本来ここの住人ではないらしい。では、私は何者なのか? 私の本来あるべき世界はどこか? そもそも世界の成り立ちとは? 現実と虚構の境は何なのか?」

「ならばボクと共に歩むかい?」

「どんな道を歩むと言うのだ?」

「今ある世界の破壊と、新たな世界の創造。キミがこのサイバーワールドでやろうとしていたことと同じだよ」

 これに大狼君は首を横に振って答える。

「……最初はそうだったが、ある事実に気付いてからは目的が変わった。真に破壊を好み、自分の世界を創ろうとしていたのはザキマだ。私は純粋に全てを知りたかった。そのために権力が必要だっただけのこと」

 ザキマに全ての罪を擦り付けているのか、それとも大狼君はただ純粋に探求したかっただけなのか、それはわからなかった。

 大狼君は問いを続けた。

「世界の破壊と創造とは具体的にどういうことだ?」

「世界をカオスに還すほどの破壊。そして、創造とは全ての融合。全ての存在が一つに溶け合い、全ての感情や想いを共有する」

「全てが融合した時、そこに個々の自我はあるのか?」

「個の意思は全の意思となり、全の意思は個の意思だよ。自我なんてものは超越している」

 ファントム・ローズの仮面が哀しい顔で口を挿む。

「誰がそんな世界を望む?」

「ボクが望む。全てが交われば、独りで悲しむこともなくなるから……」

 あたしは望まない。

 よくわからないケド、それは違うのと思うの。自分がいて、傍に誰かがいることが大切だと思うの。同じ存在になっちゃダメなの。自分がいて、自分とは違う誰かがいることが、存在していることが、それが重要だと思うの。

 ダメ……頭がごちゃごちゃ。

 けどね……。

「あなたの考えは間違ってると思う」

 あたしはファントム・メアに向かって言った。

 大狼君もそれに続く。

「私の考えと不一致があるようだ。ファントム・メア、君は私の敵だ」

 ファントム・メアの仮面が哀愁のこもった薄笑いを浮かべた。

「哀しいね、世界にはボクの敵ばかりいる。なぜみんなボクの言ってることを理解できないんだ。それがみんなの幸せなのに」

「あたしは幸せだとは思わない!」

 あたしの言葉にファントム・メアが質問をぶつける。

「なら、君にとって幸せとは何だ?」

「あたしの幸せは……大切な人たちが傍にいること」

「傍にいたいなら溶け合えばいい。ずっと一緒にいられるじゃないか!」

「違うの、それは何か違うの……」

「やっぱりいくら話合ってもムダみたいだね。行くよナイトメア」

 闇の衣に包まれ、誰も止める間もなく、ファントム・メアとナイトメアは姿を消失させた。

 そして、ファントム・ローズもいつの間にか、薔薇の香を残して消えていた。

 残されたのはあたしと大狼君だけ。

 あたしはいったいこれから……?


 大狼君によって通された個室。

「そこのソファに座りたまえ」

 促されるままにあたしはソファに腰掛けた。

 とても質素な部屋。

 金属の壁に囲まれ、置いてあるのはデスクとデスクトップパソコン、テーブルとその上に置かれたノートパソコン、あとはあたしの座ってるソファだけ。

 大狼君はデスクの椅子に座った。その姿のどこからも、あたしに対する敵意を感じない。ケド、あたしはこいつのことを信用しているワケじゃない。

 黒い狼団のトップ。サイバーワールドの人々を苦しめ、破壊の限りを尽くしてきた。あたしはこの世界に来て、それを目の当たりにしている。

 大狼君は直球であたしに聞いてきた。

「私を敵だと思っているか?」

「わからない。ケド、味方とは思えない」

 正直に答えた。

 大狼君の口元が笑った。

「私を敵だと思おうが、恨み憎まれようが、それは構わない。ただ、今は力を合わせたいと思っている」

「なぜ?」

「私よりも事情に詳しいからだ。私はこの世界が好きだ。この世界がなくなる、あるいは別の物になることを私は望まない」

 あたしだってこの世界が嫌いじゃない。この世界だけじゃなくて、あたしの世界だってなくなって欲しくない。

 でも、大狼君には協力できない。だって敵だったのに、手を繋いで仲良しになんてなれない。

「あなたは黒い狼団のトップでしょう? あんなにも人々を苦しめてきたのに、そんな人に協力なんてできない」

「純粋に私はこの世界の情報を握りたかっただけだ、そのために必要なことをしたまで。それにここの住人たちは電影でしかない、生きていないのだよ」

「それは違う。あたしは世界というモノを知って、電影、幻想、夢も幻も、生きているとか、生きていないとか、そういうモノで計れるモノじゃないと思う。存在していることが重要なの」

 大狼君は黙り込んでしまった。

 そして、とても長く感じた時間を破って大狼君が口を開いた。

「君はこの世界の人間ではないのだろう?」

「うん、違う世界からあたしはこの世界にやって来た」

「やって来たという言い方をするということは、その世界での記憶もあるということだな。私もこの世界の住人ではないらしいが、自分がいた筈の世界の記憶がないのだ」

 あたしにはちゃんとある。家族もいる、友達もいる、学校にだってちゃんと通ってる。向こうでの生活があたしにはある。

 大狼君の口から重たいため息が漏れた。

「私はいつも疎外感を感じていた。ここは自分の本来暮らす世界ではない。帰るならば、どこに帰ればいいのか? そのためにとにかく私は情報が欲しかった」

「だからって、あなたのやって来たことは間違ってる」

「果たしてそれはどうかな?」

「間違っているものは間違ってる」

「君は私にはじめて会ったときに、情報が欲しくて来たと言ったはずだ。私から情報を得るということは、私のして来たことを肯定することになる」

「それは……」

 なんか言いくるめられる感じ。

 泥棒から盗品だと知っていて品物を買ったら罪?

 大狼君が情報をより多く手に入れる方法が、別にあったのかどうかわからあない。効率的だと判断したから、大狼君は黒い狼団なんて組織を作ったんだと思う。大狼君の力を借りようとしたあたしには、本当に彼を咎める資格はないのかなぁ?

