表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/92

3-26 意地っ張り

運転席右の防弾ガラスに

次々と

それこそ(のみ)で打ち付けるように次々と

弾丸が打ち込まれる間。

岬は進行方向、めぐるましく視界に流れ込んでくるアスファルト、街燈、街路樹、

ゆっくりと迫ってくる街道の果て

暗い地と空の(さかい)から視線を外さず。

ひたすら衝撃への覚悟を固め、襟をたてて首を保護する。


微かに。

ほんの微かに、ハンドルを右に切る。


― 間に合うか。

間に合わない、か。 ―


四つ目の(くさび)が防弾ガラスに打ち込まれた時。

ガラス全体にうっすらとひびが走り。

五つ目で、ガラス全体が粉砕される。

割れる、ではない。

爆発。が正しい。


粉砕された防弾ガラスは、無数の大小の破片となって

岬の防弾チョッキの肩や襟首

穢胡麻がくれた布に突き刺さる。

いくつかは、岬の(まぶた)の上や鼻の先を切る。

血液が風にあおられて

瞼からこめかみに流れ、やがて瞼を伝い始める。


それに伴い、右の視界は端から赤く染まって行くが痛みは感じない。

代わりに風が


ごうっ


と吹き込む。

岬の左目の端に。

ガラスの破片。

細かく砕けた粉塵が助手席に吹き込んでいくのが映る。


いくつかの粉塵はゼリーのような(きらめき)を放ちながら

穢胡麻のワンピースの臀部(でんぶ)稜線(りょうせん)の上に吹き付けられて、いくつかは

転がっていく。

 破片のいくつかは、彼女の白く華奢な太ももにその先を突き立てている。

 白のワンピースに、鮮やかな赤の染みが、円く滲み始める。


 ー 当り前だろう。

臥せていたら破片も飛ぶし刺さる。

何が盾だ。

初めの(たま)を撃たれた時点で分かっていたはずだ。

重症なのか?

手当てをするべきだ。

だが今は無理だ。

くそ。

俺は ー


後悔。

無力。

悲哀。

焦燥。

憤怒。


あらゆる感情が、粉砕された窓枠を揺らす大気の流れに乗って

後方に吹き飛ばされて行く。


こめかみに視線を感じる。

狙いは定まっているのだろう。

視界が血液でレッドアウトし

黒くなって見えない。


ー 見えない。

が。

熟練した狙撃主なら。

念を入れるはずだ。

無駄には撃たない。

かける手間は手練れの証しだが。 ー


「遅い。」



岬は圧し殺すようにつぶやいて

ハンドルを時計回りに旋回する。


血液で潰れた視界の向こうの車輌。

黒手会のジープに急接近。

フロントの先がガリッと摩擦。


ー 標的がぶれるのは慣れているだろう?

