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 3-13 死

小出川の河川敷沿いに

輸入販売自動車の陳列場がある。

日中は、人の出入りは少ない。

住宅街や、西に延びる幹線とは近いものの

人気(ひとけ)とは絶妙に外れた立地にあるため、

出入りの少なさを注目するものはあまりいない。


陳列場の脇には大型の整備倉庫。

三階建てくらいはある大きさの鉄骨の方形(ほうけい)

その隣に二階建ての事務所がある。

年季ははいっているが、手入れはよくされて、みすぼらしくはない。


穢胡麻は住宅地を縫い切り

林道を短く抜けて。

灯りの消えた事務所の前に、スズキの軽を乗り付けた。

時計は午前の三時を回っている。

夜が明ける前に、藤沢で柴崎を受け取ればいい。

時間はある。


彼女は狙撃の気配を探りながら

車をゆっくりと降りて、見渡す。


事務所隣の倉庫から

ぼんやりと

暗いオレンジの光がにじんでいる。


穢胡麻は光に誘い込まれるように、

真っすぐその倉庫に向かって歩き。


何の躊躇(ためらい)もなく

鉄骨製の開口部をくぐる。


と。


シャッターが閉まる。

中々勢いの良い閉まり方だ。


ふいに、天井の照明がつく。

時間のかからない、蛍光灯から。

やがて、大型の白熱灯が。


倉庫内のすべてに、くっきりとした輪郭を与える。


男達。

背は多種多様。

顔立ちも。


ただ一様(いちよう)に、目つきには険しいものがあり

黒の背広と、手首に入れ墨。


― 55人、か。

うん、まあ、それくらいだよね。 ―


穢胡麻を丸く囲い込むように仁王立ちする男達を

さっと見渡してから、彼女は正面

男達の奥から出てきた白ずくめのスーツ男を目に止める。

背が高い。

岬と同じか、やや細いくらいの体格。

額を覆うようにびっしりと密度の濃い黒髪も、岬を思い出させる。

違うのは、メガネをかけていることと、スーツくらいで。


― この人も、真面目に仕事をする人、なんだろうな。 ―


と、思いつつ、穢胡麻は白スーツを緩く見上げる形で

柔らかく口角を上げつつ、言う。


「こんばんは。

貴方が、黒手会の責任者さんですか?」


「違う。」


…本当に一人できたな。

待ち伏せが分かってて入って来やがった。

なめられている。

いや、自信と裏付け。

手口が分からない。

同士討ちを誘う手口か。

銃は使わない。

格闘の得意な男達で上から抑え込む。

身動きをできない形にして(ひたい)を打ち抜く。

仮に男たちがあしらわれても

その上から、積む。

どんな技量があろうと、結局は物量だ。


とでも言うような顔を、白スーツはしているので。

穢胡麻は苦笑して。


彼との間合い。

10mに一歩を踏みだす。


次の刹那(せつな)

穢胡麻は白スーツの顎下で

彼を見上げている。


彼女が立っていた場所には、ほこりのような白い煙が立って

床は焦げ付いている。


白スーツの瞳に驚愕が一瞬浮かぶ。

が、次の一瞬で。

男は上半身を獰猛(どうもう)に回転させる。

巨大な右拳の指先には全て指輪がはめられている。

指輪には、先の尖った宝石。

半円の軌道の先は穢胡麻のこめかみであり

すでに黒髪がまきあげられて

(ひたい)の白い肌が(あらわ)れている。


―おしゃれ、だなあ。

こういう出会いじゃなかったら、

喫茶店でお茶とか飲んでもいいかも、だけど。―


穢胡麻は苦笑をして

男の右拳をその左手のひらで

柔らかく受け止め、手首をからめる。


もう片方の、腰の向こうにひかれた彼の左拳にも右手を伸ばし


結果的に、穢胡麻は白スーツの両手を

その華奢な両肩の斜め前にたぐりよせる形になる。


そこでもう一度。

彼女は彼と視線を合わせて、その口角を柔らかく上げる。


「貴方の死が、美しくありますように。」


そう言って、彼女は。


乗馬の騎手が手綱を握って


くいっ


と。

手首を振るように、振る、と。


男の両肘が関節と逆方向に曲がり

肩が大きく揺れて

両足のつま先が


ふわあっ


と宙に浮かび

それから、強風にはためく

布のように巨体全体がばたばたと揺れる。


台風の路上で吹き飛ばされないように電柱にしがみつこうとして

体が浮いている、そんな映画の1シーンにも見える。

が。

男は白目を()き、その意識はすでに飛んでいる。

そもそも、頚椎がありえない角度でねじれているので。

意識どころの話ではない。

巨体はバタバタと、倉庫の白色灯の下をはためき続ける。

股間が失禁し、黄色い尿や涙やよだれ、真紅の血液が

いくつもの水滴となって後方に飛ぶ。


はためくたびに

太く無機質な音が倉庫に響く。

いくつもの骨が粉砕されていく。

砕けないのは両手首の先くらいで。

その二つを柔らかく握る、穢胡麻の背筋は、


すっ


と。

真っすぐで。

何事もないかのように。

平然とたたずんでいる。


…白スーツの肘や背骨、膝から折れた人骨が赤黒く突き出て

ほぼ人の形を成さなくなるまでに要した時間は、

一秒を満たすか満たさないかという合間だったが。


それ。


を目撃した、54人の男達には。

とても(なが)い永遠のように感じられた。

それは恐怖というより、ありえない、(つね)ならざる、何かのために。


穢胡麻はそんな彼らを傍目(はため)

白スーツだった

もの

の手首を放して

それが、天井近くの壁に激突して、

鮮烈な赤いペンキを

なすりつけ荒い筋を作りながら

落下する。


間に。


男達を見渡して。

再びその口角を、柔らかくあげて、言う。


「貴方たちの死も、美しくありますように。」






























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