 口ごもってしまったあたしに大狼君は言う。

「君が肯定できないのは、私が悪で、自分は善だと思いたいからだ。一般論としての善悪は民衆が決めること。しかし、真の善悪とは人それぞれの胸の中にある。間違いだと思いながらすることと、正しいと信じてすることは大いに違う。私は自分の進んだ道は正しいと思っている」

 この人のこと苦手かも。

 本当は大狼君って悪い人じゃないのかも。なんて思っちゃう自分がいるし。

 黒い狼団がすることを通して、そのトップにいる大狼君を憎んでた。なんてヒドイことをする人なのって、思っていたのはたしか。けど、フィルターを通しての大狼君と、実際に会った大狼君にはギャップがあった。

 あたしが想像の中で憎んだ大狼君のイメージは、実際はザキマが持っていたイメージだった。

 はじめて会ったときも、戦う気満々だったあたしに対して、どちらかというと情報を求めようとしていただけだったような気がする。二度目に会って剣を交えた時も、戦うことよりも対話を求めてきた。

 ……何かいつの間のか大狼君を正当化しようとしてるし。

 あたしの中で、大狼君を正当化しようする考えが働いてた。これってもしかして大狼君の術中にハマってる!?

 泥棒から盗品だと知っていて品物を買ったら罪?

 その答えはあたしの中で出なくなってしまっていた。前だったら、すぐに罪って声を大にして言えたのに、なんかわけわかんなくなっちゃった。

 それよりも今大切なこと……ファントム・メア。

 あたし独りの力じゃどうにもならないのはわかってる。

 もぉわかった、こうなったらちょっと考えを吹っ切ったほうがいいよね、うん。

「あなたと協力します。まずはファントム・メアの居場所を突き止めましょう」

 信じたとか、信じないとか、そういうことじゃなくて、今のあたしには大狼君の力が必要。ただそれだけ。

 サイバースコープの奥の瞳は見えない。けど、その下で大狼君の口は微笑んでいた。

「ありがとう」

 まさか『ありがとう』なんて言葉が出るなんて、ちょっとビックリしちゃった。

 うわぁ〜、なんかまた本当は悪い人じゃないんじゃないかって、そういう気持ちが強くなっちゃったじゃん。信じない、まだ信用したわけじゃないから。

 もっとあたしが冷静にね、そう、物事を進めればいいんだよね。

「ファントム・メアの居場所を突き止める方法はある?」

「ファントム・メアは、このサイバーワールドでは存在が認識されない筈だ。道化に扮していたファントム・ローズがそうだった」

「だったら探す手がかりが掴めないってこと?」

「機械的には感知できないが、目で見ることも触れることもできる。存在しているが、存在していない、それが彼らの本質だ」

「だから探す手がかりないんでしょ?」

「ある」

 そこを早く言ってよね。

 あたしは大狼君の次の言葉に耳を傾けた。

「透明な物体は、その周りを算出することにより求められる」

 それって算数ですか、それとも数学でしょうか?

 言ってることはなんとなくわかるんだけど、どうやって計算したらいいのかとか……数学得意じゃないからわかんない。

「ああ、なるほどねぇー。ファントム・メアの居場所はあなたに任せたから、ガンバッて!」

 ガッツポーズをしてあたしは大狼君を激励した。わかってるフリしたケド、ぜんぜんわかんないから、大狼君に全部任せることにした。

 大狼君はあたしに背を向けて、デスクトップパソコンに身体を向けた。キーボードをちょっと叩いてパソコンが起動したところ見ると、スタンバイ状態で待機させてたみたい。

 左手でキーボードを叩く横で、右手は見えないキーボードを宙で叩いてるみたい。たぶん、デスクトップと、サイバースコープに映ってるほうを同時進行でやってるんだと思う。

 ……この人アホだ。

 パソコンをデスクに複数置いてる人はたまにいるけど、二つのキーボードを同時打つ人はいないと思う。……やっぱりアホだ。

 手を休めた大狼君が回転椅子を回転されてこっちを向いた。

「行くぞ」

「えっ、もうわかっちゃったの?」

「それほど遠くではなかったようだ」

 さっさと部屋を出て行っちゃ大狼君。そのあとをあたしは小走りで追った。


 大狼君の運転するスポーツカーに乗って街を走った。運転しながらずっと、ドロップ食べてる。

 助手席から見る街の様子。騒がしくて、何か様子がおかしいように感じる。

 信号待ちで車が止まったので、あたしはじーっと外の様子を見ることができた。

 ……あっ!

 人が弾け飛んだ。人自身が弾け飛んだんじゃなくて、まるで着ていた服が弾け飛んだみたいに爆発して、その中から別人が現れたの。

 あっちでは身体がドロドロに溶けて、中から別人が出てきた人がいる。

 もしかして、ネット上の自分が崩壊してるの?

 あっちでは美少女が男の人に変わってる。

 大狼君も街の異変に気付いたみたい。

「世界のバランスが崩れはじめているようだな」

「みんな化けの皮が剥がされていく。ネカマをやっていた人は、男だって正体がバレるし、みんなが付いていたウソが全部バレちゃう」

「まさかファントム・メアの仕業なのか?」

「……わからない」

 でもタイミング的に、何か関わりがあるって考えるのが普通だと思う。

 ケド、もし本当にこれがファントム・メアのしたことだったとして、何の目的なの?

 ネットの匿名性がなくなる。キャラクターを演じることができなくなる。それってネット社会の崩壊を意味してるような気がする。

 発進した車の前に、突然『ゴースト』飛び出してきた。まだ走り出して間もなかったから、ぶつからずに済んだけどハズなのに……『ゴースト』は地面に蹲って動かない。

 大狼君はギアをチェンジしてバックしようとした。ケド、間に合わない。

 半透明だった『ゴースト』が明確化して、怪物に変化してしまった。毛の生えた獣人みたいな姿。車のフロント飛び乗ってきて、長い爪と鋭い牙であたしたちに襲い掛かってきた。

 再び大狼君はギアをチェンジして、物凄いスピードで車は前に走り出した。

 バランスを崩された獣人がフロントガラスに激突した。そのまま獣人はフロントから転げ落ちて、アスファルトの地面に激突して遥か後方。

「なんだったの?」

 あたしは驚いて声をあげた。

「さてな、私たちに敵意があったことは確かだ」

 窓の外を見ると、『ゴースト』たちが次々と怪物に変身していくのが見えた。さっきみたいな獣人だけじゃない、ドロドロのスライムみたいな奴とか、巨大な怪鳥みたいのとか、昆虫みたいな奴まで……怪獣大百科状態。

