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3-17  錯乱

穢胡麻と岬、そして萩沢が事務所を捜索した時。

岬は罠を警戒したが、

穢胡麻は迷いなく通路を進んでいった。


「まあ、それもそうか。

全員突っ込んだなら、罠の必要もない。」


事務所のPCを立ち上げて、黒手会の名簿と本拠地見取り図を確認する時に、

岬はそう呟いた。


構成員は57人。

林道ですれ違ったジープに一人か二人。

以外は全員倉庫にいて、死亡した。

つまり。


黒手会は勝負をかけて、穢胡麻に敗れた。


パスワードは、地下に続く隠し扉の奥の部屋で

銃を構えていた年配の男から聞き出した。

痩せぎす。

針金のような男で、

岬は


― 簡単に割らないかもな。

 口は。 ―


と、思ったのだけれど。


穢胡麻が柔らかく口角を上げて。


「こんばんは。

私は、村から来た穢胡麻と言います。

情報を求めています。」


と微笑みつつ言うと。

尋常ではない震え方をして。

そのまま口を割った。

銃は岬が取り上げて、それからその太い片眉を上げる。


―麻酔銃、か。

つまり。

汚い仕事はすべて、部下にやらせていた。

あるいは、実質的な責任者ではない、とみるべきか。

とにかく、こいつは限りなく素人に近い、その筋だ。 ―



複雑な表情をする岬をはために、穢胡麻は苦笑をする。


「パスワードに嘘はない、のは分かります。

けれど、あまり健気な対応をされても困ります、ね。

無線でお伝えしたとおり、貴方を潰すことは

もう変えようがないのに。」


穢胡麻は岬に目配せをする。

岬はうなずいて、萩沢の襟首をつかみつつ

一階の通路に戻ろうとする。


穢胡麻は彼らの後ろ姿を確認してから

男に向き直り

一歩を踏み出すと。

男は一歩後ずさる。


瞬間。

 

狂人のような寄声。

何かを割くような、甲高い悲鳴。

岬の手元、襟元をつかまれた背広から

体をくねらせ無理やり抜けて

萩沢は男に向かって駆け出し

そのまま飛び掛かる。


飛び掛かられた男は抵抗するも

発狂した獣のような形相の萩沢に

抗う力も尽きる。


ぽかん、と口を開けて見守る穢胡麻の脇に立って。

岬は問う。


「まあ。

こいつの気持ちも分からなくはない。

ずっと、監禁されて、顔も変えられた。

恨みの濃さなら誰よりも、なわけだが。

いいのか?」

「はい?」


穢胡麻は岬の横顔を見上げる。

岬は穢胡麻を見ない。


「つまり、あんたがこの男を処理しなくていいのか?

てことだ。

こいつ、萩沢に仕事を取られても、差支(さしつか)えはないのか?」


問われた彼女は、その人差し指の先を、上唇にあてて考え込む。


「…そうです、ねえ。

こちらの、黒手会のお方は理には該当しませんし。

私としては、壊滅さえできれば文句は出ません。

それに。」


「ん?」


穢胡麻は岬を見上げて苦笑する。


「とっても怖い岬さん、を振り払ってまで、果たしたい思いが

萩沢さんの中にあるのなら。

水を差すのも無粋(ぶすい)かと。」


― あんたの方が、怖いよ、穢胡麻さん、 ―


と思うが、岬はもちろん口には出さない。


「じゃあ、こいつらはほっといてもいいんだな。」

「はい。

今の優先順位は柴崎さんです。

もし、萩沢さんを振り払って逃れたとしても

後日私が処理に動きます。

ジープで去られたお方も含めて、ですけど。

今は、柴崎さんですね。」


「だろうな。」




…事務室に二人で戻り、パスワードを入力しつつ。

穢胡麻は目を凝らし、本拠地見取り図に集中する。


「ここの小部屋です。

行きましょうか。」


「…なあ、穢胡麻さん。」


「はい。」


「あんたの依頼は、まだ有効か。」


「ええと、それは。」


穢胡麻は首を傾げる。


「俺は間違えまくった。

狙撃はされる。

発信機を信じ切って、まんまと騙された。

けれど、あんたのおかげで、今俺はここにいる。

が、それでも、まだ、依頼は有効か。」


岬の奥歯が硬くなる。

彼を見上げて。

穢胡麻は柔らかくほほ笑む。


「はい。

依頼は有効です。

この依頼をお願いできるのは

岬さん。

あなただけですし。

あなたで良かったと、私は心から思っていますよ。」


その声は彼女の微笑みと同じほどに

柔らかで優しく、穏やかで。

その穏やかさが、

岬の胸を打つが、彼はその巨体に力をこめて、こらえつつ、言う。


「なら、俺に行かせてくれ。

柴崎を確保して、あんたに引き渡すのは、俺だ。」


岬の目に力がこもる。


― そう、これは矜持だ。 ―


それに、不安があった。

穢胡麻には、55人分の死臭がまとわりついている。

感覚の鋭い柴崎なら、確実に感づく。

それからどういう状態になるのか分からない。

まだ、指が傷ついてないのなら。

おそらく、ここが分水嶺(ぶんすいれい)なのだ。


…実際、そう考えた岬の思考は正しく。


隠し扉を二つ抜けた、隠し通路の奥の小部屋。

(かんぬき)をかけられて内側からは開かないという古典的作り

の、閂を外して、岬が扉を開くと。


すでに。

柴崎は錯乱に近い状態だった。


彼は、岬を視界に収めたとたん。

小部屋中央の机に左手をつき。

扇を開くように開けて。

右手で握ったバタフライナイフを、振りかざす。


その軌道の先には、彼の左小指がある。















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