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3-20 不利

襲撃に警戒しなければならない。

…バタフライナイフを柴崎に渡した男。

黒手会57人の構成員の最後の一人はジープで去った、と見せかけて。

無関係の第三者を走り去らせ

柴崎にナイフを渡し、錯乱と自傷に誘導。

その修羅場を(おとり)に襲撃。


これまでのやり口ならば、十分に考えられる敵の意図。


― ただ、疑問が残る。―


襲撃なら、一番効果的確率が高いのは、岬が柴崎を撃った瞬間である。

一番、隙だらけだからだ。

それを何故外したのか。

警戒をそぐのか。

何か他の、


仕掛け


があるのか。

もう一人、穢胡麻の存在を警戒しているのか。

あるいは、

柴崎を錯乱させた時点と、状況が違っているのか。

実際、その可能性も高い。

要は、55人の死亡は想定外、あるいは、岬の到着が想定外だった。

など。


― どの可能性も否定できない。

楽観に行動するには危険が高すぎる。

襲撃を警戒しては、夜が明けてしまう。

時間がない。 ―


この場合の最善を、岬は太い眉間にしわを寄せて考えた。

結果、彼は一つの結論にたどり着く。


― そう。

表側の通路で俺を待つ、穢胡麻さんに、伝わればいい。 ―


岬は、彼の胸の中で高い発熱をした幼児のようにぐったりとしている柴崎を

丁寧に、床に寝かせて

小部屋の外に出る。

扉を閉め、本通路に続く隠し通路に向かって

大きく息を吸い込む。


― 襲撃の機会なら、ここだろう。

そして、俺が彼女に、伝えれるのも、ここだ。―


「え


 ご


 まさんっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


全ての横隔膜を可能な限り振動させて

肺の空気を一気に出す。

視界さえさえぎり、上半身をかがみこむ勢いを声量に変換する。

彼の全力の声は、通路の空気に振動を起こし、向こがわの扉すら、かすかに揺れる



― 隙だらけだ。

襲撃するなら今だ。

意識を失うのも。

狙撃も。 ―


岬の脳裏に、狙撃された瞬間が閃くように蘇る。

背骨の奥が硬直する。


― そうだ、俺は、怖い。

当たり前じゃないか。

覚悟かくごといったって、怖いものは怖い。

それでも、伝えなければならない。 ―


穢胡麻という女性。

彼女の信頼と、笑顔に。

応えるのが、矜持なのだ。


― 愚かで、割りにあわない。

が。―


岬は一度のけぞり、もう一度息を肺に大きく吸い込み

穢胡麻の名前を叫ぶ。

首筋やこめかみに太い筋が走る。


― 届いた、か?

いや、わからな… ―


「届きましたよ。」


とても穏やかな声とともに

隠し通路のドアが静かに開いた。

穢胡麻の白いワンピースが、暗がりに浮き上がる。


岬は一瞬、目を疑う。


― 速い。

外で待機していたのではないのか。 ―


穢胡麻は苦笑しつつ言う。


「私の足は、普通の人より少し速いのです。

それは村人として驚くことではありませんが。

岬さん。

あなたの声には驚きました。

正確に言うならば、声にのせられた、想いが。」


「あ、ああ。」

岬は戸惑う。

必死だった。

ただそれだけだが。

必死の想い、が。


「駄目ですよ。

一応私も少年兵とはいえ、女ですからね。

強い気持ちを叫ばれると、照れてしまいます。」


その照れを隠すように、穢胡麻ははにかみつつ

岬に向かって歩き出す。


「穢胡麻さん。」

「はい?」

「来てはいけない。襲撃の可能性がある。」

「…大丈夫ですよ。

逆に、来てくれた方が楽です。

ここは、もう私の間合いですから。」


何事もなく言って

穢胡麻は岬の前を通り過ぎ

小部屋の扉を開き、かすかに首を傾げてから

床で酩酊を続ける柴崎の額の隣に

かがみこみ、


そっと


彼の額にその白く柔らかな手のひらをあてる。

と、柴崎は酩酊から、昏睡。

と言えるほどの深い眠りに陥り。

規則正しい寝息を立て始める。


「命は。

大丈夫ですね。

とても強い、心の人です、ね。」


「ああ。」


「強い人にありがちですけれど。

とても、傷ついています、ね。」


穢胡麻は寂しそうに言い

岬はそんな彼女を見下(みおろ)しつつ


― 感情の移入は危険だ。 ―


と、思う。

彼を、

かがんだまま彼女は見上げる。

白いワンピースのすそが揺れる。


「大丈夫ですよ。

お仕事ですから。」


「ああ。

そうだな。

…そして、すまない。

柴崎が錯乱していた。

指を傷つけようとしていたので、

そこに転がっている銃で撃った。

麻酔銃だ。」


「はい。

見れば分かります。

とりあえず、ここをでましょうか。」


穢胡麻は立ち上がり。

そんな彼女に、岬は


「ああ。

そうだな。」


とうなづいて、柴崎にかがみこみ

その背の下に両手を差し入れて

両腕に抱え上げる。


穢胡麻は、すでに入り口に向かっている。

その華奢な後ろ姿が


― 私が前を行きますので、安心してください。

大丈夫、ですよ。 ―


と言っているようで、

岬は表情に困る。

普通は、逆なのだ。

が、それでも歩調は乱さない。


…通路を行きながら

穢胡麻は話す。


「柴崎さんについては。

あまり気に病まれないでください。

私がこの方の前に立っても、錯乱されたでしょうし。

私は驚いて。

もっときついことをしたかもしれません。」


きついこと、について、想像をしたくない想像が岬の頭をめぐり。

そんな岬に彼女は続ける。


「とにかく。

あなたの行動は正しかった。

ということです。

問題は、ここからですけどね。」


本部の出口。

やたらと長く感じた通路の果ての出口に

せすじを


すっ


と美しく伸ばしてたたずんで。

穢胡麻は淡々と言った。


実際、彼女の言葉は正しかった。

問題はここからなのである。


黒手会の最後の一人の所在が知れない。

いつ、襲撃をかけてくるのかが、

あるいはどんな罠があるのか分からない。


「穢胡麻さん。」

「はい。」

「考えを整理したい。

話しかけても、いいか?」

「どうぞ。」


岬は息を深く吐く。


「黒手会の最後の一人。

まあ、あんたの、俺、みたいな外注がいるかもしれないが

最後の一人、はどう考える?

55人は潰された。

俺たちがこの先、藤沢までの道を走る。

てことは、柴崎の錯乱、の罠はクリアか、何らかの解決があったという事だ。

さっきすれ違ったのが、ヤツ、なら。

こっちが二人というのは分かっているはずだ。

有利不利なら。

常識的に考えて、こちらが圧倒的に有利だ。

この状況で。

ヤツならどう、仕掛けて来る?」


穢胡麻はその白く柔らかい指の先で、自らの上唇をなぞる。


「そうですねえ・・・。

まず初めに。

『常識的に考えて、こちらが圧倒的に有利だ』

と考えるほど、私たちは不利になります。

それは、あちらの方の舞台なので。

次に。

移動する車内は、私の間合いではありません。

どちらかというと、岬さん。

あなたの間合いです。

さらに言えば。

柴崎さんは


眠って


います。

…戦闘が起きれば。

この方は、ご自分で指を、守れません。」


「そうだ、な。」


「はい、圧倒的に不利なのは、私たちのほうですよ。」


そう言って、穢胡麻は岬の横顔を見上げつつ

その口角を柔らかく上げた。
































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