だが。

接近は慣れていないはずだ。

普通に、


まとも


なら、逃げるからな。 ー



実際

岬の急接近

並走車間距離

2mが80cmと

一気に詰められ

黒の視覚情報の処理には

一瞬の撹乱が生じた。

彼は標的の左右の揺れ

並走のずれ

に意識を注いでいた。

が、前触れもない接近である。

このとき、彼は迷わず撃つべきだったが


正確に撃ち抜く事


に執着をしてしまった。

距離が近すぎた。

適切に仕留め、もの動かぬ死体にしないと

村の車輌の自暴自棄に巻き込まれて

大破の可能性もあった。

対向車線には朝方の大型トラックが断続的に迫りはして去っては行く。

分離帯はいつのまにか進行直ぐ右であり。

タイヤの端がかかって荒く振動をはじめていた。

その振動に加えて、

先が擦れあう車体の振動も強度をます。


ここで黒は、村の雇われ運転手が

彼を対抗車線に押し出し

に来ていることを悟る。


ー 左に寄って、俺を誘い込みやがった。

この入道野郎 ー


舌打ちしかけた刹那。

黒の進行右。

ジープ後輪が大きく分離帯に乗り上げて

鬼が洗濯をするように

車体が上下に揺れた。

その揺れにより

黒の銃口には、一瞬の


ぶれ


が生じた。

その刹那を岬は逃さない。

すでに50cmまで接近していた黒手会の車輌

からのびる銃口のさき。

黒の握る柄の部分に

右手の分厚い手指を下から絡めて

逆手にひねりあげる。

極める事が目的ではない。

銃口を上空に向かせること。

撃たせる。

のが無理なら手首ごと


潰す。

黒手会の手硬骨と銃なら

骨の方が柔らかい。


岬の奥歯が力み。

治療を終えた銀歯の下が砕けた。

のと同時に銃声。


銃弾は上空にそれる。

岬は握りを緩める。


一瞬の弛緩。


が黒の肉体を生理的に浸す

時、

岬はフロントガラスの先を見据えたまま

再び黒の手首に手のひらを絡めて

下に

激流のように車輌の下をながれさる

アスファルト方向に。


がんっ


と振る。

と同時に、黒の脇を

衝撃が叩きあげる。

それは牛刀のように脇の下の肉に食い込み。

彼は、二の腕がジープ右のフロントドアによって

切断されたような錯覚を覚える。


実際は切断はない。

ただ、脇のがジープの窓枠、薄く上にせりだしたサイドガラスに

衝突しただけの話しである。

骨さえも砕かれていない。

が、黒は痛みに銃を握り続ける事も出来ず。

肩から先の二の腕に

痺れが走って、感覚そのものが、無かった。


元々青白い、黒の口元から、さらに血の気が薄くなる。


「この野郎 ー」


その野郎は運転に集中している。

瞼から血液が筋を作っている。

黒を、見ることすら、しないまま。

車体寄せてくる。


結果。

黒のジープは分離帯の凹凸をまたぐ位置にまで

押しやられる。


黒は声に笑いを込めて

「近いんだよ❗

間抜け」


と言いつつ

ハンドルから手を放して

サイドボードを迅速に開き。

滑り落ちたm1611を片手で受け止めて

そのまま安全装置をはずして

疾走する隣の車輌の運転手の顔面に

銃口を突きつける。


既に車間は30cmを切っている。

5才児でもはざさない距離だ。


それは岬も分かっていた。

ので、黒手会がサイドボードを開いた隙に

額の布を外し。

端を指でつまんだ。

隣のジープの男の腕が

銃口とともに伸びきる刹那。

布を下から振って

銃口に巻き付ける。


そのまま下にはたきおとしたかったが

それは全身の力を込めて抵抗された。

ので、巻き付けた布を、手のひらで覆うように

銃口の先を強く握る。

弾は6発なのだ。

この手を外す事はできない。


2つの車輌は並走を続ける。

黒と岬は、銃と布を介して繋がっている。


黒はハンドルから右足をかけ

右手をサイドドアの外側にだらんと

垂らしたまま

骨が浮き出た上半身は岬のこめかみを向いている。



「こっちを向けよ間抜け野郎。」


岬は返事をしない。

目すら合わせず。


無視をされた事実から、黒のこめかみに、青筋が走る。


「なら、死ねよ。」


黒は、銃口を布に巻かれて握られたまま

引き金を引く。

衝撃が、ひじに伝わる。

肩が嫌な音を立てて外れたのが分かった。


ー だけどさ。

てめえのが、よ。 ー


黒は意地悪く笑う。

塞がれた銃口ではない。

弾は発射され、

衝撃は直接運転手の腕を貫いたはずだし。


実際、岬の右手の腕は

銃口から銃口を直接受け止めたため

上腕骨と肘の一部に

複数のひびが入った。

衝撃が鎖骨すら砕きかけている。

が、砕けた奥歯をかんで耐える。

痛みを痛みで。


黒は笑い。

上半身をひねって

銃を布から引き抜く。

運転手に握力はない。

後はもう一度撃てばいい。


その時。

彼は、助手席奥の女が

首をわずかに曲げ

伏せた顔面の端から

投げた視線。

虹彩。


を、感じた。

それは異質で。

意識そのものが凍り付く何かを凝縮したような

穢れ

そのもので。


その一瞬の視線に、彼の視線があった瞬間。

悪ふざけと陽気に満ちていた、彼の世界の

光が。

暗黒に反転する。

瞳孔が開く。

それは死の直観。


― 魔女 ―



黒手会の硬直を

岬は逃さず。

握力の効かない手指に

力を振り絞って

銃口が抜けて緩んだ布の端をつまみ。

手首の先を

鞭をしならせるように、滑らかに、強く振る。

振るよりは、引く。

スナップが効いたそれは

黒の


こめかみと両の目、眉間の一帯を強く打ち。

視界が布で塞がれた瞬間。

黒のジープは振動をして

車体が分離帯から

完全に対抗車線にはみ出る。



悲鳴のようなクラクション。

鼓膜を痛める。

視界は布に塞がれたままだ。

風と言うより質量を

彼のシート後方

進行方向に感じる。


ー 見えねえし。

とっても取らなくても激突だし。

脚はハンドルにからんで激突だし。

目隠しでトラックに突っ込ませるとか。

入道野郎。

一流のどSじゃねえか。

…まあ、楽しかった、よな? ー



黒の最後の思考と共に

彼のジープは

大型トラックの右フロント一帯に

後部をひれて

一瞬宙に浮き

それから全面的に衝突し

ごみ収集車のローラーに巻き込まれる段ボールのように

ぐしゃぐしゃに破砕される。


バックミラーに映るその光景が

急速に後方に遠ざかっていくのを

左目で確認する岬に向かって

穢胡麻は微かに柴崎の胸からその

胸を離して起き上がり、微笑む。


風に黒髪が揺れる。


「終わりましたね。」

「いや。」


岬は静かに言う。

視線は正面のままだ。

穢胡麻は首を傾げる。


「終わってませんか?」

「ああ。

俺たちが終わった

と思うほど、終わらない。

それが、奴、だろう?

警戒は解くべきではない。」


穢胡麻は岬の言葉にきょとんとしてから、巨人に

再び、とても優しく微笑みかける。


「そうですね。

でも、少し停めてください。

お顔の傷の手当てをしてさしあげます。」


「俺は、いい。

むしろあんたが。」


「私も構いません。

破片は筋肉で止めましたし 。

このワンピース、防刃着で、お気に入りなんです。

血管が切れましたが深くはありません。」


「そうか。

俺も、いい。」


「ダメですよ。

血を止めないと。

岬さんでも、貧血を起こします。」


「とにかく、いい。」


「岬さんは。」



「何だ?」



「意地っ張りさんなんですね。

でも、そんなところも、私は好きですよ」



ー だから、使い方を間違えている。 ー


岬はため息をこらえつつ

何も言わない。

穢胡麻も、やはり何も言わず。

代わりに、その頬はニコニコと

柔らかく緩んでいる。


「岬さん。」

「右の腕は。」

「折れているが、まあ、あんたに砕かれるよりは、ましだ。」

「それは、本当に、そうですね。

私は安心しました。」


…彼らを乗せたジープは

減速をしつつも

一定の時速を保ちつつ、終着である藤沢に向かう。

















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