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3-2 茅ヶ崎

「茅ヶ崎どうなってますかねえ。」

 三橋はSUZUKIの軽の白黒の警察車輛のハンドルを握りつつ

ぽつりと言い、山鼻はその鼻を

ふんっ

と鳴らす。

 脂肪に埋没して消滅した(あご)が揺れる。

「そんなに茅ヶ崎が気になるんなら、あっちに転勤願いでも出せよ。」

「いや、そういう意味じゃないです。」

「無線でながれてたろ。

 見失ったってさ。

 朝まで検問しかれておしまいだ。

 ここは日本なんだ。」

「まあ、そうですよね。

 西部劇はアメリカだから華があるんですよねえ。」

「それに、そもそも西部劇的なアクション満載な職業でもないだろう。

 警官ってのは。

 俺たちは公務員なんだからさあ。」

「ですよねえ。

 俺もさっきラーメンすすりながら

 思いました。

 ラーメンって時点で緩んでますよねえ。

 すいません。」

「いや、ラーメンはいい。

 深夜の当直にはラーメンというノリが必要なんだよ。

 麻婆豆腐とかヘルシーな野菜炒めではだめだ。

 麺をすすって残った汁に家から握ってきた握り飯をぶち込んで

 おじやにする、それこそが至福、わかるか?三橋。」

「山鼻さん。」

「なんだ。」

「健康診断。

 メタボって言われてましたよね。

 海水浴の子供たちから、アメリカのおまわりさん

 とか言われてましたよねえ。

 あの後俺調べたんですよ。

 ハードボイルド的な何かが出てくるのかと思ったんすけど。」

 「どうだった?」

 「肥満な白人がハンバーガー食べてました。」

 「三橋。」

「はい。」

「俺は肥満じゃない。この体の半分は筋肉だ。

多分な。」

「ですよね。」

「握り飯だって玄米で握ってる。

 ラーメンの(あぶら)に握り飯の糖質。

 この危険な組み合わせを、玄米の食物繊維が救済しているんだよ。

分かるか?三橋。」

「はあ、・・・じゃなくて、はい。」

「まあ、お前も俺と同じ歳と体型になったら分かるさ。

 結婚20周年の嫁さんと反抗期入りたてで

 一緒にお風呂に入ってくれなくなった娘とか

 ローンが20年残ってる持ち家とか

 毎年減っていくお小遣いとかな。

 そういう感じになったら、深夜のラーメンが、如何に安らぎか

 身に染みるからな。」

「はい。」


…三橋は、いつもと変わらない山鼻の熱弁。

十分なスペースが確保されているにもかかわらず

圧迫感を感じざるを得ない先輩の巨体:肥満体

に、あくびが出そうにになって、ぐっとこらえているうちに

二人を乗せた車両は国道から外れて

第7線道路に入る。

夜間の街灯がまばらで、ほぼ闇に沈んでいるので

視界の確保のため、ハイビームに切り替える。


この道路は農業用道路みたいなもので幅が狭く、

昼間から車輛の往来はほとんどない。

時折国道が渋滞すると、ショートカットとして往来する車同士が

狭い道幅の中すれ違い、接触事故を起こすくらいである。


通報のあった地点まで後500mというところまで

車輛が来た時に。

三橋は、道路の真ん中を歩いてくる人影を目に止めた。

ハイビームを落とす。


車輛のライトに照らし出されて、人影の輪郭(りんかく)はくっきりする。

中肉中背。

クールビズなスラックス。

よろめいている。

通報した人物かもしれないと

三橋は思ったが、

500mを歩く理由が分からない。

何か、事件でもあったのだろうか。


と、三橋が思うと

山鼻が、

「止めろ。

降りるぞ。」

と言った。

彼の声には、玄米とメタボについて語る呑気な響きはもうない。

三橋は、

唾をのどに飲み込んで

「はい。」

といって、車輛を農道の脇に止めた。

二人で同時に降りる。

ライトの前で、スラックスの男が立ちすくんでいる。

眩しそうだ。


顔立ちを確認。

長めだが、切りそろえられた髪と髭。

端正な顔立ち。

口元がぶるぶると震えて青く

血色を無くしている。


三橋が、まず声をかける。


「どうされまし―  」


藤沢方面の国道から。

地響きのような音がしたように、三橋は思った。

黒塗りのジープが、

猪のように突進してきた。


三橋は振り返り。


その時彼のすぐ後ろで。


ぼふっ

という音がして。


山鼻の体が。


江の島東青蘭高校

バスケットボール部

の日々。

三橋が丸刈り頭で追っていた

茶色く丸く大きな球体

彷彿(ほうふつ)とさせるはね方をして。


山鼻の体は重力を忘れたように軽快に。

上下さかさまになって。


首がありえない角度に曲がり。


そのまま、口からラーメンの汁的な黄色い何かを吐き出して。

踏みつぶされた黒い油虫のように

ぴくぴくと

痙攣(けいれん)するのを見て


「茅ヶ崎」

と思わず呟いた。


これが彼の、本当の当直勤務、

つまり

長い夜の始まりだった。






 

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