「でも、どうして『ゴースト』たちが……?」

「彼らはこの世界では存在が弱い。あの状態から別のモノに変われる可能性がいくつもある。加工し易い分、マテリアルとして最適なのだよ」

 そういえば……黒い狼団のアジトであたしが見た奇怪な実験みたいなこと。『ゴースト』から戦闘員を作っていた。

 大狼君がサイドミラーを見た。

「後ろからバイクの列が追ってくる」

 あたしは開いた窓から身を乗り出して後ろを覗いた。

 赤いハチマキをした戦闘員を先頭に、黒い狼団の戦闘員がバイクに乗って追いかけてきてる。

「あなたが呼んだの?」

 尋ねると大狼君はアクセルを踏みながら言う。

「奴等の様子は明らかに可笑しい」

 バイクに乗った戦闘員は電磁ロッドを振り回し、あたしたちを威嚇しているようだった。

 二人乗りしてる後ろの奴がバズーカを構えた。

 危険を叫ぶよりも早くバズーカは撃たれ、あたしたちの乗った車の真横をすり抜けて、対向車線を走っていたトラックに当たって大爆発を起こした。

 ハンドルを急に切った車内が揺れた。

「運転を代われ」

 あたしは大狼君の言葉に耳を疑った。

「はぁ?」

「運転くらいできるだろう」

「車の免許なんて持ってるわけないじゃん。だって実年齢十六歳だよ?」

「レースゲームくらいやったことあるだろう。この世界の運転などその程度だ」

「本当? ゲームとかちょー得意だケド」

 こう見えてもあたしゲーム大好きなの。コンシューマーからアーケードまで、ゲーセンに月にどれくらいつぎ込んでることか……。

 何かもう大狼君ってば無理やりあたしに運転を代わらせて、窓から這い出して屋根に登ろうとしてるし!

 仕方なくあたしは運転を代わって、ハンドルをしっかり持ってアクセルを踏んだ。

 車が急に大きく蛇行した。

「しっかり運転しろ!」

 屋根の上から怒声が聞こえたケド、仕方ないじゃんね。この車、ハンドル操作が難しくて、すぐに車体のバランスが崩れるんだもん。

 バックミラーに目を配ると、戦闘員を乗せたバイクに電撃弾がヒットして、ボーリングのピンみたいに次々と倒れていくのが見えた。

 ……あっそうだ。

「どこに行けばいいのかあたし知らないよ!」

「そのまま走って――」

 大狼君が最後まで言う前に、真横で爆発が起きて車体が大きく揺れた。

「だいじょぶ大狼君!」

「案ずるな、このまま真っ直ぐ走って高速に乗れ」

「オッケー」

 後ろから追ってくる戦闘員の数が増えてるような気がする。まるでゴキブリ。

 群を抜け出してきたバイクが車の真横に並走してきた。

 電気コードが伸びるのが窓から見えた。大狼君が放った電気コードの鞭は戦闘員にヒットして、運転を誤ったバイクは大回転しながら後列で大爆発を起こした。

 なんかどんどん大惨事なってる感じ。

「奴等だ!」

 大狼君が叫んだ。

「どこ?」

「今、左の角から出てきた二台のバイクを見ろ!」

 二台のバイク……いた!

 黒い服のナイトメアと、その前を先導するファントム・メア姿を発見した。二人はバイクに乗ってあたしたちの前を走っていた。

 あたしは大きな声で呼びかける。

「スピード出すから落とされないでね!」

 ギアをチェンジして床が抜けるほどアクセルを踏んだ。

 前を走る車を次々と抜き去り、バイクをすぐ目の前に捕らえた。

 ナイトメアが振り返った。近くで見ると、その喪服みたいなドレス、大型バイクと絶対似合ってない。

 急にナイトメアがバイクのスピードを落として、車の横に並走してきた。そして、ナイトメアの姿がバイクから消えた!?

 屋根の上で大きな音がした。まさか屋根に乗った?

 なんか屋根の上が騒がしくなって来たみたい。スポーツカーの屋根って絶対足場が悪いのに、よくそんなところで戦うなぁ。

「うわっ!」

 あたしは声をあげた。急にナイトメアがフロントに乗って、すぐにまた屋根に戻っていった。

 天井が近いから、上の音がスゴク響いてくる。

 大狼君とナイトメアの会話が聞こえてきた。

「貴様らはこの世界で何をしようとしているのだ!」

「クスクス、この世界はドリームワールドに吸収されるのよ」

「ドリームワールドに吸収だと?」

「私が支配する領地を拡大するのよ」

「……それがファントム・メアの目的か?」

「クスクス」

 ナイトメアは笑っただけで、それ以上は答えようとしなかった。

 道路を走り抜けて、ついに高速の入り口が見えてきた。料金を払わずにファントム・メアは料金所を突っ切った。

 あたしも料金なんて払ってらんないから、あくまで仕方なく料金所を見なかったことにした。

 ああっ!

 ナイトメアが後方に吹き飛んだ。

 バックミラーに映るナイトメアは、まるで魔鳥のようにドレスを揺らしながら、後方を走っていた戦闘員の首に抱き付いて、そのまま戦闘員を引ずり落としてバイクを奪った。ありえない。

 さっきからファントム・メアに追いつこうとしてるのに、車を縫うように走るからぜんぜん追いつけない。それどころか少しずつ引き離されてる感じ。

 後ろからは戦闘員たちを追ってくるし、ナイトメアまで迫ってる。

 前方に大狼君の放った電撃弾が飛んだ。ファントム・メアを外れた電撃弾は関係ない車に当たって、そのまま車はハンドル操作を誤って壁にぶつかった。

 前で事故が起きたせいで次々と玉突き事故が起きた。

 横を向いた車が行く手を阻んだ。

 ダメッ、ぶつかる!

