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北に投げる視線
穢胡麻は岐阜を覆う暗い山々、方向からして飛騨高山、に視線を投げて何かを思案している。
岬は彼女の隣で穏やかに佇んでいる。
基本、彼は先を急かす人間ではない。
急く事が必要とされる場合は、その行動は怒涛であり、問答を要しないけれど、そういう状況を除いては静かな人なのである。
それは穢胡麻に対しても変わらなかった。
「……素敵な展望室ですね」
穢胡麻は視線を遠くに投げたまま、ぽつりとつぶやくように言うので、岬は頷く。
「ああ。まあ、展望室とはそういうものだが」
穢胡麻は横の岬を見上げて、柔らかく微笑む。
「素敵なことです。もし、許されるなら全国津々浦々の展望室を巡り、眺めを望んでみたいものです」
岬は彼女の言葉に首をかしげる。
「……許されないのか?」
「私は村の人間ですから。……行きましょうか。こちらの奥にレストランがあります。そちらで仕事の話をしましょう」
穢胡麻はそう言って、柔らかく口角を上げてから、くるりと踵を返し、歩き始めた。