表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/92

3-16 わがまま

穢胡麻は胸を打たれた。

岬の覚悟と矜持に。

彼が来たという事実ではない。

事実から、にじむ何かに。


― もしかしたら。

忌麟(きりん)が先生の料理を完食するたび、

先生は、あの子に胸を打たれた、て言ってたけど。

もしかしたら。

こんな、気持ちだったのかも。 ―


…ちなみに忌麟は穢胡麻の友であり、故人である。

彼女を瀕死に追い込んだのは穢胡麻であり、止めをさしたのは彼女の師匠であるが、

ここで詳しく語る話でもないので、気になった方は番外編をお目通しいただきたい。


彼女の胸と頬はとても熱くなり

油断するとその細く黒めがちな瞳の(はし)が潤みかけるので

代わりに、頬をゆるめてはにかんだ。


「逃げても良かったのに。

怖かったでしょう。

ここに来たら、私の手にかかるかもしれなかったのに。」


岬は穏やかに応える。


「逃げたら、あんたが追いかけないといけなくなるだろう。」


「そうですね。

岬さんが永遠に逃げてくれたら。

私は、永遠に、岬さんと追いかけっこができますね。」


いたずらっぽく、穢胡麻はその細い片眉を上げる。

合間にも、頬の紅潮は止まらず、

彼女はさらに、自らの発言に羞恥(しゅうち)を覚えて、

最終的に、ゆでだこのようになり、

頬に手をあててうつむく。


彼女の美しい黒髪にうずをなす、つむじをみおろしつつ

むずがゆいものを覚えながら、岬は再度、今度は落ち着いて倉庫内に視線をこらす。


― 何というか、凄惨な現場で、場違いなことこの上ない。

というよりも。

 確認を必要とすべきことは、目白押しだ。 ―


「穢胡麻さん。」

「はい。」

「この男は、柴崎ではない。」


岬はコンクリートに手をついて、嘔吐を続ける萩沢を指さして言い、

穢胡麻はうなずく。


「そのようですね。

把握できました。」

「驚かないんだな。」

「黒手会さんは、ポーカーがお得意そうですから。

あまり不思議はありませんね。」

「そうか。

で、確認だが。

中に、柴崎らしい男はいたか?」


穢胡麻は上空。

まだ朝の気配が見えない夜空をみあげる。

星がいくつか、明け方も近くなって、熱がいささか引いた大気に(きら)めいている。

しばらく考えこんでから、岬に首を傾げる。


「柴崎さんは、武に()けていらっしゃいますか?」

「いや。素人中の素人だ。

 喧嘩はおそらく、そこまで弱くはないが。

 武といえるものは欠片もない。」


岬の言葉に、穢胡麻は安堵のため息をつく。


「良かったです。

私が処理した方々には、どういう形であれ、武の(いしずえ)がありました。

あ、岬さん。

あなたに似ている方もいらっしゃいました。

とても誠実そうな、方で。」

「念のため確認したい。

あと、そうだな。

穢胡麻さん。

わがままを聞いてもらっていいか?」

「…はい。私が受けれる事なら。

いくらでも。」


穢胡麻はそう言って、岬に微笑みつつ、うなずく。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