 ブレーキをかけながらハンドルを切った。ケド空でも飛ばない限り避けられるハズがない。

 豪快な音を立ててフロントが前の車に突っ込んだ。

 衝撃であたしの首がガクンってなって、大狼君の身体が大きく前に飛ばされた。

 すぐに戦闘員とナイトメアが追いついてきた。

 もう車は使えない。あたしは急いで車から降りた。

 バイクを降りて近づいてくるナイトメア。その後ろには戦闘員を引き連れている。戦闘員の数はざっと数十匹まで膨れ上がっていた。

 あたしは何も武器を持っていなかった。ナギじゃないあたしはもう戦えない。だから刀も置いてきてしまった。

 艶やかに微笑みながらナイトメアがあたしに詰め寄ってくる。

「ファントム・メア様の邪魔をするようであれば、ここで死んでもらうしかないわね」

 あたしは後退りをしながら、手に汗を握った。

 大狼君があたしを押し退けて前に出た。

「これでも喰らうがいい!」

 そう言いながら丸い物体がナイトメアに投げつけられた。けど、手の甲で軽く弾かれて玉は後ろの戦闘員に当たった。

 次の瞬間、玉が孵化して金属のワームが戦闘員の腹を突き破った。

 腹を喰らったワームは戦闘員の体内で増殖して、何十匹と増えて次々と戦闘員たちを襲いはじめた。

「キーッ!」

 悲鳴を上げなら戦闘員たちが逃げていく。

 ナイトメアの足元に散らばったワームが彼女に襲い掛かる。ケド、ナイトメアの表情は冷たく涼しい。

「ディファイ!」

 ワームたちが一気に燃え上がった。地獄の業火に焼かれ、金属が熔けてアスファルトにこびりつく。

 大狼君の手から電撃弾が放つ。ナイトメアが胸の前に手を突き出し、電撃弾が彼女の手の平に呑み込まれてしまった。

「まだ無駄な抵抗をするおつもり?」

 冷笑を浮かべたナイトメア。

 あたしはアスファルト蹴り上げ走り、地面に落ちていた電磁ロッドを拾い上げた。

 だいじょぶ、ちゃんと戦える。

 電磁ロッドを振りかざし、ナイトメアの頭に叩き込もうとした。

 バシッ!

 電磁ロッドは軽かるしく片手で受けられた。すぐに電流を流そうとスイッチを押そうとしたケド、その前にあたしは平手打ちを喰らって地面に転がっていた。

 薔薇の香がした。

 どこからともなく、ファントム・ローズが現れた。

「ナギサを傷つけさせはしない」

 薔薇の鞭がナイトメアに襲い掛かる。

 瞬時にナイトメアは飛び退いたケド、薔薇の鞭はまるで生きているように執拗に追いかける。

 薔薇の棘がナイトメアの頬を切った。滲み出す漆黒の血。

 手の甲で血を拭ったナイトメアは微笑んだ。

「勝負はお預けにしましょう」

 ナイトメアはあたしたちに背を向けて、高い塀を越えて姿を消してしまった。

 大狼君は近くに転がっていたバイクを立ち上げ、あたしを置いていこうとしていた。

「ちょっと、あたしを置いていく気?」

「足手まといだ」

「足手まといって、あなたが協力して欲しいって」

 大狼君を乗せたバイクは走り出してしまった。

 あたしは堪らず彼の背中に叫んだ。

「そっちが協力して欲しいって言ったのに、この気分屋ッ!」

 信じらんない。

 無神経なの、自己中なの、バカなのアホなの、所詮あたしは都合のいい女なワケ?

 スゴクあったま来た。

 でも……あたしは戦えない。ナギじゃないあたしは役立たずなのかもしれない。

 あたしだって、ファントム・メアのこと……ううん、リョウのことを……。


 気付いたらまたファンム・ローズは消えちゃってた。

 あたし独りぼっちになっちゃった。

 どうしていいかわからないまま、戦闘員の残していったバイクに乗り、パーキングエリアまで走った。

 パーキングエリアはとても静かだった。まるで廃墟のような静けさ。

 ゲームとか映画だとアンデッドが出て来る雰囲気。

 ……あっ、ホントになんか出てきた。

 足や手、中には頭まで、身体の一部を食いちぎられた人たちがゾロゾロ出てきた。予想してた展開どおり……当たっても嬉しくない。

 逃げようとあたしが反転すると、後ろからもすでにゾンビっぽいのが沸いていた。パーキングエリアの駐車場は、ゾンビさんたちの集会場になっていた。

 ――薔薇の香。

 あたしに襲い掛かってきたゾンビの胴が真っ二つに割れた。グロイよぉ。

 次々とゾンビたちが切り裂かれて地面に倒れていく。切られても動いているけど、足や手を切り離されたら、さすがに動けないらしい。

 ゾンビたちを一掃して、その中に残ったのはファントム・ローズ。

「大丈夫か?」

「うん、ありがとう」

 お礼を言うと、ファントム・ローズは背を向けて、姿を消そうとしていた。

「待って……マナお姉ちゃん」

 あたしの呼びかけに、ファントム・ローズは背を向けたまま動かなくなった。

 すぐにあたしはファントム・ローズの背中に抱きついた。

「その仮面の下はマナお姉ちゃん何でしょう?」

「…………」

 ファントム・ローズは黙っちゃって、何も答えてくれなかった。

「あたしね、小さい頃からお姉ちゃんに助けてもらってばかり。でもね、あたしも戦いたいの」

「……早く自分の世界に帰れ」

「イヤッ、リョウを連れて帰るの、お姉ちゃんのことも。昔のようになんてムリだってわかってる。でも、少しでも昔のように、みんなが幸せに暮らせるように……」

「彼はファントム・メアとして覚醒めてしまった」

「絶対に元に戻す!」

「……そうか」

 お姉ちゃんの全身から香ってくる薔薇の香。

 はじめてファントム・ローズに出会ったとき、あたしはそれがお姉ちゃんだなんて夢にも思わなかった。声も違った、シルエットも違って見えた、何もかもお姉ちゃんとは別人に見えた。

