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 2-20 快楽

 黒のフェラーリは茅ヶ崎の南北を走る新湘南バイパスの高架をくぐって小出川にかかる橋を渡りかけていた。

ちなみにこの小出川は市の北東から南西に流れ、やがて相模川につながる。

相模川ほどメジャーではないにしても、古来より水上物流の要衝(ようしょう)として

茅ヶ崎を支えている川である。

 黒手会の実質的トップとして采配(さいはい)を振るう黒は、この大きくも小さくもない橋の

欄干(らんかん)に寄りかかり、腕を預けて、水面を眺めるのが好きだった。

ので。

 白から画像がラインで来た時に、彼はいつもフェラーリを横付けしている定位置

―「俺はいつもここに停めるんだ」

 と白に言った時

 「まるで犬のマーキングですね。」

 と返されたので黒は笑いながら

 「的は得てるけどさ、そういう口のきき方、お前じゃなかったら

  俺、殺すぜ。」

 と言った。―

 

に停めて、胸元からiPhoneを取り出して確認する。

画像のみ。


黒は常々、

「マジでやばく感じた時は画像だけ送れ」

と言っていた。

実際、黒は直観を大切にしていて、直観が必要とされる時、

言葉

はうっとおしいプロセスに過ぎなかった。


というわけで彼のさゆの銘は

「百聞は一見に如かず」

である。


…ラインで送られてきた画像は二枚。

二つとも、江の島の狙撃班から送られてきたものを転送した画像だった。

狙撃班である彼らは海浜公園の小高い丘と、ゴルフ場に隣接する高台の二組に分かれて

展開していた。


画像は小高い丘の方から。


丘を覆う木立(こだち)の向こうに、白い人影を、暗視カメラがとらえている。。

遠い。

距離的には150m。

もう一枚。

同じ暗視カメラ。

同じ人物。

先の一枚より近い。

距離的には100m。

白のワンピース。

黒のショートカット。

背筋を伸ばして、こちらに真っすぐ向かってくる。

という構図。


に。

黒の背筋に戦慄が走った。

戦慄というより、快楽に近い。

戸惑うほどの快楽は、痛みや恐怖と紙一重、

というのが黒の人生経験だった。


自然と口元が歪む。

笑っているのか、恐怖しているのか、

黒自身でも分からない。

おそらく、その両方なのだろう。


「はは、確かに。

 噂どおりの、村、だ。

 一回見りゃあ、やばいって分かる。」


特段変わった画像ではなかった。

ただ、目にした瞬間、黒の全身の体毛が逆立って

警鐘(けいしょう)を鳴らす。

くらいの禍々(まがまが)しい何かが、その白い影の女の歩き姿から伝わった。

 

あり得ない点も二つあった。

一つは、

二枚目の写真は、目線がこちらをとらえていたこと。

100m離れた暗闇の向こうからの、カメラ目線。

暗視カメラの視線に、視線を返している。

つまり狙撃班は

目標としてその位置を正確に捕捉されている。


もう一つは、画像ファイルに記録されている撮影時間。

一枚目と二枚目の時間差は、6秒。

6秒で50mを詰める。


50m走。

にしては、白い影の女は。

走ってはいない。

歩いている。


…この画像の撮影の12秒後に

この白い影の女は、狙撃班の元についている

つまり、襲い掛かっているはずだ。


撮影時間から一分以上たっている。

つまり。

もう狙撃班の奴らはすでに死体だ。


「こええな。

 サダコかよ?」


そう呟いて、黒は白にメールをすることにする。

「プランB、きついパターンでいけ。」


という文言を打ち終わり、送信した時

フェラーリに備え付けの無線が

砂嵐のような音を立てて。



…女の声が流れた。


「こんばんは。

 黒手会のみなさん、聴こえますか?」


その声はあくまでも透き通っていて

なんの濁りもなく。

黒は逆に、背筋に快楽を覚え、口元に笑いが込み上げる。









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