あるタイヤの話(ショートショート13)
畑の隅に廃車が一台、倉庫代わりとして長らく置かれてあった。
この廃車。
今では車体のあちこちにサビが浮き、天上には穴まであいている。その穴からは雨がしたたり落ち、車内はボロボロになるほど腐っていた。
「わっ!」
ルームミラーが声を上げ、ダッシュボードの上に落下した。天井にしがみついていた腕が、ついに腐って折れてしまったのだ。
「おや、ついにアンタもかい」
ハンドルが哀れみの目を向けた。
「オレもさ。骨が出ちまって、最近はその骨まで腐ってきやがった」
座席がなげき節で言う。
「オレもだよ、もう閉まらねえもんな」
運転席のドアも、開きっぱなしの口で情けない声を出した。
「すまん、みんな。ワシがこうなったばかりに」
天井は申しわけなさそうな顔をした。
「いや、アンタのせいじゃねえ。オレらはこうなる運命にあったのさ」
これはダッシュボード。
彼も今、肥料の牛フンまみれである。
「ああ、ここに捨て置かれたときにな」
肥料袋の重みで変形したハンドルは、すべてをあきらめているかのようだった。
そんなときだった。
「みんなー、まだまだこれからやー」
タイヤの声がして、車体がブヨンブヨンと勢いよくゆれた。
「タイヤさん、アンタは、いつだって元気がいいですなあ」
「そうだよなあ。よくも長いこと、パンクもせんでおられるもんや」
「まったくだよ。体じゅうが腐って、そんなにヒビ割れておるのによ」
みなは感心するやら、ただおどろくやらであった。
タイヤがブヨンブヨンとはねる。
「ほら、元気を出してよ。昔はみんな、あんなに輝いてたじゃないか」
「ああ、昔はな。だが、今はこのざまだ」
「そうさな。過去の栄光なんて、もうこれっぽっちも残ってねえのよ」
「誇りはとうに捨てちまったからな。ところでタイヤさん。あんただけ、なんでそんなに気丈でいられるんやろうな?」
座席は首をかしげた。
「ホント、なんでやろう?」
ハンドルも首を大きくひねった。
タイヤが胸を張って言う。
「オレ、腐ってもタイヤ」