 けれどね、もしかして……と思いはじめた瞬間から、あたしに見えるファンム・ローズは少しずつ変わっていった。

 でも、まだ白い仮面を被ったまま。

「お姉ちゃん……」

「私はファントム・メアを止めなくてはならない」

 抱いていたハズのファントム・ローズが胸の中から消えた。

 舞い散る薔薇の花びら。紅い花びらに埋もれ、一振りの刀が落ちていた。

 微かな声があたしの耳に届いた。

「サイバーワールドの法則は完全に失われたわけではない」

 あたしは刀を拾い上げた。

 この世界は狂いはじめている。住人たちの仮面が剥がされ、『ゴースト』たちが怪物と化す。

 ナギは破壊されてしまった。けれど、あたしは大丈夫。今のままでも戦える。

 巨大な咆哮が聴こえて、あたしは慌てて辺りを見回した。

 四本足の巨大な影。獅子のような引き締まった肉体。頭からは山羊のような角が生えている。

 鋭い歯が並んだ口からは、人間の足らしき物が飛び出していた。

 身体の一部が消失したゾンビみたいな人たちが思い浮かんだ。

 あたしはここで喰われるわけにはいかない。

 抜刀してあたしは巨大な魔獣に斬りかかった。

 行ける気がした。

「円月斬り!」

 刃は魔獣の前脚を斬った。それと同時にあたしは殴られ、叩き飛ばされてしまった。

 地面に片手を付いてあたしは堪えた。

 だいじょぶ、あたし負けない。

 再び刀を構えて飛び掛ろうとした。そのとき、魔獣が口から炎を吐いた。

「ファイアウォール!」

 ダメかと思ったとき、あたしの前に現れた長髪の男の人――大狼君だ。

 ファイアウォールが炎を防いだ。

 大狼君はあたしに何も言わず魔獣に向かって行った。

 巨大な口を開ける魔獣。大きく空気を吸い込んで、また炎を吐くつもりだった。

 大狼君の手が電気を帯びて火花を散らす。

「これでも喰らうがいい!」

 電撃弾が魔獣の口内に放たれた。

 内側から電撃を喰らい魔獣が咆えた。

 ウォォォォォォン!!

 巨大な身体を横転させた魔獣が消えていく。砂流れるようにプログラム言語が消える。

 あたしは大狼君の背中を見つめた。

「助けに来てくれてありがと」

「別に助けに来たわけではない」

 もぉ、素直じゃないんだからぁ。

 冷たい風があたしの背筋を撫でた。この感じ……まさか!

 ナイトメアがそこには立っていた。

「ファントム・ローズはもう何処かに消えてしまったようね」

 逃げたと思ったのに、まさかファントム・ローズが完全に消えるまで待ってたの?

 大狼君は電気コードを構えた。けれど、ナイトメアの目線はあたしだけを見ていた。

「貴女はファントム・メア様を存在させる為に不可欠なのよ。わたしと来てもらうわ」

 ナイトメアの手が差し伸べられた。その手を掴む気なんてない。目指す場所は同じでも、捕まってそこに行くつもりはない。

 あたしは刀を構えた。

 ナイトメアの綺麗な唇が嗤った。

「愚かね」

 風に流され溶けるように、ナイトメアの姿が消えた。

 姿を消したときは……だいたい背後から現れる。

 と、思ってあたしは刀を後ろに向けて薙いだ。

 空ぶった。いないじゃん。

「上だ!」

 大狼君が声をあげた。

 すぐに見上げると魔鳥のようにナイトメアが降下してくる。

 あたしは切っ先を天に向けた。

「稲妻衝き!」

 必殺の一撃はナイトメアの心臓を抜けて背を貫いた。

 余裕の笑みを浮かべるナイトメア。

「夢幻の住人でない貴女にわたしが傷つけられると思うて?」

 まるで水に落とした墨汁のように、ナイトメアの身体が広がって、あたしを丸呑みしようとする。

 飛んで来た電撃弾がナイトメアの身体を拡散させた。

 あたしは急いでその場から飛翔して、大狼君の横に並んだ。

 黒い霧が密集して、再びナイトメアの身体になった。

 この刀ではダメージを与えられないの?

 そんなハズはない。きっと、何か方法があるハズ。

 あたしは無我夢中でナイトメアに斬りかかった。

 刃がナイトメアの肩に食い込んだ。けれど、まるで霞を切っているよう歯ごたえ。切っ先は地面に落ちてしまった。

 すぐに大狼君の鞭が風を唸らせた。

 華麗に舞いながら電気コードの猛攻を躱すナイトメア。その表情に焦りの色はまったくない。

「ナイトメアとなったわたしに勝てる者などいないわ」

「驕りは身を滅ぼす」

 風を切った電気コードが火花を散らしながらナイトメアの腕にヒットした。

 ドレスの袖が焼け焦げ、赤くただれた皮膚が見えた。けれど、その傷もドレスもすぐに元通りに戻ってしまった。

 それを確認した大狼君は満足そうに頷いた。

「ダメージを与えられないというわけではないらしいな」

「貴方の魂はすでに半分以上、夢幻の海に浸かっている。この世界に長く居過ぎたのね。だからわたしに損傷を与えることができる。しかし、この程度の微々たる傷ではわたしは倒せなくてよ」

「ダメージを与えられることがわかればそれで結構」

 ナイトメアとなった彼女は本来の力を取り戻し、完全な夢幻の住人となった。それを倒すにはどうしたらいいの?

 あたしは刀に祈りを込めた。

 ――お願い、マナお姉ちゃん力を貸して。

 薔薇の香がした。それを感じたのか、ナイトメアを辺り見回す。けれど、ファントム・ローズの姿はどこにもない。

 刀が突然、眩い光を放った。刃に刻まれていく薔薇の紋様。長細かった刀がズッシリと重くなり、その刃はあたしの顔を映せるほど太くなった。

 ……力を貸してって言ったけど、重くて使えない。

 お姉ちゃんのドジ!

 だいじょぶ、あたしにならできる。

 できるもん!

 大狼君の電気コードを躱すナイトメアに向かってあたしは駆け出した。

 重くて地面に付いてしまっている切っ先から火花が散る。

 ナイトメアが嘲笑う。

「見た目だけ大そうになっても、わたしには敵わないわよ」

 クスクス嗤うナイトメアの眼が急に見開かれた。

 なぜかナイトメアの動きが止まった。

 その隙に電気コードが巻き付き、さらにナイトメアの身体を拘束する。

 そして、あたしは想い込めて刀を振り上げた。

「このバカ女!!」

 股の下から頭の先まで、ナイトメアの身体が真っ二つに割れた。

 そして、あたしの足元で二つに割れた身体が別の形に変形しはじめた。

 まさか……?

 割れた身体は二人の少女――ナイとメアになったのだ。

 いち早く立ち上がったメアが苦虫を噛み潰したような顔をする。

「おのれナイめ……」

 闇色の渦を巻きながらメアの身体が霞み消える。

「待て!」

 大狼君がメアを掴もうとしたが遅かった。

 元の大きさに戻った刀を鞘に収め、あたしは地面に倒れているナイを抱き起こした。

「大丈夫ナイ?」

「ううん、う〜ん……あまりよくない……メアにだいぶ力を……」

 ぐったりして、スゴク疲れた顔をしている。

 もしかしてナイトメアの動きが突然止まったのは、ナイが助けてくれたから?

