3-11 価値観
穢胡麻のスズキの軽は辻堂海浜公園を左にして、西に進む。
丁度信号待ちになった時点で、村特製携帯を確認する。
岬の様子から、暗号は伝わっている事が分かった。
全文は理解されている。
しかしサイトにアクセスは無かった。
つまり、意図は伝わっているけれど。
二番目のメッセージ。
穢胡麻個人との連絡手段の確保、には。
無言の謝絶という返答が返ってきたということだ。
そのことには、穢胡麻は特に不満はない。
それは岬の判断であり、そもそも穢胡麻自身どうすべきか分からないから
岬にゆだねたのだ。
むしろ、暗号を解読してくれた、ということに、
穢胡麻は胸に温かさを覚える。
― 本当に、一生懸命で、誠実で、温かい人だ。 ―
常ならざる能力に人は恐怖と、嫌悪を抱く。
不気味ともいう。
その嫌悪は、村人が背負うべき因果の一部だ。
岬という人の中にも、恐れはある。
用心の深い人でないとできないのが彼の仕事だ。
けれど。
恐れつつも
誠実に、仕事に臨もうとしてくれている。
何より、大きな体を、恐怖にしぼませないように。
精一杯、胸を張ろうとしてくれる姿は、とても可愛らしく
胸の奥が温かくなって、笑みが自然にこぼれる。
―私はあの人のことが、とても好きだ。―
穢胡麻は、先生の言葉を思い出す。
「村の外には、色々なヒトがいる。
醜くも美しくもあるけれど、彼らはみんな、愛すべき人たちだよ。」
村では、
生と死は等しく美しい。
とずっと彼女は教えられてきたし、そういう価値観のもと
人を殺めてきたけれど。
岬との時間を胸で反芻する時、彼女は先生に伝えたいと思う。
「死は、美しいけれど。
生は、胸に迫るもの、なんですね。」
懸命に生きる岬が、無言の謝絶を翻して
連絡を取ってきたら、素直に受けようと思う。
そういう場合は、
よほどのこと
が起きているという事だ。
という事で、穢胡麻が携帯を取り出した瞬間。
携帯の液晶が点滅して、電源が落ちた。
つまり、壊れた。
― 今日、結構使ったから。 ―
無線の半導体を焼き付かせる波長の電波を流し
ライン経由でスマホを破壊するコードも流した。
かなりの酷使をしたので、壊れることに文句はない。
けれど。
穢胡麻は
小さく肩をすくめた。
― でも、することは決まっている。 ―
信号の灯りが青に変わったので
彼女はスズキの軽を発進させる。
携帯が壊れる前に、
黒手会の無線情報は把握していた。
逆探知も済んでいる。
発信機の密集地帯。
茅ヶ崎は小出川の近く。
警察の検問地帯からは綺麗に外れている。
とても分かりやすい。
― そう、とても、分かりやすいお仕事なのです。 ―
穢胡麻はその細い首を
こきっ
と鳴らし。
彼女を乗せた軽は、茅ヶ崎の入り組んだ住宅地帯を縫い始める。
たくさんの街燈のおかげで、うっすらと明るい。
その先に、彼女は予想する。
…とても、おびただしい
死と闇を。




