2-22 ポーカー
もし、深く冷たい海に投げ込まれ
溺れもがいた末に意識を失ったら。
こういう静寂の中、光の届かない暗闇で
海月のように漂う
…と言えるような、静寂から
岬の意識が浮き上がった時
その額を金槌で叩かれるような衝撃と熱を伴う痛みに
岬は眉をしかめた。
おそらく、
眉をしかめる
だけで済んだのは。
手のひらがあてられていたからだろう。
巨人のような岬からすれば
とても小さく柔らかい。
温かくはないが冷たくもない。
ただ、岬の熱と痛みをその肌で吸い収めてくれるような。
優しさ。
を、岬は感じた。
ので、意識が回復しきる前に
彼は、その優しさの前に
無様はさらせない
という矜持がまず、彼の苦痛への反応を戒める。
やがて、彼の意識が完全に回復する。
クライスラー。
の座席が後部に倒れている。
上に横たえられている。
隣。
月明りの下
後部座席にその細い腰を預けて
白いワンピース
華奢な肩
の穢胡麻が、岬の額に手のひらをあてて
彼に視線を落としている。
細い眉の上の黒髪が微かに揺れている。
岬は口を開いた。
「穢、胡麻さん。」
「はい。」
「すまない。失敗した。」
「大丈夫です。」
穢胡麻は微笑み、続ける。
「あなたが動けるようになるまで。
後3分の安静が必要です。
言葉も控えて下さい。
代わりに、私の話を聞いて下さい。」
岬は沈黙をもって応え、瞳を閉じ
穢胡麻は小さくうなずいて続ける。
「柴崎さんは、逃亡しました。
指については分かりません。
間に合うかもしれないし、手遅れかもしれません。
どちらにしても、
岬さん、あなたにはもう少し働いてもらう必要があります。
柴崎さんを探し出して確保する事。
これにはあなたの協力が必要です。」
穢胡麻の言葉に、いくつもの疑問が岬の頭を、
頭痛とともに反響する。
彼の様子に。
穢胡麻は苦笑する。
「あなたを狙撃た人たちは処理しました。
この車をパンクさせた人たちも、もうお亡くなりになりました。
身元も確認して、黒手会の方々だとわかっています。
彼らの無線と、携帯の通信網も破壊しました。」
―破壊?―
「はい。
破壊です。
プログラムコードを送り込んで
使い物にならなくしました。
もちろん、位置を把握したり、色々な
仕掛けをすることもできましたが。
無線でお話したあちらの指揮官さんは。
ポーカーがお上手そうでしたので。
私はお付き合いする自信がなく。
結局ポーカーの台を粉々にして。
同じ舞台で踊っていただくことにしました。」
岬は上半身を起こした。
車内の景色が、墨を渦巻くような錯覚、目まいと強い痛みを額に覚えるが、構わず、
モニターを確認する。
まだ、光がともっている。
壊れてはいない。
いくつもの赤い点滅が、画面上を動いている。
「青の点滅が。」
「はい。」
「柴崎だ。
クロロホルムで眠らせた時に、背広の裏に仕込んだ。
赤は警察だ。」
「そういう仕事ができる岬さん。
私はあなたが好きです。」
―言葉の使い方を間違えているー
それでもありがたいと、岬は思いつつ
モニターの青を探した。
現在地から500mの路上を南に移動。
速度からして徒歩。
黒手会には捕獲されていない、のだろう。
ただ。
赤の点が、接近している。
穢胡麻もモニターに視線を注いでいる。
「岬さん。」
「お仕事です。
行きましょうか。」
「…まあ、そうなるだろうな。」
「はい。
警察を、襲撃しましょう。
必要ならば、処理を。
速やかに。」
穢胡麻はそう言いつつ
岬に向き直って、柔らかく口角を上げる。
その様子に、
岬の背筋は凍え。
とても禍々しい恐怖
を覚えつつ
岬は彼女に語り掛ける。
「穢胡麻さん」
「はい」
「ありがとう。
あんたの布で助かった。
ずいぶんな性能だな。あんたの防弾布は。」