 大狼君がナイに訊く。

「メアはどうなった?」

「空間転送、つまりワープしたみたい。けど、メア独りじゃ力が安定しないから、そんなに遠くには飛べないと思うし、座標も安定しないから飛ぶ場所も自分じゃ選べない」

「滅びてはないのだな」

 大狼君は近くにあった車の窓ガラスを割り、ドアを開けると何か細工をしてエンジンを掛けた。

「行くぞ」

 と、大狼君はあたしたちに顔を向けた。

「行くって、さっきはあたしのこと置いていったのに、なんかムカツク」

「足手まといにならないと証明されたからだ」

 なんか打算的。


 ナイはナイトメアとしてメアと意識を融合させることにより、メアがどこに向かおうとしているのか知った。ケド何を企んでいるかのまでは、意識をブロックされてしまったためにわからなかったらしい。

 そしてあたしたち三人を乗せた車は、このサイバーワールドの中心に建つという電波塔に向かっていた。

 タワーの一階にあるビルフロアが見えてきた。ガラスのドアの前には機械人が二人、見張りに立っている。

 大狼君がアクセルを踏んだ。

「少々手荒に乗り込むぞ」

 車は速度をドンドン上げながら、見張りを薙ぎ倒してドアを突き破った。

 タイヤが悲鳴をあげて急ブレーキが踏まれた。

 すぐにあたしたちは車を降りる。

 ロボットたちがあたしたちを排除しようと沸いてくる。

 電撃弾で一気にロボットを殲滅させながら大狼君が叫ぶ。

「どこに向かえばいい!」

 それにナイが答える。

「上、とにかく上!」

 エレベーターに乗ろうとボタンを押したあたしの腕を大狼君が掴んだ。

「もっと頭を使え!」

 そのまま階段まで引きずられた。

 まさか階段を上れってこと?

「ダルッ……どこまで上るんですかぁ?」

「とりあえず展望台まで!」

 答えてくれてありがとうナイ。そして、そんなに元気に言わないで、上る前から疲れる。

 すぐ後ろからはロボットが追いかけてくる。

 上から来るロボットは大狼君が電気コードで薙ぎ払う。倒されたロボットがあたしの行く手を阻むケド、文句なんて言って体力を使わず上り続けた。

 このタワーの大きさって東京タワーと同じくらいかな。あそこの展望台って何メートルにあるんだろ……一〇〇、二〇〇かも……もっと上かな?

 あはは、死ねる。

 上っても、登っても、階段ばかり。

 階段がやっと途切れ、そのフロアにあたしたちは飛び込んだ。

 広い展望台。壁は一面ガラス張りで、外の景色がよく眺められる。

 そして、このフロアであたしたちを待っていたのは――。

 白い仮面の使者。ファントム・メアでも、ファントム・ローズでもない。

 大狼君の口元が歪んだ。

「……ザキマ」

 そう、あのヘヴィメタな格好とモヒカン頭はザキマだ。そして、彼の仮面は半分だけだった。

「ケーケケケケッ、よく来たなクソガキどもと、大狼君!」

 大狼君はザキマに顔を向けたまま、噛み潰したような声であたしたちに言う。

「先を急げ、ザキマの相手は私がする」

 その言葉に重みを感じた。

 先を急ごうとしたナイとあたしの前にザキマが立ち塞がろうとした。ケド、それを大狼君が許さない。

「貴様の相手はこの私だ!」

 電流を帯びた電気コードが床を焼いた。

 がんばって大狼君……。

 ナイの後を追ってあたしは新たな階段を上った。

 もぉ、ホント何段階段上ればいいワケ?

 行く手を阻むロボットたちの姿はなかった。頑張ってあたしは階段を上り続けた。

 そして、ついに無限とも思えた階段に終わりが見えてきた。また別のところに階段があるとか、そういうトラップないよね?

 階段は一週間くらいもう見たくない。

 扉を開けて入ったその先は、真っ暗な闇だった。

 世界に閃光が走った。

 白い渦と、黒い渦が、決して混ざり合うことなく世界を取り巻く。

 まるで異次元の世界に迷い込んでしまったような雰囲気。

 どこかで女の人の叫び声が聴こえた。

 恐ろしい獣の咆哮も聴こえる。

 古びた時計の鳴る音。

 闇の中から影がヌッと現れた。

「わたしの悪夢へようこそ」

 メアが月のように微笑んでいた。

 そして、もう一つの影――ファントム・メアが現れた。

「ナギサを連れてくる手間が省けたな」

 ここまで来たら一歩も引けない。

 ケド、どうすればいいの?

