4-6 山鼻
灰色の天井が、三橋の視界に飛び込んできた。
蛍光灯が切れかけている。
替えようかえようと思いつつ、経費節約の名目に
先延ばしに伸ばしていた交換。
― やっぱこれか。 ―
三橋は彼自身の後悔が、蛍光灯の交換とか、そんな些細なこと
であることに、一種の悲しさを覚える。
…先輩の山鼻は轢死し
轢いた男たちも大男に殺され、
彼自身も拉致され。
非現実的な大事が起きた夜の果てに。
三橋は薬品をかがされ、意識を喪う瞬間。
― あ、俺死ぬ。
…当直室の電気、直しときゃよかった 。 ―
と、思ったので。
意識を回復した時。
視界に映りこんできた蛍光灯に。
まだ彼は、大男に自身が殺害された思っていたので
― 死んでまで俺は電気か。
どんだけ電気が好きなんだよ。 ―
…と呆れていたのが、3秒。
「三橋!
起きたか!」
と、立て付けの悪いドアを勢いよく開けて飛び込んできた
山鼻。
国民的アンパン的正義のヒーローを彷彿とさせる
メタボリックにパンパンな顔。
いい年をこいてほんのり赤く血色の良い頬。
年齢に抗えず後退を続ける生え際。
何より。
とても肥えて脂肪が全体的に満ちた、巨体。
に。
三橋は簡素なベッドから飛び起きる。
「うわあああ!
お化け!」
巨体の彼はきょとんとする。
「はあ?
俺がお化け?
三橋い。」
山鼻のお化けは当直のA4ノートを手元でくるくると丸めつつ
三橋に低く呼びかける。
「は、はい。」
「馬鹿野郎…!」
スコーンと山鼻のA4ノート製特殊警棒が三橋のこめかみをうちかける
直前で。
山鼻はその手首を止める。
「おっと
頭は駄目だな。
というか、お前、MRIとかやってもらえよ。」
「へ。」
三橋は現状が呑み込めない。
茅ヶ崎まで拉致された後、意識を喪い。
それから。
当直室で目が覚めた。
取り合えず、自分が
生きている
事は分かった。
それはいい。
問題は、轢死したはずの先輩。
山鼻が生きている。
― 夢?
あ、もしかして俺死んでる?
これ、俺の願望? ―
狐につつまれた感、満載の三橋に山鼻はため息をつき
言葉を柔らかく
ねぎらいと同情をその声に乗せて
彼は三橋の水色の制服の肩に、
ぽん
とメタボ感溢れる手のひらをのせる。
「分かったよ。
つまり、お前は色々ぶっ飛んじまったんだな。
そりゃ、そうだ。
どこまで覚えてる?」
「え、と。
山鼻先輩がジープに吹っ飛ばさ…」
「いや、そういうのはいい。
俺は生きているしそもそも轢かれていない。
この通り、いつか健康診断で色々警告は受けるかもしれないが
ぴんぴんだ。
ばりばりの男盛りだ。
ローンも20年抱えている。
で、お前が、問題だ。
7番道路まで覚えているか?」
「はい。」
「ジープが来たよな。」
「はい。」
「お前、あれにめちゃくちゃ驚いて、だな。
後ろに下がったはずみでさ。
用水路に落ちたんだよ。
足は着いたが顎はうった。
がくがくしてるだろう?」
「は、い。」
「まあ、そういうことだ。
こっちに戻っても、ずっとふらふらしててさ、大丈夫かと声かけたら
大丈夫ですっていうから
仮眠室で休ませといたんだよ。
お前を。」
「はあ。」
「はあ、じゃないだろう!
お前、俺の仮眠の分も寝てたんだぞ!
心配かけやがって。
ちょっと痩せてしまったじゃないか。」
…その後も、山鼻の小言は続いた。
いつも通りである。
しかし優しい。
仮眠の時間の確保にうるさい山鼻が
時間をくれた。
それでも。
「先輩。」
「なんだ?」
「これ、夢ですか?」
「…馬鹿野郎」
山鼻は、三橋にひたすら呆れている。
「俺が夢であってほしいよ。
眠いよ。
とりあえず、係長に引継ぎ、するぞ。
起きろ。
働け。」