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手品という悪夢

 岐阜駅に併設されている高層ビルの最上階に「フォーティスリー」というフレンチレストランがある。

 この店はエレベーターを通路に出て左に行くとたどり着くことができる。

 入口では、すらりとした白の制服に身を包んだ店員が微笑みと共に迎えてくれる。店内には古典的な管弦楽が穏やかに流れ、照明も空気もしっとりと落ち着いている。

 窓際の席では展望室と変わらない景色、岐阜の夜景が一望できる。

 クラシカルでどっしりした椅子は安定感がありつつも座り心地は柔らかい。


 岬はこの椅子に座っていた。

 臀部や太腿が尋常ではなく太いため、椅子から筋肉がはみだしているが、どうにか収まっている。

 彼の太腿には清潔さが極まった白いナプキンが敷かれている。

 彼と穢胡麻が囲むテーブルには、彩野菜と合鴨のテリーヌ、南瓜のスープ、シェリー酒、舌平目のポワレ、メインの子羊のグリルなどが一定の間隔を置きつつ運ばれてくる。


 合間に、穢胡麻は銀製のフォークとナイフで肉や魚を丁寧に切り分けつつ、仕事の手順を語った。

 その手順は詳細にわたるが、岬には仕事として慣れ親しんだ範囲を逸脱するものはなく、軽く肩透かしを食らうような感覚を覚えた。

 が、表情には出さず、疑問に浮かぶ点は訊く。穢胡麻は答え、二人は詳細を詰めていく。


 デザートのチョコレートのタルトが終了して

(岬はタルトには口をつけず、穢胡麻がもったいないという顔をしたので彼女にそっと渡した)

 ダージリンティーが紅く揺らめくカップを両手で包み口元に寄せながら、穢胡麻は言う。

「以上が、岬さん、あなたに依頼する仕事の全てです。色々な事をお伝えしましたが。貴方はこの全てをきっちりと行う必要はありません」

「そうなのか」

「はい。お伝えした手順は、あくまでも村で試算した結果ですから。試算と実際が違う事態となった場合は、岬さんの判断で事態を処理頂いて結構です。私達が最終的に望むのは、柴崎さんを決まった時と場所で引き取れる事。望ましい結果を受け取れるなら、過程や手段は問いません」

「そうか。常識的な依頼で安心したよ」

 岬は静かに言い、穢胡麻はその白い頬に微笑みを浮かべつつ、頷いて言う。

「それで、ここからが非常識な依頼なのですが。……柴崎さんの指は、絶対に傷つけないで下さい」

 岬はその太い眉を片方だけ上げて問う。

「非常識なのか?色々な客がいる。顔を傷つけるな、とか言ってくる客は多い。もちろん細心の注意を払うさ。だが、それのどこが非常識なんだ?」

 穢胡麻はぽかんと岬を見た。

 それからただでさえはの字な眉毛を、さらにはの字にして、いささかの戸惑いを耐えるように微笑む。

「岬さん」

「なんだ」

「こわがらないで下さね」

 岬の分厚い耳たぶが、一瞬熱を持つ。


―馬鹿にしている。俺が、こわがる、だと?侮蔑、挑発か?しかし理由がわからないー


 穢胡麻は巨人をしり目に白の長財布からSDカードを一枚取り出し、彼に渡して言う。

「柴崎さんの写真です。確認してください」

 岬はカードをエクスペリアに差し込み、画像を確認する。


 濃紺色の背広の男。背は高くはない。中肉。

 綺麗に揃えられた口ひげがよく似合う整った顔立ち。

 画面に視線を落としつつ、穢胡麻に了承を求める。

「保存してもいいのか?」

「はい、どうぞ」

 穢胡麻はテーブルに淡いピンク色のハンカチを敷いている。

 岬がSDカードを返すと、彼女はその華奢な人差し指と親指の先でカードをつまみ、胸の前、テーブルの上のハンカチの上空の、カードの先に、じっと、視線を集中する。

 その指は動かない。

 岬も彼女の指先に思わず引き込まれる。

 フォーティスリーの掛け時計の秒針がゆっくり五つの秒を刻む。

 うっすらと、穢胡麻のこめかみに、細く青い筋が浮かぶのと同時に、SDカードに斜めにひびが入る。

 その裏にも。

 やがて次々と。

 最終的に、カードは粉々になり、穢胡麻のハンカチに落下する。


 岬は静かに言う。

 できるだけ、動揺を滲ませないように。


「……まるで手品だな」

「はい。手品、です。柴崎さんの手に傷がついた場合。岬さんの手も、こうなります。私が、こうしなければなりません」

 そう言って穢胡麻は柔らかく口角を上げ、岬の背筋には、悪い夢のような寒気が走った。

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