 あたしはリョウに帰って来て欲しい。戦うために来たんじゃない。あの頃のリョウに戻って欲しいだけ。

 この世界を取り囲む光と闇が暴れまわった。ケド、光のほうが弱々しく感じる。横を見るとナイが苦しそうな顔をしていた。

 向かい合うナイとメア。

「メアの相手はウチがする」

「お姉さま、苦しそうだけれど平気かしら、クスクス。無理もないわ、ここは私のテリトリーだものね」

「姉が妹に負けるかボケッ! ウチが絶対この世界を光で溢れさせてやる!」

「姉と妹なんて言い方、便宜上でしょう。古来から魔力は私のほうが上よ、お姉さま」

 クスクスと嗤う声が世界に木霊した。

 ナイがメアと戦うなら、あたしはファントム・メアと戦わなきゃいけない。でも、彼に刀を向けることはあたしにはできない。

 光と闇が激しいぶつかり合いをはじめた。

 あたしは深く息を吐いて呼吸を整える。

「リョウ、お願いだから昔のリョウに戻って」

「ボクはリョウではない。昔のボクはリョウから生まれた存在だった。しかし、今は夢幻から生まれた存在――真のファントム・メア」

「違う、あなたはあたしが大好きだったリョウなの!」

「キミがリョウのことを好きだったのは、偽りの記憶だ」

 世界が整合性を取るために植えつけられた記憶。何度もその話は聴いたことがある。ケド、あたしは信じてるの、はじめは嘘だったかもしれない。

「ケド、今はこの気持ち本物だと信じてる!」

「ふふっ、偽りの記憶に躍らせれているだけだ」

「違う、絶対に違う!」

 あたしの気持ちは本物。だから、この気持ちでリョウを必ず救う。本物の気持ちなら絶対救える。

 白い仮面が微笑んだ。

「この際、キミの記憶が偽りだろうと、そうでなかろうと構わない。どうせリョウはこの世界にはもういない。キミが愛した『本物』のリョウは世界から消滅したのだからね」

「ううん、あなたリョウ」

「この論議はどこまでも続きそうだね。いいだろう、キミがリョウと信じるボクの手で、キミを新しい世界に誘おう」

「新しい世界……あたしを殺すの?」

「いいや、殺しはしない。キミはボクに吸収されるんだ。そして、永久をボクと共に過す」

 ファントム・メアが銃を抜いた。

 瞬時にあたしは刀を抜き、薔薇の力が宿った刀はその姿を変えた。

 太くなった刀の側面が銃弾を弾いた。

 あたしの耳元で囁くような声。

「今のはちょっとしたお遊びさ」

 耳元でした声はファントム・メア。すぐに横に刀を振ろうとした。ケド、あたしにはできなかった。

 それをファントム・メアに悟られた。

「ボクに攻撃を加えることができないのかい?」

「だって、だって……あなたはリョウだから!」

「違うね」

「違くない。声が、だって声がリョウだもん!」

「幻想に過ぎないよ。キミの思い込みが、そう聴こえさせているに過ぎない」

 無情にもまたファントム・メアは銃を撃った。

 今度はどうにもできず、銃弾はあたしの太腿を貫いた。スゴク痛かった。涙が出るくらい痛かった。

 想像以上にあたしの瞳から涙が零れ落ちた。

 きっと、痛くて泣いてるんじゃないの。今まで溜め込んできたものが、全部涙になって流れ出してしまったの。

 本当にリョウを元に戻せないの?

 本当にダメなの?

 だったらどうすればいいの?

 わからなくなっちゃった。

 涙を流したらスゴク疲れちゃった。

 何もかも疲れちゃった。

 このままファントム・メアに吸収されてもいいかなと思う。

 あたしの身体をファントム・メアのローブが包み込んだ。

 辺りが暗くなった。

 何も見えないけど、別に怖いとは思わなかった。

 ファントム・メアとひとつになるんだ。

 記憶が……自我が薄くなっていくのを感じた。

 遠くに小さな光が見えた。

 ぼんやりと輝く光。この暗闇の中で、ただ一箇所輝く光。暖かい光。

 ……リョウ……リョウ……。

 そうだ、リョウだ。

 あの光の中にいるのはリョウだ!

 あたしの身体が突然輝いた。

 すぐにあたしはリョウに駆け寄った。

 十字架に磔にされたリョウがいた。顔には表情のない白い仮面。あたしは仮面を引き剥がそうとした。

 でも、取れない。いくら引っ張っても取れない。

 どうして、どうして取れないの?

 ……リョウ……ねえ……リョウ……目を覚まして……リョウ……。

 声を出そうとしたけど、闇に蝕まれるように音にならない。

 ……リョウ……リョウ……。

 リョウは目覚めない。

 頭が急にフラフラした。

 何か……頭に響いてくる。

 笑い声?

 耳障りな笑い声。

 ケーケケケケケケッ!!

 はっきりと聴こえた。

 その声は!?

「てめぇは邪魔だ!」

 何か強い力によってあたしは押し飛ばされた。


 あたしは目覚めた。そして、床に手を付きながら立ち上がり絶句した。

 床に倒れているみんな。ナイとメアがいた。ザキマと戦っていたハズの大狼君もいた。

 ファントム・メアは?

 ――いなかった。

 代わりにいたのは仮面を被った別の男。それはザキマだったモノ。今はもう違う。

 半分だけだった仮面は、すでに顔全体を覆い隠していた。

 おそらく彼は覚醒めたの――ファントムとして。

「ケーケケケケケケッ!!」

 耳障りな笑い声があたしの耳にこびりつく。

 あたしは刀を構えた。

「これはいったいどういうこと!」

「ケケケッ、オレ様が一番だって証明してやっただけだぜ」

「許さない……ファントム・メアはどこ?」

「喰ってやった」

 弱った身体を震わせながらメアが立ち上がろうとしていた。

「奴はファントム・メア様の不意を衝いて……私たちを……おのれ……ザキマめ……」

「オレ様はザキマじゃねえ。オレ様の名前はファントム・メタル、世界を支配する者だ」

 メアが創った空間が壊れていく。きっとメアの力が弱ったせいだ。

 床に倒れながら大狼君は拳を握って力を込めていた。

「許さんぞザキマ……」

 ゆっくりと立ち上がった大狼君の手から火花が飛ぶ。

「喰らえ!」

 大狼君の手から電撃弾が放たれた。ケド、いとも簡単にファントム・メタルはそれをはじき返した。

 自分の放った電撃弾を喰らって大狼君が床に膝を付き、そのまま前のめりに倒れてしまった。

「ケケケケケッ! いくらやっても同じだぜ。オレ様は最強なんだからな。オイてめぇ、残るはお前一人だぜお嬢ちゃんよぉ」

 あたしは刀を強く握った。

 ……薔薇の香。

「それはどうかな?」

「お姉ちゃん!」

 あたしは歓喜の声をあげた。

 ガラスが割れるように、世界が音を立てて崩れた。

 新たに現れたのは小さな展望台。

 白い仮面があたしを見据えた。

「すまない、メアの結界が邪魔をして助けに来られなかった」

「あたしはだいじょぶ。それよりみんなが……」

「心配ない気絶しているだけだ」

 薔薇の鞭を構えるファントム・ローズ。

 対抗してファントム・メタルが両手に嵌めたツメを鳴らした。

「二人とも同時に掛かって来いよ。カスが何人束になって来ようがオレ様はかまわねえぜ、ケケッ」

 今度こそ、あたしはこいつと決着を付ける。

「神速斬り!」

 神風のようにあたしは翔け、一気に斬り込んだ。

 衝撃波と一緒に繰り出して一撃がツメで止められた。あたしの刀は一振り、ケド相手は二本のツメを持っていた。

 あたしの腹を抉ろうとするツメ。

 薔薇の鞭が宙を翔けた。

 ツメはあたしの腹を抉る寸前、鞭によって巻き絡められていた。

 ファントム・メタルは刀ごとあたしを押し飛ばした。

「てめえら、そんなヒョロイ攻撃しかできねえのかよ!」

 挑発だ。なんてムカツク奴なの。絶対に負けられない。

「これでも喰らえ!」

 あたしは叫びながら渾身の一撃を振り下ろした。

 再びツメで受け止めようとするファントム・メタル。ケド、あたしの一撃はツメを砕いて、こいつの手首を落とした。

「ぎゃぁぁぁぁぁ……なんてな」

 白い仮面が下卑た嗤いを浮かべたような気がした。

 手首の切断面からコードのような物が伸びて、それはまるで筋組織を形成するように手の形になった。そして、コードの表面はメタルコーティングされ、新しいツメが手の甲から生えてきた。

 ファントム・ローズが声をあげる。

「ナギサ、奴の弱手は仮面だ!」

 それ早く言ってよ。お姉ちゃんの忘れん坊!

