4-10 綾瀬
「お願いいたします、て、おしとやかに言えばいいだけじゃない。
たった一言よ、ひとこと。」
成人式に記念でとるような、高級感というか写真屋の気合があふれる
A4サイズのお見舞い写真を開いて
中身を見せつつ
叔母は綾瀬に
― 子供じゃないんだし
ダダこねないでよ。
もうそんな年でもないでしょ。
自分の賞味期限をわきまえなさい。 ―
みたいな顔をして、言うので。
綾瀬は、その眉にうんざり感を満載にして、
視線を返す。
「…お見合いしたくて、
楽団やめたわけじゃないの。」
「あのね。
そういう意味じゃないの。
楽団をやめたあれこれは、私は訊いてないでしょ?
せっかく辞めたんだし、女のシアワセってものを考えてもいいでしょ?」
…女のシアワセ
という言葉に。
綾瀬の脳裏に、柴崎との日々がフラッシュバックした。
男とか女とかそんなモノの差に意味を見いだせなかった
音楽漬け
の人生が、記憶の向こうとして感じられてしまうほど
眩しく、というより。
魂が惹かれた日々だった。
海外公演から帰って。
東京ヌーベルバーグで。
新しい世界を魅せてくれて。
倒れて亡くなってしまった。
悲哀。
に、綾瀬の視線は遠くなる。
「…だから、心機一転。
ほら、この方だって、あんたを可愛がっていた
柴崎さん?
に似ているでしょ?」
綾瀬はその言葉に。
かちん
ときつつ。
見合い写真のどや顔男を凝視し
「ちょっと貸して。」
と言いつつ
叔母から写真をひったくり。
無言で写真をびりびりに破く。
厚い紙が千切れる音。
叔母の悲鳴。
など、どこ吹く風である。
「…フランス。」
「え?」
「叔母さん、あたし、フランスに行くわ。
あたしは音楽しかないし。
音楽で分かり合える人は、一人しかいないの。」
「はあ?」
「とりあえず、私は行く。
だから、お金貸して。
お願い。」
綾瀬の意志は固くなる、につれて。
瞳の底が、輝きの回復を始めていった。
― 加瀬さん。
うん。
あの人も、分かる、はずだ。 ―




