3-25 盾
岬たちに突進してきた黒塗りのジープは、
鍵を差し込まれて回転する鍵穴のように
薄暗い直線道路を進行方向に向かって
時計回りに反転し対向車である岬たちのグレーのジープのフロントに向けてその尻を大きく振る。
ので、岬の脳裏に、江の島で車輛を狙撃された瞬間が甦る。
これは岬が黒手会にした手だ。
― 殺りにきている。―
岬はブレーキとクラッチを柔らかく切り替えて
彼らを乗せたグレージープは悲鳴のような音を立てて軋みながら
進行方向時計回りに反転を開始しつつ
対向車の斜め方向に避ける。
2つの車輌は平行を保ちつつ急速に回転し
それは独楽同士がお互いを避けているように、上空からは見える。
岬の車内では隣席に横たえられた
荷
である柴崎の体全体が慣性の力によって押し付けられる。
上に。
いつの間にか、穢胡麻が覆いかぶさって
その華奢な体全体で
柴崎をかばっている。
のが、岬の視界の端に映る。
― 荒くてすまない。 ―
岬は歯の奥を食いしばり
ハンドルを切りつつ思う。
そんな岬に
柴崎の上で伏せたまま
穢胡麻は小さく、柔らかく頷く。
彼女の黒目がちな瞳は、とても優しい光を宿している。
岬は対向車に集中する。
こめかみに、ず太い青筋が浮かぶ。
あらゆる技量を駆使して、対向車を避けなければならない。
彼らを乗せた車両は回転を続け、
進行方向真後ろ、南を向く。
一方。
黒の車輛は真っすぐに、北、進行方向を向く。
お互いのジープはそれぞれ半回転をしたことになる。
岬は黒の初撃をかわしたが、進行方向と真逆を向いてしまった。
黒はかわされたことに、特に感情を抱かずに
滑らかにクラッチとハンドルを切り
さらに後部を時計まわりに振る。
― フロントを潰すこと。
進路をふさいで止めても、勝てやしねえ。
化け物は車で潰さねえとな。 ―
黒の口元が歪む。
一方。
後部でフロントを狙われた岬は
クラッチを迅速に変えつつ
アクセルを吹かす。
後部に急発進しつつ
時計まわりに急回転。
慣性が岬の巨大な上半身を助手席方向に
引っ張る。
彼の頭蓋の中の右脳が左脳側に引き寄せられ
肺や胃や腸も、
左方向付にかかる力に押し潰される錯覚を覚えるが、
背骨に力みを入れて耐える。
穢胡麻は柴崎に、変わらず覆いかぶさっている。
力みは見られない。
自然に。
冬の初めに路地を覆う雪のように。
彼を守っている。
タイヤは黒色の地面を擦り、車体は軋みに軋んだ末に
彼らのグレーのジープは、進行方向正面、藤沢方面である北を回復する。
一方。
黒の車輛は茅ヶ崎方面、逆の南を向いてしまう。
岬は迷わずアクセルペダルを踏みこむ。
急発進。
後頭部、体全体がシートに押し付けられる。
彼らのジープは藤沢街道のアスファルト上を疾走する。
加速は80㎞を超えたが、岬は踏み続ける。
一方。
黒はクラッチを操作。
バックギアに入れて一気にアクセルを吹かす。
北方向に旋回する暇はない。
藤沢街道に並ぶ街並みが、一気に逆再生のように流れていく。
プラットフォームに立つ感覚に近い。
バックミラーは村が奪ったジープをとらえている。
時速は100㎞を超えるが不具合はない。
改造後のメンテナンスは念入りにしてある。
- 撃ち抜いてやるさ。 ―
黒は懐のM1611に手をかける。
冷たい感触が頼もしい。
一方、岬のジープは時速100㎞をっ超えた時点で
メーターが減速を始めた。
徐々に。
非常に緩やかに。
とても絶望的な何かを暗示するように、車体も左右にぶれ始める。
― くそ。
ステアリング、他がいかれ始めている。
耐えきれなかったか。 ―
岬は歯噛みをして、二車線の藤沢街道を左に寄せる。
仮に追いつかれて、例えば左につかれた場合。
柴崎と、柴崎をかばう穢胡麻
無防備な彼女たちを、黒手会に
さらす
ことになる。
これは避けなければならない。
― 盾なら俺がお似合いなんだよ。 ―
車体は時速90㎞を維持。
左の歩道を電柱がひどい勢いで後方に流れていく。
これが盾でもある。
サイドミラーに映る黒手会は、
バックのまま加速をゆるめず。
右に寄り。
そのまま岬たちと並走する。
― 並ばれた。
そう、ここからだ。 ―
岬は額にまいた布を片手で緩める。
黒は口角を挙げて、唇の両端にしわを作った。
街道を薄く照らす灯りに、目元のくまが濃くなる。
― 追いついた。
ここからだぜ。 ―
彼は左手でハンドルを握つつ
サイドの窓ガラスを下す。
明け方の大気が
ごうっ
と車内に流れ込み
黒の漆黒の髪が風に巻き上げられる。
生え際が白と黒に浮かぶ。
右手で懐から
M1611を取り出し。
並走車の窓ガラスに一発。
撃ち込む。
手首から伝う衝撃。
弾丸はガラスにめり込む。
が、割れない。
― 俺たちのだかんな。
知ってるよ。
防弾ガラスだろ。 ―
二つの車輛は時速90㎞で並走を続ける。
黒はもう一度構え。
続けて3発
連続で撃ち込む。
1発目の至近に。
3つの鉛がめり込み。
4発目を撃ち込んだ時、岬たちのジープの右サイドガラスが
勢いよく割れた。
悲鳴のような破砕音が、2つの車輛を包み流れる怒涛の大気に
飲み込まれていく。
― 上出来だ。
さすがは俺だな。
さて。 ―
黒はハンドルを固定する。
首をフクロウのように左に向け。
再び銃を向ける。
銃口の先には運転手。
上半身でもわかる
巨大な体躯の男だ。
白と似ている。
こちらは見ない。
藤沢方向を直視している。
眼の力が強い。
黒は男のこめかみに丁寧に、しかし迅速に。
狙いを定める