 ファントム・メタルの手に絡めていた鞭をファントム・ローズが引く。スゴイ力で引かれたファントム・メタルの身体が浮いた。その鎖の付いた鉄球を投げる要領で投げられた。

 勢いよくファントム・メタルがガラスの壁に叩きつけられ、強度の強いガラスが砕け飛んだ。

 展望台に強風が吹き込む。

 窓の放り出されたと思ったファントム・メタルは、淵に手を掛けて辛うじて耐えていた。

 あたしはファントム・メタルの手を踏みつけてやとうと足を上げた。ケド、ヤツは自ら手を放して下に落ちてしまった。

 すぐに身を大きく乗り出して下を覗くと、一〇〇メートルくらい下の展望台の屋根に乗っていた。

 微かに奴の笑い声が聴こえる。

 ファントム・ローズがあたしを胸の前で抱きかかえた。

「行くぞ」

「えっ?」

 ドコになんて聞く前に、ファントム・ローズは窓から飛び降りていた。

 強い風に煽られながらも無事に着地して、衝撃はあたしの身体にまで伝わった。

 スゴク強い風。足場も悪いし、一瞬でも気が抜けない。

 なぜか突然、頭がキーンとして立ち眩みがした。

 ファントム・メタルが上を指差した。

「あれを見ろ」

 あたしは言われるままに上を見た。

 特に変わったところは見当たらない。ケド、感じる。この頭がキーンとする感じ、タワーの上のほうから発せられてる。

 あたしは鋭い眼つきでファントム・メタルを睨んだ。

「あれがなんなの?」

「ファントム・メアどもはこのタワーを使って、強い思念をこの世界にばら撒くつもりだったらしい。けどな、オレ様はあいつらが気付かねえように、コッソリと細工をしてやったんだ」

 薔薇の香が鼻を衝いた。

「小細工とはなんだ早く言え」

 低く厳しいファントム・ローズの声音。

「ケケケッ、この世界を破滅させる小細工だ」

「そんなことどうやって、早く止めて!」

 あたしは心の底から叫んだ。

 ケド、あたしの望みは聞き入られなかった。

「生憎オレ様は人の言うことを聴くのが嫌いでな」

 わかってる答えだった。でも、腹が立つ。

 落ち着けナギサ。だいじょぶ、もっと冷静になってこいつから話を聞きださなきゃ。

「いったいどうやって世界を壊す気なの、そんなことできるハズない」

「できるはずがないだと?」

 よし、挑発に乗ってきた。

「あなた一人で世界を壊すなんてできるハズない」

「いいだろう、教えてやろう。世界の中心にあるこのタワーは電波を飛ばすだけの代物じゃねえ、呼ぶこともできるんだ。そう、強大な力だ、世界を破壊するほどの力をな、このタワーに叩き落す。わかるだろう、タワーに暗黒が渦巻いてるのがよ」

 いつの間にかタワーの上には、雷雲のような暗黒が渦巻いていた。

 この場所に力が集まるってことは、タワーを壊せばいいの?

 それはムリ。

 何か制御装置のようなものがあるハズ。それを操作するか、壊せば……。

 ファントム・ローズがファンム・メタルを置いて、この場所から駆け出そうとした。

 けれど、そんな簡単にはいかなかった。

「おっと、どこに行くんだ?」

 ファントム・メタルのツメがファントム・ローズに襲い掛かった。

 ツメを躱したファントム・ローズが言う。

「制御装置は上だな?」

「なんでわかった!?」

 驚きの声をあげたファントム・メタルにファントム・ローズは静かに、

「今のは鎌を掛けさせてもらった」

「ナニぃ!」

 激怒したファントム・メタルの猛攻がはじまる。

 鋭いツメが次々と連打され、ファントム・ローズのローブを切り裂いていく。

 今のうちにあたしが!

「行かせねえぜ嬢ちゃんよ!」

 ファントム・メタルの手からステッカーが投げられ、あたしの背中で爆発を起こした。

 爆発の衝撃で屋根の上から落ちそうになったあたしに、ファントム・ローズの鞭が伸びる。

「掴まれ!」

 あたしは鞭を掴んだ。

 ケド、ファントム・ローズはあたしを助けたせいで、背中をツメで抉られてしまった。

 ファントム・ローズの背中から薔薇の花びらが噴出した。

 再び止めと言わないばかりに、鋭いツメがファントム・ローズに襲い掛かろうとしていた。

 しかし、そのとき!

 遥か上空で大爆発が起きた。

 上の展望台が木っ端微塵に吹き飛び、タワーの先端部が地面に向かって落下して行った。

「クソォォォォォッ!!」

 怒りを露にしてファントム・メタルが怒号をあげた。

 少女の笑い声が聴こえた。

「あはは、残念でしたおバカさん」

 いつの間にかこの屋根にナイが立っていた。

「大狼君がアンタの計画に勘付いて、ドーンとやっちゃってくれましたー。というわけで、アンタの計画は水の泡、はい、ご苦労さん」

 無邪気にナイは笑った。

「畜生、畜生、畜生!」

 モヒカンヘアーを掻き毟りファントム・メタルが取り乱した。

 その隙を衝いてファントム・ローズがあたしを持ち上げた。

「仮面に止めを刺せ!」

 勢いよく上に飛ばされたあたしはそのまま刀を構え、切っ先をファントム・メタルの仮面に向けた。

「あんたなんか大ッ嫌い!」

 切っ先が仮面に触れた瞬間、粉々に砕け散って爆発した。

 力なく背中から倒れるファントム・メタル。動かなくなったその顔には、真っ黒な穴が口を開けていた。

 ナイがあたしに笑いかけた。

「はい、めでたしめでたし」

 辺りに強い薔薇の香が立ち込め、あたしの意識は遥か遠く遠くに遠退いた。

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