3-21 嗚咽
― 反省も後悔もごめんだけどさ。 ―
黒のジープは林道を抜ける。
住宅街をしばらく縫い、茅ヶ崎駅北の飲み屋街に至り
アーケードの入り口前に停車、
サイドボードからシガレットケースを五箱抱え降りて、
けだるくドアを閉める。
― 成り立たないわな。
何もかもが、めちゃくちゃだ。 ―
入り口入ってすぐのセブンのモザイクの壁の前の暗がりにしゃがみ込む、
グレーのパーカーとだぼついたジャージの男達。
全員体格はいい。
一人を除いて。
その一人が、序列の最高位なのだろう。
余裕が違う。
威圧も。
― 全くさあ。
他人のスマホ使えなくするとか。
容赦ないよな。
おかげで。 ―
黒は彼らのそばに、足早に歩み寄り。
序列のトップの顎の先を、無言で蹴り飛ばす。
瞬間。
パーカーたちの目線が上がるので
あらわになったのど元に
次々と、その尖ったブーツの先をめり込ませる。
― 罪のない一般人の素人さんに迷惑がかかる。 ―
白目をむく男達の手元から、スマホを取り上げ
代わりに彼らの手元にシガレットケースを握らせる。
― 本当に迷惑だよなあ。 ―
せぶんの壁面のレンガに
男達を寄せて、車内に戻り
スマホの一つ、ロックの掛かっていない
液晶画面から
電話アプリを呼び出し
番号を入力して通話をタップする。
コールは三回。
「はい。柳川でございます。」
「柳川さん、いいすかあ。
黒でっす。」
「ご主人は…」
そこで黒は片眉を上げる。
― まじか。
よりによって、今晩、かよ。 ―
スマホの向こうから伝わる空気が違う。
複数の気配。
ざわめき。
電子音。
機械音。
― 柳川の爺さん、ぶっ倒れやがった。
長くはねえとおもってたけどさあ。 ―
昨日の運勢を黒は思い出す。
彼の生まれ月である、しし座は最強だった。
おそらく日付は回って、今日は最低なのだろうと推測する。
朝の占いが始まるまで、そんなに時間もない。
…話のまとめ方、というより切り上げ方を、黒が考え始めた瞬間。
スマホの向こうの空気が変わった。
「…っ!しゅか、いか」
子音の発音がおぼつかない。
おそらく、
黒手会か
と言ったのだろう。
黒は瞼を薄く落とし
受話口の向こうの景色に考えを巡らせた。
…病院。
救急外来。
ICU。
心臓は止まっていたかもしれない。
脈拍は回復。
意識は戻らず、あるいは日付も言えない状態。
チューブだらけの柳川の、そばに控える執事。
が、電話にでた瞬間。
― ICUは携帯禁止だけどさあ。
気にするヤツじゃないよなあ。 ―
黒は口元にシニカルな笑みを浮かべる。
意識を執念で回復した柳川老人に。
― 意外と、運勢は最悪じゃないかもなあ。 ―
と、思いつつ、口を開く。
「はい。
黒手会です。」
「…ぶあ、さき、はあ」
「失敗しました。
すいませんねえ。」
「…!っかもの、め!!!」
「いやあ。
違うんすよ。
俺らは動いたんす。
そしたら横から分捕られたんですわ。
柳川さん、あんたと同じか、あんた以上に
柴崎を恨んでるヤツがね。
この世にいるってことですよ。」
「…なに、を…?」
「村、てわかるでしょう。
ある程度以上の立場なら絶対知ってる、都市伝説、
の形の、こっわい組織っすよ。
毎年、
村に殺されない権利
が高っかいお値段で取引されるっつうあれですわ。
あそこと段取りつけた馬鹿がいるんですよ。
この世のどこかに。」
「…ば、かな。」
「分かります。
ええ。分かりますよ。
柳川さんだって、村、に手配したかったでしょう。
けど、わかんなかった。
手配の仕方すら、謎なやつらですからねえ。
でも、あんたができなかったことをしたヤツがいた。
で、今晩かちあったんですわ。
で、俺を残して全滅しました。
柴崎はもってかれました。
証拠の死体ならいくらでも出せますがねえ。
死体を確認するとかそんな無駄する体力、今ないでしょ。」
「ば、かに、しおって…。」
「でも、そうでしょう。
柳川さん。
あんたは何もできない。
まあ、俺もですけどね。」
「…っ……!!!」
…スマホの受話口の向こうから、不規則に、風が吹くような
音
が響いてくる。
喘息、ではない。
嗚咽だ。
― 泣いちゃって、まあ。 ―
「でも、まあ。
できることはあるっちゃあ、あるんですけどねえ。」
「…?」
「俺は一人なんでね。
柴崎を回収は無理っす。
マジで死んじまう。
けど、あれっすよ。
村を襲うことはできますわ。
柴崎を殺して写メ送るくらいなら、
まあ。
命がけですができんことはない。
で、どうしますか?
このまま安らかに死にますか?
柴崎も死ぬし、あんたも死ぬ。
世の中はちょっと静かになる。
俺はどっちでもいいっすけどねえ。」
…・黒の声はあくまでも優しく、暗い車内に響く。




