3-6 引き金
ちび助の脊髄が視線に反応する。
上半身を横に回転。
腰の後ろに構えていたナイフの先が
巨体の脇腹に衝突する
が
肋骨をぬって肉にえぐりこむ感覚は
柄を握った拳の先からは伝わらない。
防がれている。
防刃繊維。
ちび助は動じない。
柄を手放しつつ
回転に勢いをつけ
踵を後ろから回して蹴り上げる。
鉄を仕込んだ踵は容易に顎を砕く。
それが巨人だろうが賽の河原だろうが。
問題は無い。
はずが。
片手で防がれた。
刹那。
黒い男は巨大な腰を沈め
全身を回転させる。
までが、ちび助が認識した一部始終である。
巨人、岬は回転と重心のベクトルを手のひらに集めて
モヒカンのみぞおちを
二度
打つ。
一つ目の衝撃で。
彼の胸骨、肋骨全体が脱臼する
― それは心臓などの致命的な臓器を損傷から守るための、
骨格的なヒトの仕組みである ―
二つ目で。
彼の胸骨、肋骨が、まるでピアノ線または中華料理の牛刀のように
心臓や肺を寸断し、押しつぶす。
同時にちび助が落としたナイフがアスファルトに衝突落下して
からからと乾いた音を立てる。
― 強い力で二度、心臓を打つ技術。
これは昔、岬が救出依頼をこなした娘の親。
古武術家である骨接ぎ師から教わったものであった。―
ちび助の、心肺停止ずみの肉体が、ぐらりと崩れる
その喉元を
岬は右手でつかむ。
そのまま一歩を踏み出す。
手のひらで顔面をかばっているため
前方の確認はできない。
が、方向は分かる。
―さあ。
ここからは賭けだ。―
彼は大きく振りかぶり
メジャーの剛速球が売りの選手のような体勢になって
そのまま
モヒカン頭の死体を前方に
ぶおんっ!
とぶん投げる。
双葉は。
卍のような形となって、宙を飛ぶというより
隕石のように顔面に向かって衝突してくる弟分の死体を
半身でよけながら
突っ込んでいたポケットからデリンジャーを引き抜き
巨人の心臓を狙撃する。
茅ヶ崎駅のホームで貨物列車が鼻先を通過した時のような風圧を感じながら、
命中を確認。
男の胸元が丸くへこむ。
双葉の後方で
モヒカンの髪も風圧にへこみながら
警察車輛の天井をかすめて
車輛の後部の闇に消える。
…それでも巨人は止まらない。
双葉が死体を避けた合間に
二歩、大股で進んでいる。
防弾繊維。
― 良かった。
俺の間合いだ。
柴崎を撃たれていたら終わっていた。
俺を始末するという判断は正しい。
射撃も正確だ。
本当に、良かった。 ―
岬は、手のひらで相変わらず顔面を隠しながら思う。
そのまま進もうとすると
双葉が
「止まれよ。」
と言って、スラックスのこめかみにデリンジャー
小型銃の先を突きつけるので、岬は歩みを止める。
双葉の口元に余裕が浮かび
次に白目が細かく血走る。
「何してくれんだよ
この野郎。
ちび助が死んじまったじゃねえか。
顔見せろよこの野郎。」
「顔は無理だ。
撃たれるからな。」
「は!
当たり前だろう。
そもそもてめえ誰なんだよ?
無印ばばあの連れか?」
―無印ばばあ―
という言葉に心あたりはないものの
無印という単語に穢胡麻を連想して
岬はばばという単語を不快に思う。
「村に依頼されてここにいる。」
「は、はあ。
わかった。
お前強襲班潰して狙撃たれた間抜けだろう。
生きてやがったんだな。」
「ああ。
その間抜けだよ。」
「とにかく顔見せろや。
マジでこいつ撃つぜ。」
パンチパーマが指先に軽く力を込めると、スラックスの中肉中背が
がたがたと震え、その長めの髪を両手で抑える。
―指が心配だ。―
「お前がそいつを撃ったら、俺がお前の首をへし折る。
もう、俺はお前の
手の先
にいるんだ。」
「は!
ははは。
やってみろよこの野郎・・・!」
双葉は口元に、残酷な笑みを浮かべ。
同時に。
デリンジャーの引き金を引いた。