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2-19 蛙

村専用携帯の、

ブラックの外装の奥の液晶が薄く白い光を放っている。

穢胡麻は、その細い人差し指の先で

画面左右下の赤い丸:「破壊」の文字が刻まれている

をドラッグして

柴崎の番号に重ねた。


ゆっくりと、彼の番号が(かす)んで消滅していく。


―これで柴崎さんの携帯は使えなくなった。

 連絡も取れないけれど、あの人が余計なことをすることもない。

 さて。

 これからの話。

 岬さんの車は走れなくなった。

 あの人自身も動けない。

 生きててくれたらいいけれど。

 柴崎さんは無事。

 彼が怖がるような、色々な事が起きているけれど。

 基本元気。

 それは岬さんが、ここまでの車中で

とても気を使ってくれたのだろう。

 狙撃は二か所から。

 位置は地図から大体わかった。

 潰しにいかないと、その後の身動きは取れない。

 よし、では、仕事をしますか。―



 と、そこまで考えて

 穢胡麻は

 路肩に停めていたスズキの軽から降りた。

 目の前に小高い丘がある。

 鎌倉の海岸、東西に延びる海浜公園の一部だ。

 昼間にきたら、眺めも良いのだろう。

 この丘の向こうで、岬のクライスラーと敵の車輌がクラッシュしている。


 ―狙撃手さんは。

 どこを見ているのだろう。

 私に、焦点を絞るのはいつだろうか?

 まだ、気配は感じないけれど―


 穢胡麻は首を傾げつつ、

 先生、との訓練を思い出した。


 「穢胡麻さん。

  蛙は好きかな。」

 「嫌いではないです。」

 「蛙は

  舌を出して虫を飲み込むんだ。

  さて、君に質問。

  虫を飲み込むのは、舌かな?

  蛙かな?」

 「蛙です。」

 先生は微笑んで、うなずき

 穢胡麻の小さな額

 ―前髪が眉毛の上2cm上で、短く切りそろえられていた―

 に銃を突きつけた。


 「鉄で作った水鉄砲だよ。

  水ではなく、硫酸が入っている。

  硫酸ではなくて、引き金をひく僕を察知して、避けなさい。」

 「はい。」

 穢胡麻は返事をして、微笑む。

 ―先生の緊張が伝わる。

  もったいない話だ。―

 と、穢胡麻は思う。

 

 「穢胡麻さんは、緊張しているかい。」

 「いいえ。

  多分、先生の方が。

  …はやく、済ませましょう。

  晩御飯の準備が。」

「ああ。そうだね。

 今夜は麻婆豆腐だ。

 僕が作る麻婆豆腐がなぜ不味いのか、真剣に考えあぐねた。

 おそらく、麻婆豆腐の素を使うという甘えが味に表れているんだろう。

 ということで、今晩は唐辛子からラー油を作って

 香り高い麻婆ができるはずだ。

 楽しみにしてくれ。」


 硫酸よりも先生の発言内容に、穢胡麻の背筋は戦慄したが、

 それはさておいて、目の前の、彼全体に視野を広げる。

 

 ―まずは、先生を察知して、硫酸を避けて、それから

 先生の、麻婆豆腐を何とかしないと―



 当時の焦燥感を思い出して

 穢胡麻は

 

 くすくす


 と思い出し笑いをした。

 

 ―のん気な日々だった。

 さて。

 狙撃手さんの銃を、避けるには。

 集中するべきは、銃ではなく。

 丘。

 彼らがいる丘には、鳥がいて、虫がいて、葉が風に揺れて、

 丘全体が、一つの生き物として

 ()る。

 だから、丘全体に意識を広げる。

 そう、広げる。

 大丈夫、狙撃主さんたちは、先生よりは普通の人たちだ。―


 そう思いつつ

 穢胡麻は背筋を

 

 すっ


 と伸ばして、丘に向かって真っすぐに歩き始めた。

 その肩に気負いはなく、むしろ散歩のそれに近い。

 その足取りに迷いはない。

 裏腹に。

 彼女が袖を通す、白のワンピースの(すそ)

 細い眉のすぐ上で短かめに揃えられている黒髪が、

 浜風に暗闇の中で、揺れる。

 

 


  

 

 

 

 





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