3-3 豚
黒塗りのジープは山鼻をはねてから農道の端に向かって緩い弧を描くように蛇行し
フロントの先が路からはみ出て用水路に落ち込む手前で
ぎぎぎぎと、硬いゴムをコンクリートに擦り付けるような音を立てながら
冬のブラックアイスバーン
路上に薄く張った氷の上で、車が回転するように
進行方向時計回りに尻をふって
止まった。
丁度、暗い農道を斜めにふさぐ形で
にしき蛇が地を這うように、ブレーキ痕が薄い煙を上げながら
ジープのタイヤに続いている。
―危険運転、現行犯逮捕―
という単語が三橋の脳裏をかすめた時。
ジープの手前のサイドドアがガチャリと開いて、男が二人出てきた。
「くっはあああ。
ふらふらしますねえ。
調子のりましたわ。
大丈夫っすか。
双葉の兄貴」
先に出てきた小柄の男。
短髪のモヒカンがそう言って、車内を振り返る。
「ちび助え、おまえもーちょっとさあ、何とかなんないんか?
吐くぞ。
俺じゃなかったら間違いなく吐いてるぞ。」
中背の男。
金髪のパンチパーマが、そう言いながら、這い出すように出てくる。
「まあ、これで村の野郎も狙撃て来れないわけで。
絶妙な停めかたでしょ。
もっとほめて下さいよ。
双葉の兄貴。」
「まあ、運転の腕はいいよなあ。
ちび助はさあ。
ま、安心感はあるよ。」
「へへ。
てかマジで、狙撃の奴ら、やられちゃったんすかねえ。」
「無線を奪われたってのは、そうだろうなあ。
黒の兄貴も言ってただろ。
プランB、きついやつってのは、大概だぜ。」
「ま、狙撃が二組に強襲が一組、合わせて6人やられてますもんねえ。
こんなに死んだのって初めてじゃないすか。」
「いや、死人の数じゃなくてさ。
黒の兄貴が
きつい
てのは、マジでやばいんだって。」
「マジすかあ。
ライン見ましたけど、なんつうか、
無印すきそうなおばちゃんでしょ。
細っこいし、年齢いって意識高い系、つんですか。
強そうには見えなかったけどなあ。」
「ま、強そうにみえない奴ほど、強い時はやばいんだわ。
けど、俺らにはこいつがいるかんな。」
ここまでの二人の会話に。
三橋は割って入る事が出来なかった。
二人の会話があまりにも自然。
それこそ話題の映画やスマホのアプリの話でもするようであり
やっと声を出して、大人しくするようにとか
動くな、とか、
無線で救援を呼ぼうとしたときに
ちび助
が揺らめきながら接近してきて
何かが閃いたかと思うと
彼の足先で、顎が蹴り上げられて
視界がぐらぐらとして
星が舞ったからである。
双葉の兄貴
というパンチパーマはその間にも、
スラックスの男
道路の真ん中をよろめいていた男に接近して
スラックスの肩に腕を回している。
―加害者と被害者
助けなければ―
三橋はよろめきながら踏みとどまり
腰の拳銃に手をかけて
暗い空に警告の発砲をしようとした。
「動く、ぬー 」
な、ではなく、
ぬ
の発音の時点で
彼は股間に衝撃を感じた。
何かがつぶれる音。
下腹部の先の内臓がねじりあがり
軋み、果汁を絞るように絞られる。
苦痛。
金的。
三橋は股間を抑えて内股にへたり込み。
その肩を見下ろしながら
ちび助は
「市民に簡単に銃とか出すんじゃねえよ。
これだから、弱い奴はやなんだ。
俺が弱いものいじめじゃねえか。」
「ま、お前のテコンドーも、強いからな。
大概の奴には弱いものいじめさ。」
と、ちゃちゃを入れる双葉に
口をとがらせて、ちび助は言う。
「強いんですけどねえ。
空手の起源はテコンドーなのに。
世間じゃ逆なんすよ。」
「そりゃ、あれだ。
陰謀だな。」
「どこの陰謀っすか?」
「そりゃ、あれだ、フリーめんそんとかじゃねえか?」
双葉とちび助の二人は、延々と軽口をたたきあっている。
その声を。
三橋は股間を抑え
地に伏しながら、聴く。
口の端から自然と泡がこぼれる。
ほどの激痛。
視界の端には
山鼻が、だらんと力なくしなだれた何かのような
肉の塊となって
警察車輛のライトの光の範囲と闇の境に横たわっている。
地中海の昼下がりに昼寝する肥った犬か豚のようにも見える。
先ほどまで
先輩とラーメンを食べていた。
のに。
三橋は動けない。
それが痛みなのか
恐怖なのかもわからない。
「で、兄貴、こいつどうしますか?」
「そりゃあれだ。
お巡りさんだかんな。
手錠されてもらっておけ。
村は警察さけてっからな、いるだけで、
いい嫌がらせになるだろうよ。」